第231話 ビーストウィズイン

「パワーアップシェリルになってる気がします!」


 その発言どおり、たしかにシェリルの動きがいい。

 特に目を見張るのは、その攻撃力の高さだ。

 これまでは、回避主体で囮役を任せていたため、火力を上げるような訓練はあまりしていなかった。

 にもかかわらず、今のシェリルはオーガの女性といえど直撃すれば致命傷となる攻撃を軽々と行えている。


「シェリルって、こんなに攻撃的な子だったっけ」


「トルムと戦ってるときは、似たような感じだったね」


 大地が毒の霧で視界を遮ると、オーガの女性は鬱陶しそうに腕を振り、霧は風圧で消えてしまった。

 俺は再びバランスを崩させようと地面を隆起させるけど、もうその方法は通じないらしく、あっさりと対応されてしまう。


「あはっ……ほんと、退屈させないわ」


「っがあっ!!」


 笑っている。オーガの女性もシェリルも、互いの攻撃を避けて、受けて、喰らって、浮かべるのは笑みだ。

 オーガの女性はまだわかる。だけど、シェリルってここまで獰猛な子じゃないはずだ。


 そりゃあ俺たちだって、今にでもあそこに混ざりたいくらいの感情はある。

 きっと、オーガの女性の力で、そういった欲求が高められているから。

 だけど、いつものシェリルならもう少し我慢できる子のはずなんだけどなあ。


 それとも、最前線で戦っているため、闘争本能が最も刺激されてしまっているのか。

 どちらにせよ、早いこと決着をつけるべきではあるな。


「まあ、悪いことばかりでないのも事実だけど」


 現にシェリルのやつ、今までで一番強くなっている気がする。

 もしかすると、俺がこういうふうに戦えばと提案したことは、シェリルにとっては成長の妨げだったのかもしれない。


「がアアアっ!!」


 いや、やっぱりあの様子はどうみても異常だな。

 たしかに強い。強いけれど、制御できていないというか、あれこそ暴走だろう。


 さらに悪いことに、オーガの女性はすでにシェリルの攻撃も、俺たちのサポートも対応できるようになっている。

 大地の毒は、一時的に魔力を多めに纏って無効化し、万が一蝕まれても血と共に体外に排出される。

 夢子の炎や俺の精霊魔法による攻撃も、シェリルを相手しながらしっかりとかわしてしまう。

 シェリルの攻撃は、すでにぎりぎりのところで回避できるようになっている。


「そう、それがあなたの力ね。満足したわ。そろそろ終わらせましょう」


 まずいな。今の言葉から察するに、向こうもいよいよ本気で戦うってことか。

 なら、その前に倒しておきたい。

 シェリルはたしかに様子がおかしいが、その強さはオーガの女性さえも油断できないもののはず。

 だから、攻撃をまともに直撃させれば、少なくないダメージを与えることもできるだろう。


「そう簡単にやられてたまるか」


 精霊魔法を使うために魔力を練り上げる。

 オーガは、俺の行動を横目でしっかりと見ていたので、いつ邪魔をされても回避するだろう。

 だけど、今回の精霊魔法は土属性じゃない。風属性だ。


「なっ、ちょっと!」


「オオオオオッ!!」


 オーガの女性の動きに無駄はない。

 俺の土属性の魔法も、シェリルの攻撃もすべてぎりぎりでかわしていた。

 だから、突然風属性の魔法で速度が上がったシェリルの攻撃には対応できないだろう。


「がはっ……!」


 オーガは、咄嗟に身をひねって攻撃をさけようとした。

 直撃こそ免れたものの、それでもシェリルの爪はわき腹を深々とえぐっている。

 地面に手をつき血を吐いている状態を見るに、さすがに決着がついたと見ていいだろう。


「おおぉぉ……おぉ?」


 オーガの女性を倒したからか、シェリルは荒々しさがすぐに抜け落ちていき、きょとんとしていた。

 さて、ひとまずの危機は去った。なんとか、向こうが本気を出す前に終わらせることができた。

 ……というよりは最後まで、本気で戦う気が見られなかったように感じるんだよなあ。


「なんか鬼女が倒れてます!」


「それ、シェリルがやったのよ」


「なんと! つまり、眠っていた私の力がついに覚醒を! ウルトラシェリルですね!」


 シェリルはすっかり元気な様子で、いつもの調子に戻っているので一安心だ。

 なので、俺の方はオーガの女性に近づいて、回復術もどきで治療をすることにした。

 紫杏がクウ様らしきほうに気を割かないといけないので、回復を頼むわけにはいかないからな。


「あら……まだまだ甘いわね。敵を治療するなんて」


「あなたこそ、本気で戦わなかったじゃないですか」


「ばれちゃった? もういいわよ。このくらいの傷なら、ほうっておけば治るし」


 そう言ったオーガの女性のわき腹は、心なしか出血の勢いが弱まっていた。

 ……本当に大丈夫か? 血が足りなくなっているだけとかじゃないだろうな。

 一瞬そう思ったが、オーガは存外元気そうに会話できているので、本当に回復能力も高いのかもしれない。


「それで、結局なんで戦うことに?」


「まあ、負けたわけだし話さないとね。まずは、そこの人狼の子が気になったからよ」


「シェリルが?」


「その子面白いわね。人狼の力を使いこなせていないのに、身のこなしだけなら異世界でも上位といえるわ」


 そりゃ、うちの自慢の愛犬だからな。

 この子は一番危険な最前線で、どんな攻撃だって回避してくれるんだ。

 だけど、人狼の力を使いこなせていない? それは初耳だな。


「最強秒読み前のシェリルですからね!」


 まあ、そろそろ最強名乗ってもいいくらいはがんばってるよな。

 なんせ、異世界の古竜たちの王様を倒したのだから。


「それって、満月だったからじゃない」


「むぐぅ……いつかは、このシェリルちゃんモードでも、倒せるようになってやりますよ」


「それよ」


 どれ? シェリルちゃんモードのこと?


「あなた、ちょっと変わっていて満月のときだけ発揮される狼人の力が、獣人の姿のときも引き出せるみたいね」


「なんと! もはや最強……ほぼ最強」


 つまり、あのでかい狼の姿のパワーを、このちっちゃいシェリルの状態でも発揮できるのか。

 そうだとしたら、スピードもあってパワー不足も解消されて、すごく強そうだな。


「でも、シェリルの様子おかしかったですよ」


「無理やり闘争本能を刺激し続けていたからね。そうでもしないと、さすがにその姿で狼人の力を引き出すことなんてできないわ」


 となると、使うにしてもだいぶリスクが高そうな戦法になりそうだ。


「もっとも、一度その姿で力を発揮できたなら、体が多少なりとも慣れたでしょ。あとは、少しずつ慣らしていけばいいわ」


「じゃあ、シェリルを強くしてくれるために戦ったと?」


「それもあるし、単純にあなたたち外部の者がどれくらい強いか戦いたかったのよ」


 そこはやっぱり戦い好きな種族と同じ思想らしい。


「いやあ、強いわねえ。もうやめにしようと思ってたけど、負けちゃったわ」


 あ……終わりにしようって、本当に言葉どおりの意味だったのか。

 ここから本気で戦うという意味かと思って、焦って決着をつけようとしてしまった。


「森に住む者は、私以上に戦闘が好きな者も少なくないわ。今の時期だととくにね。だから、今回みたいに容赦なく戦いなさい」


 ここではそれが礼儀みたいだな。

 あるいは、そうしないとこちらが戦闘不能にされてしまうか。


「クウ様と話をしたいそうだけど、今のあの方は王にふさわしい姿を目指して無理をしている。時期が時期なだけに、どちらかが屈服するまで戦うことになりそうよ」


 げえ……それはさすがにきついな。

 神様の子との本気の戦闘なんて、現世界での異変すらかすんでしまいそうだ。

 それじゃあ、森に入ってからずっと紫杏が感じている魔力、あるいは視線みたいなのは、クウ様が紫杏を敵と認めているってことか。


「クウ様のことを頼んだわ。あの方はちょっと無理しがちだから」


 そう言ってオーガの女性は俺たちに頭を下げた。

 悪い人ってわけじゃないんだろう。それなのに、オーガの女性ともクウ様とも戦わないといけない。

 この時期でなければ、もっと穏便にことが進んだのかもしれないなあ。

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