#04 さくまどろっぷは孫の笑顔を見たいと思う
部屋中にピンクの装飾がなされ、うさぎやネコの小動物から、熊やウマまでの大きな動物まで、ぬいぐるみが部屋中にひしめき合っている。
その中に、ピンクのフリフリワンピースを着た、小学生低学年ぐらいの女の子がいる。
「いらっしゃい」
「おじゃまします」
「紅茶を淹れましょう。適当に座って」
「失礼します」
ティーセットをテーブルに広げると、手際良く紅茶を注ぐ。
「どうぞ」
「いただきます」
サイバー空間で初めて飲む紅茶。香り豊かで、温かく、甘くほろ苦い。
「美味しいですね」
「そう言ってくれると嬉しいわ。自分で創った味だから」
「紅茶に詳しいんですか?」
「ちょっとだけね」
「ご挨拶が遅れました。あたし、
「私は、さくまどろっぷ」
「飴の名前ですよね? たしか、火垂るの墓に出てきたような」
「正解」
「やっぱり、そこから名前、とったんですか?」
「そうよ」
「あたし、生前は同人誌で漫画描いてたんです」
「私はずっと専業主婦で、最期はおばあちゃんだったわね」
おばあちゃんなんだ。サイバー空間は、自分の思考と直結してるっていってたから、姿も自由にできるのかな。
「転生されたのは、最近ですか?」
「一週間ぐらい前かしら」
可愛美麗さんと同じ頃か。
「VTuberはご存知でしたか?」
「全然知らなかった」
「それで、VTuberをやろうとしたんですね」
「孫が見て、楽しんでくれたら、嬉しいかなって思ってね」
ストレートの黒髪。瓜実型の輪郭。ぱっちりまつげに、ぱっちりした丸い目。シミやシワひとつ無い、シルクのような白い肌。見た目だけなら、小学生低学年ぐらい。しかし、ここまでの立ち振る舞い。紅茶をよどみなく淹れるしぐさ。なにより、大人っぽい声質と話し方。
「お孫さんが楽しんで見ていると良いですね」
「もちろん。それが今の生きがいだもの」
さくまどろっぷ。
経済的に苦しい家庭で生まれ育った。親は子供に興味はなく、家にはほとんどいなかった。時々帰って来ては、数千円の生活費を渡すだけだった。
それでも食べるものに事欠く始末で、なんとか中学を卒業することはできたが、高校へは進学せず、妹の世話をすることで、姉妹は生きて行くことができた。
ある日、妹が、人形が欲しいというので、なけなしの生活費から、安物の人形を買い与えた時、妹はとても喜んで、その人形をずっと持っていた。
結婚は妹のが先だった。とても、ほっとして、嬉しくて、泣いた。
さくまどろっぷも結婚し、子供を授かり、紆余曲折あったものの、それなりに幸せだったと思う。
還暦を過ぎて、やっと子供が結婚した。それと同時に、ガンが発見された。孫の顔を見るまではと、治療を続けたが、ガンの進行は意外と早かった。孫の顔を見ることはできたが、抱くことはできなかった。それが、唯一の心残りだ。
VTuberに転生した今、人生を子供の頃からやり直そうと思っている。当時、買えなかった人形や、可愛いモノに囲まれ、お菓子を飽きるほど食べて、サクマドロップスを舐める。
「アバター。可愛らしいですね」
「でしょ? でも、私みたいに、見た目が子供で中身が大人っていうのを、この業界じゃ、ロリババアっていうらしいわ」
「ロリババアですか」
「笑っちゃうでしょ」
「ゲームはできるんですか? VTuberってそういう配信がメインじゃないですか」
「ちょっとだけね」
「すごいです。あたし、ずっと絵ばかり描いてきて、ゲームはあまりしたことがなかったので」
「対戦とかは難しいわね」
「わかります! 一人プレイのゲームばかりしてます」
「麻雀なら得意なんだけど」
「あたし、わからないです」
「こんど、教えてあげる」
「よろしくお願いします」
「あたし、転生したばかりで、話し相手がいなくて、人と話せてとても楽しいです」
「私でよければ、いつでも話し相手になるわよ」
「よろしくお願いします。ところで、他に転生された方、ご存じありませんか?」
「私も何回か会ったことがあるけど、たこさんウィンナーね」
「たこさんウィンナー?」
「そう」
「お弁当のおかずの」
「それは、会ってのお楽しみね」
「行き方、わかりますか?」
「私が送ってあげる。それ以後は、自分で場所を見つけられるようになるから」
「ありがとうございます」
ヴォン!
春花は、サイバー空間へ消えて行った。
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