第218話 魔族の夜

「また魔力が増えた気がする」


「うん。なんかおいしそうになったよ」


 消費者の声が直接聞けるにもほどがある。

 紫杏が満足するのであれば、やはり今の魔力補給に間違いはないみたいだ。


「う~む、本来ならそのように大量の魔力を補給したら、魔力が暴走するはずなのだがな」


 え……そんな危険な行為だったのか、これ。


「せ、先生が暴走しちゃうんですか!?」


「いや、極稀にいくらでも魔力を取り込める者もいる。プリシラのやつも、ゼンの体質を見抜いたうえでその手段を勧めたのだろう」


 なるほど。俺なら危険はないし、危険がなければ最適な手段だったと。


「でも、サキュバスなら誰でもこの手段で魔力増やせそうですね」


「いや、無理だ。ゼンやシアンのように魔力をいくらでも取り込めるのは、特異な体質だからな。サキュバスだろうとそれは変わらん」


 つまり俺と紫杏にはある種の才能があったというわけか。

 この才能、現世界にいたら一生気づけなさそうだな……。


「アキトはともかく、ソラ殿やアリシア、ルピナスにシルビアのやつも、同じような体質だったな。現世界の言葉でバグというのだろう?」


 なんかアルドルさんに似合わない言葉が出てきたが、たしかにわかりやすい。

 本来ならありえない、突然変異のような特殊な体質を持っているということだ。俺も紫杏も、女神様たちも。


「つまり、先生は食べれば食べるほど最強! 待っててください! 今から猪を狩ってきます!」


「目的を忘れちゃいけないよ」


「というか、物理的にそんなに食えない」


 走り去ろうとしたシェリルをなんとか大地が捕まえてくれた。

 そうしなければ、今後の行動を忘れて、俺最強化計画のために、ひたすらグランドタスクを狩っていたことだろう。


馬鹿犬シェリルが忘れる前に、さっさと出発したほうがいいね」


「そうだな。幸いロラテメスにも転移魔法陣は設置されているみたいだし、そう時間はかからないだろ」


 これが徒歩で行くのであれば、紫杏に与えるための魔力を補給しつつとなっていたが、転移できるのなら先程大量に接種した分で足りそうだ。

 とはいえ、向こうですぐに紫杏の体質を改善できるかはわからないし、急ぐに越したことはないだろう。


「これを見せればロラテメスのやつらにも話は通しやすいだろう」


 そう言ってアルドルさんは、鱗を一枚渡してくれた。

 男神様の友人で、本人も伝承に残っている古竜の王の鱗か……。

 厚井さんに見せたら、すごい反応されそうだな。


    ◇


「とうっ! シェリルワープ!」


「ただの転移魔法であって、シェリルの技じゃないからね」


 我慢できなかったのかシェリルが騒ぎだしたが、じっとすることはできているし、まあいいか。

 しかし、大きな国には必ず転移魔方陣が設置されているのは助かるな。

 かつては国同士を気軽に行き来できる技術なんてもっての外だったらしいけど、争いがなくなって国同士が交流してからはエルフたちの協力により魔法陣が設置されたらしい。

 それなのに、獣王国と竜王国のように再び争うことになるとは、なんだか残念な話だな。


「夜みたいだね~」


「まだ日が落ちるにはかなり早いはずだから、ここには日の光が届かないのかな?」


「暗闇の大樹なんて名前の国だったくらいだから、常夜の国なのかもしれないわね」


「ねむくなってきそうです……」


 夜の町のようだけど、真っ暗というわけではなくむしろ明るい。

 美しく華やかな夜景と呼べるような光景が、目の前に広がっている。

 国全体がライトアップされた姿は、どこか幻想的な雰囲気に包まれていた。


「シェリルが眠る前に、さっさと用事をすませよう」


 まだ昼だし、国も別に暗いわけではない。

 なのに眠いということは、きっとシェリルの頭の中では、夜は眠るという習慣が導き出されているんだろうな。


 魔法陣が設置されていた施設から少し離れた場所。

 なんというか……まあ、言いにくいんだけど。所謂、大人のお店っぽいところを目指して歩く。

 サキュバスたちは、そんな雰囲気のお店にいるらしい。あくまで雰囲気だけだ。そういうお店じゃない。


「ぴっかぴかです!」


 シェリルが反応したように、やたらと煌びやかな看板、そして照明のお店が見えた。

 眠らない街のような見た目の中でも、より夜の町らしい場所だ。


「……まあいいけど。なんか入りにくいよね」


「なにもわかっていないシェリルだけは、元気に進んでいくわね」


 だけど今は逆にそれがありがたいのかもしれない。

 シェリルにおいていかれないように、俺たちはそそくさと店の中へと入っていった。


「あら? 見慣れない顔だけど、お仲間かしら? サキュバスに、人狼に、吸血鬼に、アルミラージに、人間……人間!?」


 受付にいたお姉さんが一人一人顔を見ていくと、俺の番になった途端に目に見えて狼狽している。


「だ、だめじゃない! こんなところにいたら危ないわよ!」


 心配してくれるのはありがたいんだけど、自分たちの店にずいぶんな言いようだなあ。


「あ、あれ? 魔族の子たちも本当に見覚えがないけれど、もしかして……異世界出身じゃなかったり……」


「そうですね。僕たちは現世界の魔族です」


「帰りなさい! 現世界人なんて、異世界人がその気になれば簡単にやられちゃうのよ!?」


「大丈夫です! 私はほぼ最強のシェリル! そして、こちらは最強の先生! さらに超最強のお姉さま!」


 サキュバスのお姉さんにふんぞり返りながら、シェリルはよくわからない根拠を自慢した。


「僕と夢子自然にはぶられてるね」


「最強の座は遠いわね」


「い、いやいや……そんなわけのわからない自信を根拠にされても困るわよ! さてはあなたたち今どきの若者ね!? 淫魔戦争のこと知らないのかしら!?」


 シェリルの言葉ではさすがにごまかせなかった。

 お姉さんは至極まっとうな理由から、サキュバスでたちの危険性を説こうとしてくれている。


「いい? サキュバスは狡猾で、他種族を食べ物扱いして、しかも強いの。はた迷惑な魔王のせいでただでさえ評判が下がっているから、あなたたちみたいな若い子を店に連れ込んだなんて勘違いされたら困るのよ」


 切実だ。淫魔の女王のせいで下がったイメージを悪化させまいと、なるべく他種族と関わらないようにしているんだな。


「狡猾で、善を食べ物扱いして、強いサキュバスの紫杏ちゃんです」


「さすがです!」


 なにがだ。紫杏とシェリルはたまにわけのわからない共感をするから、放っておこう。

 とりあえず、このままではここから追い出されそうだ。

 そうなる前に、俺はアルドルさんから預かっていた鱗を見せることにした。


「あの、こんなのあるんですけど」


「なにこれ? 鱗……? この、魔力は…………焦熱竜王アルドル様!?」


 サキュバスのお姉さんは鱗の魔力からその持ち主がわかったらしく、目を見開いて驚いた。

 というかすごいな。魔力だけで誰の鱗かわかるのか。

 それだけ有名なアルドルさんがすごいのか、サキュバスの魔力感知能力がすごいのか、どっちなんだろう。


「アルドルさんのお使いでもあります」


「さっきから気になっていたけど、そっちの子のとんでもない魔力といい、あなたたち何者なのよ……」


「現世界のほうからきました!」


「最近の子のことは、よくわからないわ……」


 サキュバスのお姉さんは一気に疲れたかのようだったが、とりあえず俺たちに帰るよう勧めることはなくなった。

 アルドルさんの鱗のおかげで助かったな。

 これで話を聞いてもらうこともできそうだし、ようやく異世界にきた目的を達成できそうだ。

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