第217話 神使の一歩手前くらいの使者
「それで、なにがあったらそんなことになるの……?」
「善のゴッドハンドが火を噴いた」
大地の問いかけに紫杏が勝手に即答した。
それだとなにも伝わらないし、なんか俺が変な勘違いされるからやめてくれ。
俺と紫杏の後ろにいる獣人たちを、俺が殴って付き従わせているみたいじゃないか。
「私たちは、紫杏様と善様についていきます」
「いや、養えない。無理だから、こんなに」
「本当に、なにがあったのよ……」
俺は大地たちに、事のあらましを追って話した。
◇
「要するに、襲ってきた獣人たちを紫杏が殴り続けたら正気に戻った」
「全然意味がわからない……」
話をまとめたのに、余計に理解ができないような反応をされてしまった。
いや、意味が分からないとは言っているものの、不条理だという感情による発言か。
「……なるほど? そういえば、プリズイコスの民はシャノの再生能力を色濃く引き継いでいたな。であれば、倒し続けて過剰な魔力をすべて再生に消費させればよかったのか」
アルドル様……さんは一人合点がいったというように頷いている。
アルドルさんのことは大地から聞いた。
なんかこの人はこの人で大変そうではあるが、サキュバスに会うというのが目的であれば、俺たちにとっては都合がいい。
「そんな単純な方法でよかったのか……なんというか、アキトの妻を思い出したぞ」
きっと女神アリシア様のことだろう。
元聖女だけど、問題は力づくで解決することが多いという伝承もあるくらいの方だ。
「百歩譲って紫杏が殴って従えたのはわかった。だけど、その後のことがわからない。なに? 頭なでたらなつかれた? 洗脳系のユニークスキルかなにか?」
そう、獣人たちは、紫杏の力を認めたからという理由だけでついてきたわけではない。
なんか正気に戻った後に、俺が現世界の人間だとわかると試しに頭を撫でてみてほしいと言われたのだ。
男女問わずに頭を撫でなきゃいけない図は、あまりにも不気味な光景だっただろう。
だけど、俺はシェリルで慣れている。
培った技術を遺憾なく発揮してやると、獣人たちは満足げに俺を認めたらしい。
うん。自分でも意味わかんない。
「現世界の人間で男。それすなわち男神アキト様の再来です」
片膝を立てて服従しているようなポーズをとっていたリスの獣人。隊長さんがそう発言した。
人違いです。俺は神様じゃありません。
「男神様はあらゆる獣人を撫でる技術を持っていました。そういう意味では、紫杏様が言っていたゴッドハンドという言葉も、間違いではないのかもしれません」
「間違いです。俺のは普通の人間の手です」
「先生の撫で力を理解できるとは、なかなかやりますね! ですが、私は二年前に知っていました!」
というか、半分くらいはこの状況はお前のせいだぞ。シェリル。
言葉にするとかわいそうなので、心の中で責任をシェリルに押しつけておくとしよう。
「……獣人たちよ」
「なんでしょうか?」
「本当に、会話ができる……。話しかけても襲いかかってこないか」
至極当然のことだが、アルドルさんにとってはそうでないのだろう。
魔力の暴走のせいで、闘争本能のみで行動していた獣人たち、そして他種族を力で支配しようと行動する古竜たち。
どちらもまともに会話など臨めない。今思えば、最初に森であった熊獣人や青い古竜は、あれでまだ話ができるほうだったな。
「貴様らは、そこのサキュバスか人間に従うのか?」
「……我々の王はあくまでも、プリズイコスの王であるキャントゥエ様です。紫杏様と善様にはその力を見込んで、私たちの王を正気に戻していただきたいのです」
「襲いかかっておいて勝手な言い分ですね! 私たちは魔族の国に行かないといけないんです!」
シェリルがぷりぷりと怒りながら、隊長の発言を切り捨てた。
まあ、たしかに急に襲われはしたけど、それはもういい。こっちの被害はなにもなかったし。
だけど、国同士のいざこざに巻き込まれるのは、さすがに……せめて、紫杏の件が解決してからにしたいのはわがままだろうか。
「う~む……長年続いた争いだ。昨日今日こちらにきたばかりの者ばかり頼るのも情けない」
「それは……そうなのですが」
「時にゼンよ。ダイチから聞いたが、貴様らの目的もロラテメスだったな。それも、サキュバスが」
大地が話してもいいと判断したのなら、わざわざ隠すこともないか。
というか、あの男神様の友人であるアルドルさんだ。俺たちの事情を聞いたからといって、紫杏を危険視したりはしないだろう。
「できれば、紫杏の体質を改善することを優先したいです」
「であろうな。だが、あの国は現世界人を拒んでいるぞ」
え、まじで?
プリシラさん。そんなこと言っていなかったような……もしかして、あの人長生きしていて情報が昔のものだからか?
同じくどころかもっと長生きしているはずのアルドルさんは、わりと情報通っぽいのに。
魔法の研究とかしているみたいだし、研究職だから世間にはあまり興味がないとかだろうか。
「俺たちは国に入れないってことですか?」
「勘違いがないように断っておくが、現世界人のためと思ってのことだ。淫魔戦争の発端の国だからな。力のない者を招き、万が一にでも危険な目に遭わせてはならないと考えているのだろう」
俺たちを嫌ってというか、俺たちを心配してという理由か。
なおのこと国に入るのは難しそうだな……。
「なので、俺が話をつけてやろう。貴様らの強さは十分であるとな」
「その代わり、両国の魔力の暴走を治療しろってことですかね?」
「そこまでは望んでおらん。だが、ついでにサキュバスに事情を話してくれ。やつらの力であれば、過剰な魔力を排出できるやもしれん」
なるほど……。であれば、俺たちにとっては都合のいい話でしかない。
魔族の国入れてもらえ、サキュバスたちとも話すことができる。
それと引き換えに、サキュバスたちに獣王国と竜王国のことを話すというだけだ。
それくらいの手間ならば、さすがに断る理由もない。
「アルドルさんの提案に乗らせてください」
「感謝する。下手に俺がここを離れたら、本気のギアが軍勢を率いて襲ってくるからな」
アルドルさんの正妻の本気か……。
大きくなっていく竜王国は、ギアさんのおかげでうまくまとまったとも言われているし、そんな人が国民を動かしたら、恐ろしいことになりそうだ。
「獣人たちよ。貴様らは貴様らで正気を失った仲間たちを抑えておけ。それか、いっそのこと戦い、勝利し続けて正気に戻してしまえ」
「残念ながら、キャントゥエ様相手に何度も勝利するのは難しそうです。であれば私たちは、仲間たちが逸ってルダルに戦いを仕掛けないよう押しとどめます」
「ゼンたちが戻ってくる間は、それがいいだろう」
う~ん。やっぱり責任重大な気がする。
気がつけば異世界でも大きな事件に巻き込まれているなあ……。
「まずはお肉パーティですね!!」
気が滅入りそうだったが、シェリルのそんな言葉を聞き、まずはグランドタスクを平らげることだけを考えようと思い直す。
いよいよ魔族の国ロラテメスへ行くわけだし、こうして魔力を補充する必要があるのも、あとわずかとなるはずだ。
そう思うと少しだけ気が楽になってくる。
頭の中が面倒になってきたら、一心不乱に美味しいものを食べるに限るな……。
もしかしてシェリルは、そこまで考えて発言したのかもしれない。
◆
「はあ……困りましたね」
ため息をつくと幸せが逃げるなんて聞きますが、実は体にいいそうです。
なので、せめてため息でもつかないとやっていられません。
ニトテキア……。
新進気鋭のあのパーティが、これまでどれだけありがたい存在だったか、改めて思い知りました。
「どうした? 姉さん。珍しく気分が浮かないようだが」
「デュトワくん……」
かわいい義理の弟を見て、せめて癒されることにしましょう。
トカゲ……かわいいですよね。ワニもとてもかわいいです。
「また仕事か。浩一といい、根を詰めると倒れるぞ」
「そういうわけにもいきません。最近異変が活発になってきています。一件でも多く解決しないと、現世界の方々が安心できません」
「ふう……浩一も似たようなことを言っていた。あいつの場合は、ニトテキアが抜けた穴を埋めようと奮起しているようだが」
私もですが、浩一君もだいぶ無理していますからね……。
ですが、彼らが異世界で気兼ねなく過ごせるよう、現世界もがんばらないといけませんね。
「……しかたない。柄じゃないが、俺もなにか手伝おう」
そう言って、デュトワくんは私が手を付けていなかった異変の資料に目を通し始めました。
かわいい。やさしい。お姉ちゃんは鼻高々です。
「……そういえば、この事件。前から姉さんが気にしていたな」
「どれですか? ……ああ、神隠し事件。優先度は下げていましたが、最近頻度も上がっていてどうにも嫌な予感がするんです」
「なら、これを調査しよう。姉さんの予感は当たりそうだ」
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