第215話 三目並べの中の僕らは三角

「そういえば、普通に戦っていたな」


「魔獣じゃないし、倒しても経験値が入ってこないからね!」


 それに異世界にきた以上は、戦闘経験や実力云々も今さらではあるか。

 紫杏を頼りすぎてはいけないという段階も、ここに来た時点で終わったものと考えてもいいのかもしれない。


「頼っていいよ。あなたが育ててくれた私を」


「勝手に育った気がするけどな」


「あはは、照れるな照れるな」


 照れていないし、完全なる本心なんだが……。


「げっ……らちがあかないな」


 紫杏とちょっとしたやり取りをしているうちに、獣人たちはもう意識を取り戻していた。

 呆れるほどの耐久力の高さ、まるでゾンビを相手にしているようだな。相手したことないけどゾンビ。


「ちょ~っと待っててね。全員黙らせるから」


「ま、待てっ! いや、待ってください!」


「紫杏。さっきとは事情が違うみたいだぞ」


「ちぇ~」


 ちぇって言った? なに、殴りたいの?

 そのうちシェリルにDVをするようになったらどうしよう。


「短時間に無理やり連続で意識と肉体を回復したので、ようやく解放されたようです」


 なにから?

 事情がまったくわかっていないので、そう言われても困る。

 だけど、たしかに先ほどまでとは様子が違う。

 話をする気もなく襲いかかってくる雰囲気はなく、少なくともこうして会話できる程度の理性はある。

 さっきまで、獣人ってところかまわず襲ってくる生き物なのかと思っていたからな。


「そちらの事情がよくわからないんですけど」


「ああ、すまなかった。私たちは魔力の暴走状態だったらしい」


 魔力の暴走か……。

 一応聞いたことはあるけれど、本当にその状態になっている人は初めて見た。


「たしか、魔力を取り込みすぎて制御できなくなることで、本能のままに動くようになる状態でしたっけ?」


「ああ、どうやらそのせいで闘争本能を最優先としていたようだ」


 その話を聞いて紫杏の方を見る。

 普段散々紫杏に魔力を吸わせているわけだけど、魔力の暴走しないよな。

 というかしたらどうなるんだろう。サキュバスが本能のままに動く……。死ぬまで吸われると思う。


「あ、あれ。隊長……私たちはいったい」


「暴走状態にあったらしい。そこにいる方のおかげでなんとか解放されたようだ」


 荒療治にもほどがあるけどな。

 まあ、よくわからないけど意識が戻ったのだから、必要な痛みだったと割り切ってもらおう。


「えっと……人間の方ですか? サキュバスの方ですか?」


「サキュバスだ。おぼろげながら、圧倒的な力の前に手も足も出なかったことは覚えている」


 隊長だけ最後まで紫杏に挑み続けていたからな。

 正気を取り戻しつつ戦い続けたから覚えているのだろう。


「た、たしかにそっちのサキュバス様からはすごい魔力を感じます……」


「なんせ、毎日善からもらっているからね!」


 紫杏がえっへんと胸を張る。

 その発言を聞いた獣人たちは、俺の方にまで目を向けて畏怖のような感情を寄せた。


「これほど高位のサキュバス様に……」


「毎日魔力を奪われているのか……?」


「だが、平然としているぞ」


「信じられん……この魔力量であれば、二日ともたないだろう」


 うん。最後の人正解だ。

 毎日魔力を補給しなかったら、俺はたぶん干からびている。


「そ、それにその人精霊の力を使っていたような……? あれ、やっぱり夢かも?」


 そう言ったのは最初に俺が相手をした猫獣人だ。

 そういえば、魔法剣を使用したときにやたらと驚いて大きな隙を晒していたが、精霊の力に驚いていたのか?


「なるほど……サキュバス様のつがいなだけはある」


「そのと~り。つがいだからね。つがい。つまり私の、そして私は善の」


「は、はぁ……」


 よくわからないが、それで納得するのならそっとしておこう。

 紫杏の機嫌もよくなるし、良いことづくめだ。

 さて、騒動も収まったことだし、そろそろ大地たちと合流しないと。


「あ、あの~」


 しかし、森の入口を目指そうとした矢先、獣人たちの隊長からおずおずと声をかけられた。


    ◇


「遅いね」


「むう……やはり、先生とお姉さまお二人を残してしまうのは問題だったかもしれません!」


「あんたが竜の背中に乗りたい欲求に負けたんだけどね」


「うぐっ!! であれば、戻りますか! おじい、ゴーホームです!」


「その言葉、家に帰るという意味ではなかったか?」


「すべての森と山は私の家です!」


「なら、もういっそ山に捨てようかな……」


 相変わらず勢いだけで生きているね。

 だけど、実際のところ二人はどうなんだろう。

 正直なところ危険な目に遭っているということはないと思う。

 なんせ紫杏がいる。きっと目の前の古竜も相当強いけれど、紫杏はそれに太刀打ちできる実力があると思う。


 もしかしたら、獣人や古竜とのいざこざに巻き込まれている可能性があるかもしれない。

 だけど紫杏と善なら案外全員叩きのめして帰ってくる気がする。

 時間がかかっているのはそのせいか。

 それか……紫杏が発情して善を襲っているかだ。いや、さすがに日中は問題ないか。善が強く言えば大人しくなるだろうし。


「……なにか聞こえる。空を飛んでくる音?」


 その音に思考が中断される。


「追手ですか!? 蹴散らしてくれましょう!」


「いや、さすがにこの数の竜を相手にするのは……」


「ルダルの者たちだな。ふむ、プリズイコスの連中と戦うものかと思っていたが、さすがに竜の姿での飛行は目立ったか?」


「なにやってるんですかおじい!」


「半分はシェリルのせいだからね……?」


「いや、全部だと思うよ」


 そういう理由であれば、この古竜に乗せてもらって逃げるのは逆効果かもしれないね。

 どこまでも追ってきそうだ。


「まあ、そこで大人しくしているといい。特に人狼は気を付けてくれ」


「なにおう!? 私は待てができて偉いって、いつも先生とお姉さまが褒めてくれるんです!」


「じゃあ、大人しく待てをしておこうね。あとで紫杏と善に伝えてあげるから」


 そう言った途端にシェリルは大人しくなった。なんとも現金なものだね。

 音がした空の方を見上げると、そこには数匹の竜がこちらを目指して飛んでいた。

 数匹といえど竜は竜。その巨体となにより魔力の大きさから、数匹で固まって行動しているだけで周囲の者たちを威圧する。


「やはり貴様だったか老いぼれ。今さら私たちの戦いに首を突っ込む気ではあるまいな?」


「まあ、そろそろ俺が解決しなければまずそうだからな。まったく嘆かわしい」


 老竜の言葉に、黒い髪の女性の古竜が苛立ちながら口を開く。


「貴様の干渉など必要ない。隠居でもなんでも好きにするがいい」


「そうしたいところだが、妻までおかしくなったとあらば、俺も腰を上げねばなるまい」


「おかしいのは貴様だ。私たち竜こそこの地を統べるにふさわしい存在。力による支配こそが、私たち竜の生き方だ!」


「おおう……なんというか、昔の俺を見ているようで恥ずかしくなる。まあいい。そこまで言うのなら、力で俺をねじ伏せればいいだろう」


 なんとなく訳ありっぽいね。

 僕たちは、竜と竜の争いに運悪く巻き込まれてしまったということか。

 ……たぶん善のせいだね。厄介ごと引き寄せる体質だから。


 黒い竜が口を開くと、そこに急速に魔力が込められていくのがわかった。

 竜のブレス? 人間の姿でも使えるのか。


「喰らえっ!!」


 黒竜が黒い魔力を一気に放出した。

 まずいっ! これは毒のブレスだ!


「なっ! なにっ!?」


「ふぅ……なんとか間に合ったみたいだね」


 毒の成分を即座に解析し、こちらはそれらを相殺するように毒魔法を使用した。

 なんとか見込み通りだったようで、黒竜のブレス攻撃を鎮静化することができたみたいだ。


 再び口内に魔力を溜めているけれど、どうやらもう手遅れみたいだね。

 老竜もお返しにブレス攻撃を放ったことで、黒竜は完全に凍り付いてしまった。

 生きているのかな……? 一条さんたちも相手を無力化するときに、全身を凍り付けせたりするし大丈夫か。


「アルミラージよ。すまなかったな手をわずらわせて」


「いいえ。僕の得意分野だったので」


 それにしても……数匹の竜。それもおそらく古竜が全滅か。

 たった一度のブレスでなすすべなく無力化できることといい、やっぱりこの老竜は古竜の中でも特に強いみたいだ。

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