第227話 帰還の手段は森にあり

「ああ、ようやく見つけた。連絡先でも交換しておくべきだったわね」


「ゾーイさん」


 ゲートの施設の前で誰かが待ち構えていると思ったら、聖銀の杭のゾーイさんだった。

 どうやら、俺たちを待っていたようだ。


「状況はわかっているかしら?」


「ゲートが使えなくなったということと、現世界で何かがあったということくらいは」


「残念ながら、こちらも似たようなものよ。クレアたちにも連絡は取れそうにないし、しばらくはできることもなさそうね……」


「こういうことって、わりとよくあることなんですか?」


「いえ……こんなことは初めてよ。ゲートは神の御業。それに干渉できるほどの力なんて、普通じゃないわ」


 どおりでゲートの管理者たちが大騒ぎしているわけだ。


「現世界に戻る方法はないんですか?」


「言ったでしょ。残念ながら、私たちにできることは……」


「ないこともない」


 言葉を遮られたゾーイさんは、少しムッとしながらその声の方を見た。

 すると、みるみるうちにその表情は驚愕へと変化していく。


「プ、プリシラ様! どうしてこんなところへ!」


「こんなところとは随分な言われようだねえ。世界と世界をつなぐ、ある意味では最も重要な都市だというのに」


「そ、そういうつもりでは……」


「冗談さ。なぜ私がここにいるのか。それは当然、ゲートの調査を依頼されたからさ」


 ああ、たしかにプリシラさんなら適任っぽいな。

 大魔導師だし、研究者だ。魔力関連のトラブルを調べるにはうってつけの人材だろう。


「それよりも、先程の続きだが」


「現世界に戻る方法のことですか?」


「ああ、それさ。あるよ。ゲートを使わずに、現世界に戻る方法」


 え……簡単に言い放ったが、本当にそんな方法が存在するのか。

 だとしたら、異世界と現世界の移動がもっと簡単に頻繁に行われていそうなもんだが。


「禁域の森には神がいる。かつての禁域の森の主の娘。生まれながらの女神、クウ様がね。かのお方であれば、世界を行き来することも可能だろうさ」


「禁域の森ですか……」


 ゾーイさんが危険だと言っていた場所だ。

 というか、もう一つの危険な場所のルダルにも行ってしまったし、なんなら大地たちはルダルの国民や王様と戦っている。

 ……忠告を全然活かせてないなあ。


「危険です! よりによって、異世界で最も危険な場所じゃないですか!」


「ああ、その通りさ。だけど、ルダルの王相手に立ち回れるのであれば、禁域の森を進むことも選択肢の一つに入ると思ってね」


「ル、ルダルのって、あの竜王相手に戦ったの!?」


「勝ちました! 最強系わんこのシェリルです!」


 シェリルが自慢げにゾーイさんに答えたが、下手なこと言うと怒られそうだぞ……。


「な、なんて無茶を……いえ! 今はそれよりも禁域の森のことです! たしかに、ルダルと戦える実力があるのなら、比較的無茶じゃないと思うけど、時期が悪すぎます!」


 時期……? それは初耳だ。

 禁域の森でも、今なんらかの問題が起きているのだろうか?


「言いたいことはわかる。だけど、だからこそ今なら禁域の森にクウ様がおられるわけだけどね」


「うっ……」


「あの~、時期が悪いってどういう意味ですか?」


 話についていけなくなりそうだったので、二人の間を割って尋ねる。

 するとプリシラさんが答えてくれた。


「今はあの森は王が不在なんだ。だから、森に住む者たちで王の座を巡って争っている」


「あなたたちに説明したときとは事情が変わっていたみたいでね。いつも以上に闘争心に満ちているってことよ……」


「そして、かつて母がそうしたように、娘であるクウ様もその争いに参戦していることが判明した。神の座から下りて狼の獣人になってまでね」


 なんだか禁域の森は禁域の森で、ずいぶんとえらい騒ぎが起こっているみたいだ。


「今、クウ様は神の座から下りたって言ってましたけど、それならやっぱり現世界に戻すことはできないんじゃないですか?」


「いや、神の肉体をもたないだけのはずさ。その状態でも神の御業を使うことはできる。かつて男神様が邪神を倒したときに、そうされていたからね」


 なるほど……神であることと、神の力を使えるということは別なのか。


「どうして、俺たちに教えてくれたんですか?」


「君たちに古い情報を渡して、迷惑をかけてしまったことが耳に届いてね。その罪滅ぼしではないが、知っていることは教えておきたかったのさ」


 きっと、プリシラさんなりに俺たちに気を遣ってくれたんだろう。

 ゾーイさんの不満げな表情のから察するに、このことはそう簡単に話していい内容でもなさそうだからな。


「君たちは強い。かの竜王を倒せるなんて、異世界でも数えられる程度だろう。だけど、それでも禁域の森は危険な場所だ。特に秩序の女神ソラ様の娘が、王座を得るべくその力を示している場となっているのだから、なおさらさ」


 それでも行くのかいと尋ねられる。

 待っているというのも一つの手だろう。現にゾーイさんたちはそうするようだ。


「禁域の森の王様を決める戦いって、殺し合いなんですか?」


「いいや、あくまで強さの証明であり、敗者は力で従わせるという戦いだよ。王になったはいいが、配下はすべて殺したとあっては、王に相応しいなんてとうてい言えないだろ?」


 それもそうだ。統治すべき民を皆殺しにする王なんて、一人で王様を名乗っているだけの暴君ですらない存在にすぎない。

 なら、やることは決まった。


「禁域の森に向かってみようと思うんだけど、みんなはどう思う?」


「私は、いつだって善といっしょ~」


「まあ、最悪の場合でも死ぬわけじゃなし、逃げればいいからね」


「ええ、そういうことなら、トルムより安全かもしれないわね」


「最強ダンジョンで、最強候補生のシェリルが真の最強に! いよいよ、シェリル最強列伝もクライマックスですかねえ!?」


 うん。みんなついてきてくれるっぽい。

 ぽいの部分は全部シェリルだ。この子、禁域の森で王様目指す戦いにエントリーしないだろうな。


「クーを倒せば、私が最強ですよね!?」


「絶対に! 喧嘩を、売るんじゃないわよ!?」


 誰よりも速くそう注意したのは、ゾーイさんだった。

 なんかすみません。常識ないパーティで。

 こういうときに常識がある人は苦労するんだよな。

 ほら、プリシラさんなんて、シェリルの発言に顔を隠して笑っている。


「まあ……君たちの……言うとおり…………逃げる者を追いかけて……攻撃するほど……暇ではないだろうさ……」


 笑いをこらえながらだからか、途中途中で言葉に詰まりながら、プリシラさんはそう肯定してくれた。


「ほんっとうに……気をつけてよね?」


「ええ、ありがとうございます。ゾーイさん、プリシラさん」


 心配そうなゾーイさんと、面白そうなものを見るようなプリシラさんに見送られ、俺たちは禁域の森を目指すことにした。


    ◇


「いけませんね。こんなことでは……」


 蟻獣人と蜂獣人。私相手に共闘した昆虫種の群れ相手に手こずってしまいました。

 硬い甲殻を盾にしながら前進する蟻たちと、自在に素早く空を飛びながら鋭い針で攻撃する蜂たち。

 外界の古竜たち程度であれば、狩ることができる者たち。

 あたり一帯を埋め尽くす彼女たちに、苦戦してしまいました。


「お母様なら、もっと早かったはずです……」


 そう、お母様ならこんな結果ではなかったでしょう。

 倒した蟻獣人と蜂獣人を見渡し、思わずため息がこぼれました。


「それに、逃がしてしまうなんて、まだまだです」


 戦闘中に、数人の蟻と蜂が逃げてしまいました。

 全滅させられないなんて、気が抜けている証拠なのかもしれません。


「もっと、がんばらなくては……」


 まだまだ意識が戻らないであろう昆虫種たちからは目をそらし、次なる相手を目指して森の奥へと進むこととしましょう。

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