第230話 鬼退治:レベル極

「え~と……まず、森の王になりたくてきたわけではありません」


 これははっきりと断っておこう。

 変な勘違いをされてしまうと、森の住人たちの敵になりかねない。

 すると、オーガの女性は意外そうな顔で驚いた。


「あら、そうなの? なんだ、つまらないわね……。この時期に外に住んでいる者が森に入るなんて、珍しかったのに」


 よかった。理解はしてくれたようだ。

 やはり話を聞いたくれるだけの知性も理性も兼ね備えている。

 ……それにしては、戦いたいという気持ちが、こっちにも伝わってきているけど。


「ねえ」


 言葉の一つ一つが届くたびに、びりつくようだ。


「神に類する強さなんでしょ?」


 魔力とは別のなにか。闘気とでもいえばいいのか、明確にこちらに向けられるものがあることはたしかだ。

 すでに全員が、のんきに会話をする状況ではないと理解している。

 応戦するか、あるいは逃げるべきか、いつどちらが必要になってもいいように身構えている。


「ちょっと、手合わせしてみない?」


 怖いという感情とは違う。

 なんというか、戦わざるを得ないような気持になるというか、闘争本能を刺激されるというか、この人相手に力を試したいような気分にされそうだ。

 オーガとしての力か? ここにいたらおかしくなりそうだ。

 まるで、自分たちが戦いを渇望するかのように、気持ちが高揚していく。


「この感覚には慣れっこなんですよ!」


 シェリルが、オーガの女性に飛びかかってしまった。

 ああ、そういえばシェリルをなだめることすら忘れていた。


「ああ、懐かしい……プリズイコスの女王と戦ったときを思い出すわ!」


 オーガの女性はシェリルの爪を回避するが、かすっていたため肩から血を流す。

 攻撃そのものは通用しているということだが、戦うことになってしまったのは不本意だ。


「あなたは、血を浴びて強くなるのかしら?」


 自慢の爪で攻撃するシェリルに対して、オーガの女性は拳で応戦する。

 まるで紫杏のような戦闘スタイルだ。ただ、紫杏と違うのはオーガの女性は拳というか、肉体そのものが非常に強いようだ。

 魔力を大して消費していないのに、その一撃は大木さえもなぎ倒しかねない。

 さっきの大鹿、ターリスクとやらも、拳一つで倒してしまいそうだ。


「シェ、シェリル! いい子にしないとだめだろ!」


「気分が高まっています! きっと、そこの女がなにかしているんですよ! 売られた喧嘩なので、買いましょう!」


「あら、ばれてたの。ごめんね。こうでもしないと戦ってくれないでしょ? あなたたち」


 ああ、やっぱりオーガがなにかしているのか。

 ちょっと気を抜いたら、俺もシェリルを止めるどころか、参戦してオーガと戦いかねない。

 高揚か? なら、大地か紫杏に状態異常を先にかけてもらえば、いや、すでに状態異常にかかっているのか?

 そもそも、ステータスもスキルもない異世界なのに、状態異常の最大数とかは通用するのか?


「というか……なんで、そんなに戦いたいんですか!」


「森の奥を目指すのでしょ? 売られた喧嘩は勝って、力づくで進むくらいしないとだめよ。なんせ、奥にはあの神狼様の愛娘がいるのだから」


 それって、クウ様のことだよな。


「俺たちはそのクウ様に会いに来たんです!」


「なら、なおさら戦いへの気構えが足りていないわ」


 シェリルの攻撃をかわしながら、オーガの女性がそう答えた。


「話をしたいだけ? そんな考えで今のクウ様に近づいたら、すぐにでも襲われてなにもできやしないわ」


「どういうことですか?」


「まったく……力づくで聞き出すくらいはしてほしいんだけど」


 もしかして、力を示せってことか?

 そうまでして戦いたいというか、それが今の禁域の森の流儀なのかもしれない。


「なら、五対一でも文句言わないでくださいよ」


「ちょっと、善! あなたまで!」


「ええ、私くらい簡単に倒せないようなら、どの道クウ様相手には太刀打ちできないからね。どのくらい戦えるか見せてもらうわよ!」


 アルドルさん。思ってたより森の中が物騒なんですけど……。

 俺たちなら、それでもクウ様と対話できる実力があると評価してくれたんだろうか。


「てなわけで、シェリルに加勢しよう」


「しょうがないね……とはいっても、シェリルの興奮がおさまってくれないと、いつもみたいにはできないけど」


 そこはまあ、仕方がない。

 オーガの女性のなんらかの力で、俺たちでさえ戦いへの欲求が湧き出ている。

 いつも喧嘩っ早いシェリルには特によく効くのだろう。なんなら獣人と似ているので、わりと最初から闘争本能も他より高いかもしれない。

 とにかく、そんなわけで今回はシェリルが攻め手。俺はその補助に徹することにしよう。


「というか、紫杏ならすぐにでも倒せるんじゃないかしら?」


「あら、私はそれでもいいわよ。たしかにそこのサキュバスの子なら、クウ様とも渡り合えそうだしね!」


 俺の彼女が神に匹敵するまでの力になっていた。

 だけど、肝心の紫杏はなにやら眉をひそめ、なにか別のことを考えているかのようだ。


「ごめん。ちょっと、変な感じがする」


「本調子じゃないってことか? 一旦引き返すか?」


「あはは、心配してくれるのは嬉しいけど、そういうわけじゃないから平気」


 体調が悪いとかではないみたいだ。

 ただ、俺との会話中でさえ、紫杏は森の奥を気にしているようだった。

 奥になにかある? あるいは、奥にいるなにかの気配を感じているのか?


「ここに入ってからずっと、大きい魔力を感じて周りの様子がわからなかったけど、これ、たぶん私を威嚇してるってことっぽいね」


 誰がそんなことをしているか、それってもしかしてクウ様か?

 森に住む強者のうちの誰かという可能性も当然あるけど、オーガの女性の言葉を信じるなら、紫杏はクウ様に匹敵している。

 そんな紫杏に好き好んで威嚇するなんて、そのへんの者ってことはないだろう。

 ……いや、このオーガの女性も紫杏との戦いを望むところだというスタンスっぽいし、わりとこの森の誰でもそんなことしかねないかもしれないが。


「こっちからの注意をそらしたら、襲いかかってきそう? でも、それはそれでいいのかな? 私を見てるのがクウ様っていうのなら、どの道会わなきゃいけないし」


「いや、万が一あのオーガの女性と同時に相手することになったらまずそうだし、紫杏はそのままクウ様らしき気配のほうに気をかけてくれ」


「失礼ね。そんな無粋なことしないわよ」


 なんとなくそんな気はするけど、念のためってやつだ。

 さあ、妙なことにはなったけど、まずはオーガの女性に力を示そう。

 本当なら俺も前線で戦いたかったが……いや、まずいな。どうにも、戦いたいという欲求にとらわれそうだ。

 周り全員を獣人や古竜のような、戦闘大好きな種族にするなんて、なんとも厄介な力だな……。


「うう……なんか、わんわんモードくらい力が湧いてきそうです!」


 たぶん、例の狼寄りの姿の話だよな? 満月でもないのにどういうことだ?

 シェリルの姿を見るが、本人が公言しているようなことはなく、いつものシェリルの姿にしか見えない。

 ただ、なんか攻撃の力強さやら、身のこなしが上昇しているような……。

 それに、いつもと違って完全に攻めのみを考えているような、苛烈な攻撃をしかけ続けている。


「まあ、今はそんなこと言ってる暇ないか」


 オーガの女性がシェリルを迎え撃とうとしたタイミングで、土の精霊魔法の応用で足場の地面を隆起させる。

 バランスを崩したオーガは、シェリルの爪撃が直撃しかけるも、左腕を犠牲にすることでそれを防いだ。


「やるわね。その子だけじゃなくて、あなたたちも」


 オーガは、片腕に浅くはない傷を負い、血を垂らしながら笑った。

 ここで笑うあたり、まともに話はできても、戦い大好きな種族ってことには変わりないんだろうなあ……。

 どうやら、まだ満足していないって感じだな。

 俺たちは手傷を負ったオーガを前に、まだ戦いは終わっていないと油断することなく相対した。

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