第221話 電波の届かない場所

「サキュバスのみなさんは、なんでそんな協力的なんですか?」


 やけにとんとん拍子で話が進んだことが気になり、転移後にアルドルさんの元へ向かいつつ尋ねた。

 異世界の種族間が友好的といえど、なんだかやたらと協力的だ。


「私たちの種族から魔王が誕生してしまったことは、もう知っているでしょ? 魔王を倒した後は、さすがに異世界でもサキュバスを危険視する声がそこらであがったのよ」


 わからなくもない。なんせ異世界が征服される寸前だったのだから。


「サキュバスは絶滅させろなんて過激な意見もあったわ。だけど、当時竜王国ルダルの王様だったアルドル様は、私たちと魔王は別だとそれに反対してくれたの」


 あの人そういうの一番気にしなさそうだからな。

 種族単位ではなく、あくまで個人として見てくれそうだ。

 そうでなければ、脆弱ともいえる異世界人の俺たちの力を認めたりしないだろう。


「恩には報いるつもりよ。ああ、引きこもっていなければ、もっと早くに力になれたのに」


 波風立てないように、なるべく他の種族と関わらないようにしていたのが裏目に出たというわけか。

 だけど、わりと余裕はありそうだったし、大事に至る前に解決できそうでよかった。

 森に到着し、争いの形跡もなく健在なアルドルさんを見て改めてそう思う。


「む、ゼンか。問題は解決できたか?」


「ええ、ばっちりです。まあ、結局紫杏とは毎晩一緒にいる必要ありますけど」


「しょうがないね!」


「いや……何日かとか食い溜めできるんだけど……」


「しょうがないね!」


 まあ、紫杏といつも一緒なのは今までもこれからも変わらないか。

 なら、俺たちがかこれまで抱えていた問題は、完全に解決したと言っていいだろう。


「それはなによりだ。そして、よく間に合ってくれた。助かったぞ。サキュバスたちもわざわざ呼び立ててすまんな」


「いえ! 私たちがこうして存在していられるのは、竜王様のおかげですから!」


「元だ。今はトルムが王だからな」


「あれ? アルドルさんの奥さんのギアさんじゃないんですか?」


 たしか、国をまとめていたのはギアさんだという話だったような……。


「王はトルムのやつだな。だが、ギアは軍を動かせる立場にあるのもたしかだ。力こそすべてなのはルダルもプリズイコスも変わらんからな」


「もしそうなら、アルドルさんが全員蹴散らしたら、言うこと聞くんじゃないですか?」


「それは、最後の手段だな。そうなったら俺が再び王にならねばならん。嫌だぞ。いつまでも俺頼りの情けない国など」


 となると、やっぱり竜王国も獣王国も、魔力の暴走を解決するのが一番だな。

 乗り掛かった舟ではあるし、恩もある。こちらの目的はすでに達成したので、いつでも現世界に帰ってもいい。

 なら、ここらで恩返しの一つでもしておきたいという気持ちはある。


「ところで、さっき言ってた間に合ったっていうのは? 今までもそうだったから、しばらくは膠着状態が続くと思っていたんですけど?」


 たしかに、大地の言うとおりアルドルさんは俺たちを急かしてはいなかった。

 なんなら、俺たちの用事のついでに、サキュバスたちにお願いしてほしい程度の話し方だったはずだ。

 もしかして、状況が変わったのか?


「さすがに森でやつらの争いに介入したあげく、空を飛んで目立ったのは刺激しすぎたかもしれん。それに、獣人たちの統率も乱れている。正気な者と闘争本能のままに動く者でな。今にも両国が激突しそうだったので、ルダルに殴り込みをかけようと思っていた」


 ……どうしよう。どっちも俺たちのせいじゃないか?

 サキュバスたちを連れてくるのが遅れたことといい、さすがにけっこうな負い目がある。

 ただでさえ、アルドルさんとサキュバスたちには、俺と紫杏がずっと抱えていた問題を解決してもらったというのに。


「……俺と紫杏は、この問題の解決に協力しようと思うんだけど」


「何言ってんの。僕らもつきあうよ」


「いいのか?」


「今さらでしょ。まあ、アルドルさんにもサキュバスさんにも協力してもらったし、それくらいしてもいいと思うわ」


「お船に乗ったつもりでいなさいおじい! この私こそが最強であることをついでに証明しましょう!」


 大船。いや、自分が大船ではなく普通の船という謙虚な言葉なのかもしれない。


「はっはっは! これは頼もしい。そうだな。あの馬鹿どもも、竜以外の種族にぶちのめされたほうが反省するだろう」


「ところで、倒すことになったんですか? サキュバスに協力して魔力の暴走を解除してもらうはずだったんじゃ……」


 疑問に思ったのか、大地がアルドルさんにそう尋ねた。

 たしかに、わざわざ戦う必要もなかったな。

 暴走さえ解除できるのなら、普通に話し合いもできるようになるはずだし。


「えっと……悪いけど、私たちだけでは魔力の暴走を解除できないわ」


「え、サキュバスでも無理なら、他にどの種族が協力すれば……」


「魔力を吸い取るってことは、長時間至近距離にいないといけないの。そんなことしていたら、竜たちにすぐに攻撃されるわ」


 ああ、たしかに。

 すごいねっとりと魔力吸ってきたからな。紫杏のやつ。

 さすがに相手に触れずに魔力を吸う方法をとるんだろうけど、それにしても距離が遠いと無理……。

 あれ? なんか、気になることがあったような。


「遠距離から魔力を吸うことってできないんですか?」


「さすがに遠すぎると無理よ。せいぜい視界に入るくらいの範囲だけね」


 ……あれ?


「善?」


「いや、なんでもない。それじゃあ、竜や獣人たちの魔力の暴走はどうやって治せば」


「簡単だ。討伐してしまえ」


「ええ……」


 ここにきて力技。結局戦うのが一番なのか。


「獣人と違って、竜たちはいくら倒そうと魔力の暴走までは解決しなかった。だが、サキュバスが協力してくれるのであれば、倒したアホどもの魔力を片っ端から吸収すればどうとでもなる」


「じゃあ、俺たちはサキュバスが安全に魔力を吸うために、竜たちを倒せばいいんですね」


「そうなるな。獣人たちはもっと簡単だ。正気に戻るまで叩きのめせばいいことは、ゼンとシアンが証明してみせたからな」


 サキュバスたちが、複雑な表情で俺たちのことを見てきた。

 あ、これまた現世界人が野蛮、あるいは戦い大好きな種族だと思われていそうだ。


「それじゃあ、獣人たちから倒しちゃおっか。愛の力を得た紫杏ちゃんは無敵だよ」


「う、うむ。そうか。では、その間に俺はルダルのアホどもの相手をすべきだな」


「……獣人たちなら、善と紫杏だけでなんとかなりそうだよね?」


「え? ま、まあ紫杏がどうにかしてくれそうだけど」


「それなら、僕たちは竜の相手をしようか?」


 大地からそんな提案をされた。

 てっきり一緒に戦うものかと思っていたのだが、たしかに二手に分かれられるならそのほうがいいかもしれない。


「でも、大丈夫か? 相手は古竜だろ?」


「倒すわけじゃなくて、要は動けなくなればいいんだよね? なら、僕が適任だと思う」


「あ、たしかに」


 そうか。大地なら毒で竜たちを動けなくすることができる。

 動けなくしてしまえば、魔力の暴走は解除できるはずだから、なにも馬鹿正直に倒さなくていいのか。


「アルドルさんに聞きたいんですけど、あのときの竜が使った毒のブレス。あれって、古竜にどの程度まで有効ですか?」


「ああ、あのときの……そうだな。俺はともかく、理性を失った今のルダルの者たちには有効のはずだ」


「じゃあ、やっぱり僕はルダルの相手をするよ」


 すでに竜と戦って、どの程度の毒なら効くかもわかっていると。

 うん。それなら大地に任せておけば竜王国のほうは安心だな。


「もちろん私も大地と一緒に行くわ。そうすれば、魔力が尽きたら譲渡できるし」


「しかたないですね~。大地と夢子だけじゃ心配だから、私もついていってあげますよ」


 夢子とシェリルは、大地と一緒に竜王国の相手をすると決めたようだ。

 なんなら俺もそっちに残ってもいいくらいだな。

 獣王国は、たぶん紫杏一人でどうとでもなるし。


「いいのか? 腐っても古竜、強さだけはそれなりだぞ」


「毒が効くなら問題ありません」


「……そうか、すまないな。無関係の種族どころか、現世界の者に協力させてしまうことになって」


「余裕です!」


 シェリルの頼もしい言葉に納得してくれたかはわからないが、アルドルさんとサキュバスたちは竜王国を迎え撃つことにしたようだ。


「それじゃあ、私たちもしつけをしないとね」


「ああ……全員撫でることになるのかな」


 男神様。あなたがすごい功績を残したのはわかっていますけど、なんか現世界の人間の男が勘違いされています。

 獣人を気持ちよく撫でることができる存在って……いったい何をしたんですか。


    ◇


「そういえば、さっきなにかに気づいていなかった?」


 すっかりと夜も更けてしまった。これはもしかしたら徹夜になるかもしれないな。

 そんなことを考えながら二人で森の中を歩いていると、紫杏が思い出したように尋ねてきた。


「ああ、あれか」


 そういえば、俺たちは無意識にそれを試していなかった。

 もしもそれができたとして、紫杏が魔力消失事件の犯人である証明になるのが怖かったのかもしれない。


「……紫杏って、遠隔からの魔力も吸収できるようになったろ?」


「うん、まあ。それがどうかした?」


「それって、どのくらいの範囲までできる?」


 【精気集束】の効果範囲。それを調べていない。

 非接触状態の俺への効果が有効であるということを知って、それ以上を知ろうとしていなかった。


「え……あれ? わかんないけど、あまり遠くまではできそうにない……?」


「サキュバスのお姉さんも言っていたけど、そんなに遠隔の魔力って吸えないみたいだろ」


 そうでなければ、竜相手でも遠くから魔力を吸い続ければいいだけだ。

 もっと言えば、淫魔の女王もわざわざ英雄と戦う必要すらなかった。

 戦うことなく遠くから英雄たちの魔力を吸いきって、その後にとどめをさせばいいのだから。

 そう考えると、やっぱりサキュバスであっても、遠く離れた魔力を吸うことはできないということになる。


「そうなると、最初考えていたように無意識で紫杏が魔力を吸いに行っていた?」


 現世界の魔力消失事件は結局どうなっているんだ。

 いや、今は神隠し事件のほうか。

 魔力が消滅してから姿も消えて、数日後にふと発見される事件。


「氷室くんは、そのへんの情報を更新してくれていないかな」


 手引書のページをめくる。

 相変わらず魔獣について情報がびっしりと記載されている。

 ページを進めていく。


「善! 獣人たちが近いよ!」


「あ、ああ! 悪い!」


 紫杏の声に呼び戻され、俺は手引書をしまって周囲を警戒した。

 そうだな。今は獣王国と竜王国の問題の解決が優先だ。


 ……だけど、気になることがもう一つできてしまった。

 氷室くんの手引書。なぜ、ある日を境に白紙のままだったんだ……。


    ◆


「デュトワくん。あれから調査は進展しましたか?」


「姉さん……う~む。いや、まだやめておこう」


 珍しい。この子が私に隠し事なんて、これも成長でしょうか……。

 というよりは、なんだか浮かない顔をしていますね。


「もしかして、調査が進みすぎましたか」


「……敵わないな。ああ、一人だけ怪しい者がいた。あまりにも自然だったため、俺たちは気づいていなかった。いや、俺たちだからこそか……」


 この言い方だと……もしかして、神隠し事件の犯人は私たちが知っている者ということでしょうか……。


「悪いな姉さん。まずは確証がほしい。だから、少し待ってくれ」


「ええ……デュトワくんも無理しちゃだめですよ?」


 そう言って別れたことを後悔しました。

 これが私とまともなデュトワくんとの最後の会話になるのですから。

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