第228話 溢れかえった冒険心
「それで、禁域の森に向かうことになったと」
「それ以外に帰る方法がなさそうなので」
ヤニシアから再びルダルへと転移し、アルドルさんに事のあらましを話した。
アルドルさんは、禁域の森の名を出したとたんに、かなり渋い顔をしてしまったので、やっぱり恐ろしい場所ではあるんだろう。
「う~む……王が不在の今、他の種族たちが王座を巡って争っているからなあ。それにしても、クウか……」
「クウ様とも知り合いですか?」
「友の娘だからな。だが、あれは母に似て頑固だぞ。王になるまでは、他のことに現を抜かす暇はないやもしれぬ」
となると、頼みに行ったところで無駄になってしまうか?
ゲートをどうにかする手段を考えたほうがいいんだろうか?
「まあ、お前たちがクウを倒してしまえば、その限りではないがな」
「えぇ……神様ですよね?」
「今は下天しているだろう? 両親を目指すのは悪いことではないが、その重圧で空回りしているきらいがあるからな。ちょうどいい、目を覚まさせてやれ」
なんかアルドルさんが、親戚のおじさんみたいになっている。
だけど、たしかに両親が神様だし、きっと俺たちじゃわからないような重圧を抱えているんだろうなあ。
それが空回りしているとなると、なんだか氷室くんを思い出す。
「まったく……アキトもソラ殿も甘やかしすぎだ」
元竜王様はやけに所帯じみた悩みを抱えているようだ。
しかし、そこまで心配しているようであれば、アルドルさんが行くわけにはいかないんだろうか。
「おじいがビューンて飛んで、倒しちゃえばいいんじゃないですか!?」
「いや、さすがに引退した俺が、今まさに王座を巡って争っている場所に行ったらまずいだろう。こいつ竜王国から離れ、禁域の森の王になりにきたと誤解されるぞ」
「ああ、それはたしかに……」
「ただでさえ、昔獣王国の王座を捨てて禁域の森に移住した馬鹿もいたからな。森に住む者たちが一丸となって、俺を排除しかねん」
「強すぎて警戒されやすいってことですか」
「というか、若いやつらの喧嘩にジジイが混ざるのが嫌だ」
思ったより軽薄な理由だった……。
まあ、それだけ気楽に参戦してもいいという裏返しでもある……と思っておこう。
「しかたないですね~! 若くて強い子シェリルがおじいの代わりに戦ってあげましょう!」
「うむ、頼んだぞ」
会話だけだとおじいちゃんと孫っぽいけど、アルドルさんの見た目が若すぎるため相変わらず不思議な光景だな。
「お前ら、本気であの禁域の森に挑むのか……」
「き、危険だよ~?」
一方で事態を重くとらえているのは、現竜王のトルムさんと獣王のキャントゥエだ。
この二人の反応が反応なだけに、やはり禁域の森は危険な場所なのではと思ってしまう。
「なんだ、情けない。シルビアなんて単身であの森の王に挑んで、即座に敗北して命乞いして生き延びたというのに」
「古竜の王があっさり敗北してるじゃねえか!」
「危険な場所だよ!」
先代の古竜の勇ましさを語るのかと思ったら、まさかの命乞いの話だった。
女神様の過去の恥をこうして語れるのって、この人くらいだよなあ。
「今は昔ほど命のやり取りをしていないから、もっと気軽に挑め。若者」
「俺には国があるんだよ」
「わ、私も敗北したばっかりだし、ちょっとね~……」
情けないともう一度呟いて、アルドルさんは俺たちの決意を確認した。
「まあ、俺たちは死なないようなら行きますけど」
「クーが狼の獣人なら、最強狼の座もついでにもらってやります!」
「……念のため確認しますけど、死ぬようなことは?」
やる気まんまんで今にも突っ走りそうなシェリルと違い、大地は冷静にアルドルさんに確認した。
「……弱すぎるのであれば、戦いの結果死ぬこともあろう。だが、率先して命を獲りにくるのは、言葉も通じない魔獣くらいだろうな」
「その弱すぎるって基準はどのくらいですか? いえ、そもそも僕たちでクウ様に勝てますか?」
「竜王と獣王を倒したお前たちであれば、死ぬことはあるまい。クウに勝てるかは……可能性があるのは、シアンだな」
「つまり、相手は紫杏と同等かそれ以上に強い、と。今までで一番の強敵ってことになる。よかったねシェリル?」
「ひ、ひえぇ……」
紫杏と同じくらいの強さと聞き、シェリルは尻尾を両足の間に隠して俺にしがみついてきた。
そうだな。相手の強さが想像以上で怖かったな。
「あとは、心構えの問題だ」
「心構え?」
「ああ、お前たちはたしかに強い。それこそあの森でも十分に戦えるほどだろう」
褒めてもらってはいるけれど、その言葉にはわずかばかりの含みを感じた。
「だから、その力で相手をねじ伏せろ。あの森ではそれがルールだ」
つまり、戦闘になった場合は遠慮せず戦えといったところだろうか?
アルドルさんの言葉にうなずくと、アルドルさんはわずかに目を細めてから提案した。
「向かうのであれば、背に乗せてやるぞ?」
「ありがたいですけど、紫杏が……」
「それなら、私の背に乗ってください」
黒髪で背の高いお姉さんが現れ、俺たちにそう提案してくれた。
見た目はアルドルさんくらいだけど、この人も古竜であるなら年齢はわからない。
「ギア。大丈夫なのか?」
「ギアさんって、アルドルさんの奥さんの?」
ということは、年齢はアルドルさんと同じくらいってことか。
古竜、ほんとに見た目で年齢がわかりにくい……。
「みなさんには大変ご迷惑をおかけしました」
「いえ、俺たちは別に被害を被っていないので」
だから、そのへんの謝罪とかは獣人の方に……獣人たちも暴走していたわけだし、痛み分けってことにした方がいいと思う。
「あなたたちへの迷惑が一番大きかったと思うんですけどね~……」
「なら、おばあが森まで連れて行ってください!」
あ、こらシェリル。また勝手なことを。
さすがに、アルドルさんみたいに笑って許してくれるかわからないぞ。
「ちなみに俺はおじいだ。釣り合いが取れているな」
「まあ、私の方がアルドル様より年上ですからね~。いいですよ、お嬢さん。おばあちゃんと禁域の森まで行きましょうね~」
よかった。おおらかな人で。
それに、この提案は助かる。ギアさんなら、紫杏も乗ることを拒絶しないだろう。
あ、そわそわしている。なるほど、紫杏も竜の背に乗る体験は一度してみたかったようだ。
ちなみに、それは俺も同じだ。
「よろしくお願いします」
頭を下げると、ギアさんは微笑んでから大きな竜の姿へと変貌していった。
◇
「うわ~、すごいねえ」
「ああ、魔力の壁? みたいなのに護られているおかげで、身を乗り出しても落ちないし、肌で風を感じることもできる」
スカイダイビング、いや、ハンググライダーとかに近いのか?
どちらもやったことがないからわからないけど。
「おじいより丁寧な飛び方です!」
「あの人は、魔力の繊細な制御は必要としていませんでしたからね~」
「そういえば、ギアさんって魔力の操作が得意なんですよね?」
「ええ、これでも魔竜ですから」
魔竜。アルドルさんが熱竜で、トルムさんが雷竜ってことだから、ギアさんは魔力そのものが得意属性ってわけだ。
そんな名前を冠しているので、当然ながら竜の中では一番魔力の制御が得意なはず。
「それなら、ギアさんに調べてもらえば、ゲートを封じている魔力の対処ってできませんか?」
「う~ん……ゲートに干渉するほどということは、少なくとも神に匹敵する魔力になっちゃいます。私の魔力では、対処が難しいかと」
竜王クラスで、魔力の操作に長けていて無理となると、やはりそう簡単ではないか。
「というか、そこまですごい相手が現世界側から、ゲートに干渉したんだよな。そんなすごい相手思い浮かばないんだけど」
「クレアさんですら難しそうよね」
「となると、ファントムみたいに裏で悪だくみしていた相手ってことだろうね」
「げ、勘弁してくれよ……もうファントムはうんざりなんだけど」
消えたよな? ちゃんと消えたよな?
ハイドラに飲み込まれたと知ったときに、思わずガッツポーズする程度にはもううんざりだぞ。
「苦労しているんですね~」
そうなんです。だけどこれ以上はやめておこう。
なんか、噂してたら本当に何匹か湧いてきそうだ。
「さて、そろそろ禁域の森ですよ」
「ありがとうございます。見た目は普通の森……いや、魔力の密度がすごいですね」
「人間なのに、そこまでわかるのもすごいことですよ~。無理はしないで、危ないと思ったら引き返すことも忘れないでください」
森の手前に降り立ったギアさんは、最後にそう忠告してくれた。
さて、異世界での初めてのダンジョン探索だ。
それがよりによって、たった一つしかない【神級】ダンジョンというのは、なかなかとんでもない体験をしている。
せいぜい、土産話ですませられる程度のことしか起きないといいんだが……。
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