〈王国記9〉 入団初日 模擬戦2
はじめの合図が響いても、しばらく二人とも動かなかった。
カルムは、相手が動くのを、もっというなら、魔法を使うのを待ってから初手を決めたいはず。適正元素を把握した状態での戦いと、していない状態での戦いには、大きく差が生まれる。一歩踏み出した瞬間、風の刃で身体を切られて終了、という事態も起こりかねない。
エナのほうもそれを分かって動き出さずにいる。情報的に優位な状態をどこまでキープできるかがこの試合のネックだと判断したらしい。
二人とも身じろぎもしない状態で、数分が経過した。会場も静けさを保っている。けれど、五分が経ったあたりで、教育隊員の手が動き始めて、手元の紙に何かが書かれていく音が聞こえ始めた。それでも二人とも動かない。この訓練に制限時間は示されていない。けれど試合のすべてが評価に関わることは確かだ。それは例えば、初動にかかった時間とかも。
やぐらの上で、レイア王女が口元を手で隠した。何かの合図かと思い、気にかかったが、隣の騎士に何か言われて反省顔になるのを見て、ただあくびをしただけだとわかる。
カルムがため息をついた。エナの頑なさに呆れたようでもあり、我慢強さに降参したという意思表明のようでもあった。エナが強気に微笑む。
仕方なしといった体で杖を上げるカルム。次の瞬間には水球がエナに向かっていた。
エナが半身の状態になって躱す。続く連弾も同じ要領で後退しつつ躱した。カルムは水球を放ち続ける。エナはぎりぎりまで後退し、背中が縄に触れた瞬間、真横に急速度で飛び出した。円を描くように猛ダッシュでカルムに近づいていく。カルムは水球で三発ほどそれを追随したあたりで射出を止めた。三発ともがエナの後塵しか捉えられていないことに気づいたからだ。
杖の端を両手で持ち、水平に構える。その時にはエナはもう直進軌道でカルムの目の前に迫っていた。それを確認したカルムが杖を地面と垂直に持ち変える。
「
エナとカルムの間に人二人分ほどの水の柱が立った。突っ込みそうになったエナは一ステップ退き、回り込もうとする。その間にカルムは数メートルの距離をとる。
柱から顔をだしたエナに水球がとび、エナが身体をひっこめた。隠れたその柱めがけて水球が三発繰り出される。頭、胴、足の位置に三発。
柱の形をとっていた水が地面に落ち切り、遮蔽物がなくなって姿があらわになったエナに水球が迫る。
私だったら、魔法を使う。そうしなければ回避できない。けれどエナは使わなかった。ぎりぎりで横に飛び、躱した。あと数瞬動き出すのが遅ければリタイアだっただろう。
砂の大地に滑りこんだエナは、そのままもつれるように走り込み、フィールド右側中央にある地面の盛り上がりに身体を隠した。前の試合で生まれた遮蔽物だ。膝を立て、肩で息をしている。魔法を使っていない代わりに、この数秒でかなり動き回ったため、体力を相当消耗しているようだった。大してカルムは移動量も少なく、使用した魔法も基礎魔法ばかりのため、魔力も充分にありそうだ。カルムの魔法の精度は、端から見ていても段違いだった。
カルムがまた杖を構えた。エナに回復させる時間を与えない気だ。私はいつの間にか指を組んで祈っている。
エナが呼吸を静めるために息を大きく吸う。汗なのかカルムの水柱をかぶって濡れたのか、前髪からしずくが一つ地面に落ちた。緊迫した場面なのに、どこかリラックスしているように見えた。彼女がよく寮で、髪を濡らしたまま紅茶を飲み、ほっと息をつく姿を見てきたからだろうと思いいたる。一日の鍛錬が終わってやっと訪れる入浴後の自由時間は、私たちにとって睡眠よりも大切な休息だった。
友人がピンチな場面なのに、私はふと、昔のことを思い出す。
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