第214話 家庭外暴力の教典

「とりあえず、大きな魔力の塊から離れるようにしながら帰るか」


「うう……ご迷惑をおかけします」


「迷惑じゃないから平気」


「だから好き!」


 あ、今迷惑になった。抱きつかれながらだと走りにくいだろ。

 紫杏を引っぺがして再び森の中を走る。

 なんかやけに抵抗されたし、離れるときショックを受けていたが、本気では抵抗していなかったし納得してくれたことだろう。

 本気で力を込めて抱きしめられたら、俺の力じゃ紫杏をはがすことはできないからな。

 もう散々ベッドの上で体験済みだ。傾向と対策はいまだにないけれど……。


「はっ! なにかえっちな気配を感じる!」


「魔族の国に行ったら、サキュバスに読心能力があるのか聞いてみないとな……」


 突如大きな魔力を感じる。すごいスピードで俺たちに近づいてきたとかではない。

 まるで、ダンジョンが魔獣を生成するときのように、その空間に急に大きな魔力が現れたような感覚。

 それに合わせて剣を構えることで、咄嗟に攻撃から身を守る。


 ……紫杏もしっかり結界を張ってくれていたし、俺がしくじっても問題はなかったかもな。


「猫?」


「かわしたな! やはり強者! さあ戦え!」


 強襲してきたのは、身軽そうな猫の獣人。

 今ははっきりと大きな魔力を感じることができるので、攻撃の瞬間までは魔力を隠蔽でもしていたのかもしれない。

 こういうところは、魔獣とは違うな。魔獣にはそんな知恵ないし、そんなことする必要もないもんな。


 それはそうと……。


「いえ、俺たちはちょっと先を急いでいるので」


「ならば私を倒して先へ進むことだな!」


 取り付く島もない……。

 倒せと言われても、さすがは獣人と言うべきか、そこそこ強そうだぞこの人。


「ああほらっ! お前たちがもたもたしているから、獲物を横取りしにきた!」


 焦った様子で猫の獣人が突っ込んでくる。

 だが、その焦りのせいか単純な軌道で二度三度と方向転換してきただけだ。

 この程度であれば、いくら速くとも対応できない攻撃ではない。


「【魔法剣:土精】」


「な……なにぃっ!!?」


 なんとなく、人を斬るのは嫌だなという思いから、剣とは名ばかりの鈍器を使う。

 昔観月の相手をしたときもそうだが、魔獣と違って人間の姿の敵はこれに限る。


 突然持っていた剣が姿を変えたせいか、獣人はやけに驚いた反応を見せた。

 そして、ただでさえ焦りによって生じていた隙は、そのせいで決定的なものとなる。


「よいしょっ」


「ぐえぇぇ……」


 頭を思い切り殴っておいた。

 最悪加減を誤ったとしても、今は隣に紫杏がいるのですぐに治療できる。

 なので、観月のときと違って全力でぶっ叩いた。

 そのかいあって、見事に猫獣人の意識を一撃で刈り取ることに成功する。


「俺、加減ができるようになってきたかも!」


「よかったね~! さすがは、私の善」


 紫杏が俺に抱きつこうとしたが、すんでのところで立ち止まる。

 そして何もない場所に拳を振りぬいたと思ったら、ちょうどそのタイミングで森の茂みから飛び出した何かを撃ち落とした。


「ぐはぁっ!!」


「も~……邪魔だよ?」


 拳に吸い込まれてから落ちてきたのは、先ほどとは別の猫の獣人。

 やっぱり魔力は感じ取れなかった。

 だけどわかったこともある。この獣人たちは魔力を隠蔽して、俺たちに襲いかかる存在ということだ。


「もしかして、もう獣人たちに囲まれているのかなあ……」


「う~ん……むむむ……あ、本当だ。隠しているからわかりにくいけど、大きめな魔力が私たちを囲んでいる」


「え、わかるの?」


「できる女だからね! いまなら、お安いよ! お買い得!」


「そんな安い女じゃないよ。お前は」


 俺の答えに満足したのか、紫杏は俺の腕に抱きついた。


「一撃か……面白い! あの魔族は私が相手をしてやろう!」


「ああ、ずるいっ! 隊長が戦いたいだけですよね!?」


 隊長と呼ばれたリスの獣人が拳を構えて紫杏に攻撃をしかける。

 それに続くように、茂みの中から様々な獣人たちが飛び出してきた。


 獅子。犬。狐。虎。鹿。

 まあ、ずいぶんと色々な種族が仲良く暮らせているものだ。


「くそっ! 出遅れたか! ならばそこの人間! お前が相手をしろ!」


「はあっ!? 善は私のなんですけど!!」


 立派な角を頭につけた鹿の獣人女性が俺を指名すると、俺より先に紫杏が反応する。

 殴りかかるリスの獣人を無視して、紫杏は俺を抱き寄せて所有権を主張した。


「なるほど、つがいか。ならば、同時に相手をしてやるまで!」


「つがい……」


 紫杏は、その言葉を嬉しそうににやけ顔で噛みしめていた。

 だけど、そこは従来の戦闘能力が大幅に強化されたサキュバス様。

 迫りくるリスの獣人の拳を手のひらで払いのけてから、反撃とばかりに腹に重い一撃を叩きこむ。


「た、隊長!」


「な、なんかすみません」


「ならば、貴様らを倒した者が新たな隊長だ!」


 実力社会すぎる。

 強さこそ絶対と言ったって限度があるだろう。


「貴様よりあの女の方が強い! あの女が先だ!」


 そして、こういうときに弱者ではなく強者から狙うのが、獣人という種の考え方なのだろうか。

 次々と紫杏に挑みかかっては、拳一つで撃沈していく獣人たちの構図が出来上がってしまった。


 しかも獣人たちはやけにタフで、倒れても倒れてもすぐに戦線に復帰する。

 紫杏もだんだん面倒になってきているのか、徐々に殴る威力が増しているようだ。

 大丈夫だよな……。死んでないよな? なんかとんでもない威力で殴ってる気がするけれど。


「ああ……なんかもう大変なことに」


 俺たちは森から逃げようとしていたんじゃなかったのか。

 いつの間に森の中最強を決める戦いにエントリーしてしまったんだ。


「終わった~。褒めて~」


「ああ、うん。強かったぞ」


「かわいかった?」


「それはいつもかわいい」


 頭を突き出してきたので撫でると満足そうにする。

 こういうやり取りは、すでにこちらもシェリルで慣れている。

 ……なんか、満足そうな顔から一転してむくれているな。


「別の女のこと考えていない?」


「別の女って……シェリルだぞ?」


「う~ん……でも、だめ」


「わかったよ……」


 ご機嫌斜めなうちのお姫様の機嫌を取ることを優先する。

 もうあらんかぎりの紫杏の好きなところを考えながら撫で続けることで、紫杏は再び機嫌を取り戻してくれた。


    ◇


「それで、周りの魔力の反応ってどんな感じだ?」


「え~と……離れていったね」


 ということは、俺たちのというか紫杏の戦いを見て逃げたか。

 あるいは、獣人ではなく古竜たちだったので、一方的に獣人が蹂躙されるのならばと帰ったのかもしれない。


「こんなことなら、みんなと別れずに拳で解決すればよかったね」


「そうしたら、エルフだけじゃなく、獣人や古竜にまで蛮族って言われるぞ」


「善とお揃いならそれもよし!」


「えっ、エルフたちの蛮族って言葉、俺だけに言ってたの!?」


 心外だ……。

 俺はただ魔獣を狩って食べたいだけなのに。


「ううっ……」


 馬鹿な話をしていると、辛そうながらも体を起こす獣人の姿が見えた。

 紫杏が最初の方でぶん殴ったリスの獣人女性。隊長と呼ばれていた人だ。


「ええと……大丈夫ですか?」


「貴様のつがい……恐ろしい強さだ……」


 よろよろと立ち上がった隊長を見るに、この人の耐久力もかなりのものだけどな。

 シェリルもそうだけど、獣系統の種族ってみんな頑丈なのかもしれない。

 大地は……以外と打たれ強いかもしれないな。今度聞いてみよう。


 まあ、ともかく。


「なんか、俺の嫁がすみません」


 あ、違う。

 なんかつがいと言われているから、つい嫁とか言ったがまだ先の話……。


「えい!」


「ぐはあっ!!」


「なにしてんの、お前!?」


 意識を取り戻した隊長は、再び紫杏の拳によって沈んでいった。


「殴ったら、善が嫁って呼んでくれるってわかったから」


「いや、そうじゃないんだけどなあ……」


 たまに短絡的になるよな。

 なんかもう普段から嫁と呼んだ方がいいのか?

 しかし、力で解決って……俺の紫杏が一番獣人とか古竜らしいかもしれない。

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