第216話 神様のお友だち

「獣王国と竜王国になにが起きているんですか?」


 さすがにここまで関わったとなると他人事でもない。僕たちにも聞く権利はあるだろう。

 向こうもそう考えたのか、古竜はわずかなためらいを見せてから口を開いた。


「魔力の暴走というものを知っているか?」


「ええ」


 もちろん知っている。

 現世界でこそめったに発生することはないが、異世界では発生頻度がぐっと上がる。

 異世界に実際訪れてそれにも納得した。なんせ、現世界の上位のダンジョンなみの魔力がそこら中にあるからね。


 要するに体内に溜め込んだ魔力が宿主に悪影響を与える現象なんだ。

 どれほどの魔力を溜め込めば、どれほどの期間で発生するか、それは種族どころか個人差によって変わる。

 だけどその影響の内容は個人ごとにではなく、種族ごとに変わってくる。

 主に、その種族の本能の影響が大きくなり、本能のままに行動してしまう現象。それが魔力の暴走と言われている。


「知っているなら話は早い。つまるところ、魔力を吸収しすぎて闘争本能のままに動いているのだ。ルダルの民も、プリズイコスの民もな」


「はえ~、あれが普通じゃないんですね~」


「さすがに、あそこまで喧嘩早くないぞ……まあ、俺のことは今は忘れるとしよう」


 過去に喧嘩早かったな。この人。

 でもまあ、うちも人のこと言えないか、どこでも吠える馬鹿犬がいるし。


「まあ、男神様に喧嘩売りに行った人は例外ですよね」


 僕の言葉に古竜は驚いた表情を浮かべた。


「なんだ、知っていたのか。俺のことを」


「気がついたのはさっきですけどね。竜王アルドル様」


 僕の言葉に嫌そうな顔を浮かべるが否定はしない。

 つまり、正解ということだろう。


「元だ。今は隠居した身と言ったろう?」


「アルドル様……アルドル様……聞いたこと、ある。ような?」


 シェリルがうんうんと頭を抱えてなんとか思い出そうとしている。

 異種族のクラスとはいえ異世界の歴史は習っているはずだよ。きっと忘れたんだろうね。


「男神様のご友人であり、その時代に竜王国ルダルの王を務められたとっても偉い古竜様よ」


「え~~!? おじい偉いんですか!?」


「今の話を聞いてその反応ができるシェリルってすごいと思うよ?」


「はっはっは~! ようやく大地にも私のすごさが理解できましたか!」


 褒めていない。皮肉が一切通用しない相手は強い。

 というか、普段煽り散らかすときはけっこう皮肉も混ぜるくせに、なんで自分への皮肉はわからないんだろう。

 そしてシェリルのすごさよりも、アルドル様のすごさを理解してほしい。

 まあ、要するにだ。


「馬鹿じゃないの」


「なんですとぅ!?」


「くく……かしこまる必要はない。そこの人狼の言うとおり、今はただのジジイだ」


 よかった。どうやら全然無礼な態度を気にしていないようだ。

 まあ、この方がアルドル様だというなら、若いころだいぶヤンチャしていただろうし、懐かしいのかもしれない。

 なんせ、女神シルビア様に戦いを挑み、女神ソラ様に力の差を見せつけられ、男神アキト様に助けられて友人となったのだから。

 神二人を相手に喧嘩を売ったあげくに、最後は友人となるなんて、ずいぶんと豪胆な人だ。


「……くくくっ、自らをジジイ扱いか。シルビアをババア扱いしていた俺がおかしなものだ」


 普通に女神様の名前が出てくるし。呼び捨てだし。

 できれば最大限敬うべきなんだろうけど、本人がそれを望んでいないのならしかたない。


「あの……魔力の暴走で好戦的になっているのはわかりましたけど、解決する手段はあるんですか?」


「サキュバスを頼る」


「お姉さまですか?」


「お姉さま……? ああ、一緒にいたサキュバスのことか。いや、ロラテメスを訪ね協力を仰ぐつもりだ」


 なるほど。魔力が溜まりすぎているのなら、吸い取ってもらえばいいというわけか。

 ふと思ったのだけど、二年間善の魔力を吸い続けていた紫杏って、魔力暴走しないのかな。

 まあ、いつも善への愛が暴走しているし、本能のまま動こうと変わらないのかもしれないね。


「なるほど! つまり私たちと目的地が同じです! ならば、一緒に行きますか!? 私を背中に乗せて!」


「いや……紫杏が乗れないでしょって」


 夢子が呆れるのも無理はない。

 今行動が別になった理由をもう忘れたのか、あるいはそれほどまでに竜の背に乗るのが楽しかったのか。

 まあ……竜に乗って空を飛ぶのが楽しかったのは、否定しないけど。


「それに、ここを長い間離れるのもいささか不安が残る」


「それは、獣王国と竜王国の争いが激化するからですか?」


「まあそういうことだ。衝突しそうになるたびにちょっかいをかけているのだが、一日でも離れたら本格的な戦争になりかねん。さすがは獣人と古竜どもだな」


 アルドルさんは、面倒そうというよりは、どこか誇らしげにそう言った。

 やっぱり竜だね。勇敢に戦う者たちを好ましいと思っているきらいがある。


「おじいが、ぱぱっと行ってきても無理ですか?」


「ギアはこわいぞ。暴走しているくせに変に盤面を見る目はある。俺が離れた途端にルダルを率いてプリズイコスを食いつぶしかねん」


「ギアさんって、アルドルさんの本妻でしたよね」


「うむ。今は竜族こそが異世界を統治するにふさわしいという考えに至っている。そして、あれに泣きつかれると俺も弱い」


 そのあたりは善と紫杏みたいだ。

 いや、僕も夢子にお願いされたら断りにくいし、どの国でもどの種族でもオスって弱いなあ。


「プリズイコスも弱くはない。一方的な蹂躙ということにはならんだろうが、問題はどちらも戦うことしか考えていないということだ」


「犠牲を気にしないでただ戦いを楽しむだけってことですか……たしかに、とんでもない被害になりそうですね」


「そういうことだ。まったく……戦うなとは言わんが、それで両国とも大きな被害を出してなんになるというのだ」


 せめて、片方が理性的なら時間稼ぎくらいはできそうなんだけどね。

 であれば、説得してもらうのがいいかもしれない。


「アルドルさんなら、竜王国を説得して防戦させることはできないんですか?」


「難しいだろうなあ。現竜王のトルムは元竜王の俺への対抗心から、むしろ反発することが目に見える。そのあたりはギアがうまくたしなめてくれていたが、そのギアも魔力の暴走で侵略と支配に染まってしまった」


「元から対抗意識があったというのなら、逆効果そうね……」


 シェリルとか、善と紫杏の言うことは聞くけれど、僕たちの言うこと全然聞かないからね。

 その善と紫杏に当たる人が、シェリルの暴走をむしろ推奨しているようなものと考えると、いかに厄介な状況なのかがわかる。


「じゃあ、獣王国のほうと話し合うっていうのは……」


「森の中で見たとおりだ。ルダルの連中も、プリズイコスの連中も、さして変わらん。話は聞かんだろうさ」


 わりと手詰まりだね。

 この人ずっと一人で、こんな面倒な状況に陥っていたのか。


「それにしても……遅いわね。紫杏と善」


 もうかれこれ数時間。さすがに心配にもなってくる。


「逃げそびれたか? あのサキュバスの力ならば、生半可な獣人や古竜に後れを取ることはないと判断したのだが……軽率だったか?」


「大丈夫です! 先生とお姉さまは無敵ですから!」


 そうは言うけれど、シェリルもさすがに心配そうだ。

 やっぱり一度引き返すべきかな? いや、それで行き違いになったら厄介だし、人数が増えるほど獣人と古竜に気づかれやすくなるか。


「ほう、人狼。貴様の言うとおりだったようだ……だが、これはどういうことだ?」


 どうするべきか考えていると、アルドルさんがふいにそんなことを言った。

 慌てて音を確認するまでもなく、すでに森から出てくる善と紫杏の姿を見ることができている。

 それはいい。それはいいんだけど……。


「なんで、獣人たちを引き連れて帰ってきているのさ……」

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