第213話 角が削られた丸い竜

「なんか変なことに巻き込まれそうだね」


「結局、この森はどっちの領土なんだろうな」


 獣人の女性も、古竜の女性も、自分たちの国土だと主張し平行線だ。

 もしかして、今まさにその利権を巡って争っているとかだとしたら、非常に面倒だ。

 巻き込まれる前に帰りたい。


「この土地は元々プリズイコスの支配地だった。我ら獣人のものだ」


「この森は我らの神が与えたもの。故に我ら古竜のものに決まっている」


 よし、帰ろう。

 こんなの俺たちが関わっていい問題じゃない。

 どっちの言い分が正しいかなんて判断できないし、異世界の歴史なんて有名な部分しか知らない。

 このまま肉を置いてそっと帰ろう。


「つまり、縄張り争いですね! じゃあ、やっぱりお肉は私たちのものです!」


 シェリル。きっと、君は俺が魔獣の肉を必要としているから、持ち帰ろうとしてくれているんだろう。

 だけど、今回に限ってはそんなものよりも、面倒ごとに巻き込まれるのを避けたかった。


「貴様! やはり、私たちと敵対するつもりか!」


 熊獣人が再び鋭い目つきで睨みつけてきた。

 まあ、そうだよな。さっきはなんか謝罪を受け入れてもらえそうだったけど、その証であったこの森の戦利品を持ち帰ろうとしているのだから、そりゃあ怒りもするだろう。


「ふっふっふ、賢い私は気づきました」


 シェリルは熊獣人の眼光など気にすることもなく、たぶん賢くないことを言おうとしている。


「森はみんなのものです!」


「おい、ローレン。この狼獣人は貴様らの仲間だろうが、なんとかしろ」


「はっ! これだから古竜は、獣人と魔族の区別もつかないとはな!」


 毒気を抜かれそうになった古竜が、獣人にシェリルを押しつけようとする。

 しかし、獣人はさすがにシェリルが魔族だとわかっているのか、さらに古竜を煽るような発言をした。


「いいだろう。これ以上はらちがあかないと思っていたところだ」


 古竜の魔力が練り上げられる。

 うわっ、さすがは古竜だな。グランドタスクよりもはるかに強い。


「古ぼけたトカゲ風情め。竜などもはやとるに足らない存在だと証明してくれる」


 それに呼応するように、熊獣人も臨戦態勢へと移る。

 こっちはこっちでかなりの強さだとうかがい知れる。やはりこの森の魔獣よりも実力は上だろう。


 熊獣人が毛皮に覆われた鋭利な爪で襲いかかる。

 戦闘スタイルはシェリルに似ているが、熊の腕力も兼ね備えているのか一撃は重く強烈なものだ。

 しかし、古竜は鎧のような鱗に覆われた腕でその攻撃を防ぐ。

 森の中に金属同士がぶつかり合った音が響き、周囲の魔獣たちは巻き込まれまいと逃げ出すのが感知できる。


「やめておけ。そこの人狼の言うとおりだ。子供に言い負かされた挙句に喧嘩とは、貴様ら恥ずかしくないのか?」


 ここから激化が予想される二人の衝突だったが、それを止めたのは森の入口にいた古竜の男性だった。

 彼は険悪な二人の様子に臆するどころか呆れた様子で、ずかずかと二人の前へと歩いていく。

 争いかけていた二人の女性は、男性の登場にわずかに驚くとその矛先を収めた。


「ちっ、さすがに貴様まで相手にするつもりはない」


 熊獣人はそう言い残すと一目散に立ち去った。

 残された古竜の女性は、忌々しそうな表情で男性の顔を睨んでいたが、諦めたように息を吐いた。


「老いぼれめ。腑抜けた貴様ごときの説教など聞くに堪えん」


 そう言い捨てると、古竜の女性もまたこの場から去っていく。

 背中に生えた翼を広げると、そのまま上空へと飛び立ってしまった。


「くくっ……老いぼれか。まるであのババアのような扱いじゃあないか」


 二人の争いを止めてしまい、悪態をつかれてこの態度。

 嘘だろと思ったけれど、たしかにこの人は年を重ねているのかもしれないな。

 まあ、それはそうと。


「助けてくれてありがとうございます」


「なんだ。古竜の俺に礼をいうのか。騒動の原因の一端も古竜だというのに」


「めんどくさいから、種族でくくって考えないようにしているので」


 種族単位で考えるのまじめんどい。

 やれ、人間至上主義だ。魔族至上主義だ。そんなものはうんざりだ。


「あはははははっ! めんどうときたか! まったくもってそのとおりだ!」


 俺の回答が可笑しかったのか、古竜の男性は楽しそうに笑いだした。


「そこの人狼といい、リリベルのやつにも見習ってもらいたいものだな」


「りりべる?」


 知らない名前と引き合いに出されたからか、シェリルはきょとんと首を傾げた。


「リリベルは、先の赤髪の古竜だ。ついでに、熊獣人のほうはローレンだな」


 そういえばローレンさんのほうは、リリベルさんがそう呼んでいたな。

 しかし、あの二人の名前を知っているということは、やはりこの人も無関係ではないということだ。


「あの二人の知り合いなんですか?」


「ルダルとプリズイコスの民だからな。顔と名前、それに簡単な特徴程度は覚えている」


「ということは、やっぱりあなたもルダルの国民ってことですよね」


「うむ。まあルダルにはそれなりに住んでいたな。今は隠居しているが」


 隠居。見た目からはまったくそうは見えないが、目の前の老竜はすでに現役を退いているらしい。


「そんなことより、そこのおじい! 私と最強の座をかけて勝負です!」


「俺と……? はっはっは! いつ以来だそんなこと言われたのは」


 シェリルの無礼ともいえる発言だが、古竜は笑って応じた。

 なんか、段々とこの二人がおじいちゃんと孫に見えてきたぞ……。


「だが、やめておけ。またルダルとプリズイコスの馬鹿どもがきたら面倒だ」


「馬鹿……って、片方は自分の国ですよね?」


「ああ、俺の国だ。だが、どちらの国も今は馬鹿だな。他の連中がきたら、あの二人以上に面倒だぞ」


「それって……」


 言葉を途中で止めてしまう。森の中に新たな魔力の反応を感知したためだ。

 それも、一人や二人ではない。別々の方角から魔獣以上の魔力が大量に押し寄せてきている。


「なんか、新たな面倒ごとの気配だ……」


「いっぱい魔力が向かってきてるね~」


「ほう……わかるか。なら話は早い。ここから立ち去るべきだ」


 そのほうがよさそうだな。

 これって、要するにプリズイコスとルダルの増援だろうからな。

 本格的に衝突してしまいそうだし、それに巻き込まれるのは避けたい。


「お肉をもって逃げますか!」


「肉は捨ててもいいから、逃げる方を優先しような」


「そんなもったいないことする必要もあるまい。乗せてやろう」


 そう言うと、古竜の男性の姿が変化していく。

 両手足と頭部、それに翼と尾だけが竜のようであり、残りは人間と同じ見た目だったのだが、みるみるうちに人間の部位が消えていく。

 そしてそれに呼応するかのように、体もどんどん巨大化していく。


 竜だ。俺たちがダンジョンで幾度も挑戦した姿に酷似している。

 古竜は、人の姿になれるようになった竜とも言われているからな。

 さっきまでの姿も、こっちの姿も、どちらもあの古竜の男性なのだろう。


「竜です! 倒したことあります! 戦いますか!? おじい!」


「好戦的な人狼だな……よもや、魔力の暴走ではあるまいな?」


「魔力の暴走……? いえ、うちの子はいつも魔力関係なしに暴走しているだけです」


「暴走超特急シェリルです!」


 褒めてはいないんだよなあ。

 誇らしげなシェリルを抱えて、古竜の人から引き離す。


「どこへ行く? 言ったであろう。乗せてやると」


「え、乗るって……あなたにですか?」


「俺にだ」


「さすがに、そこまでお世話には……」


「速いぞ。かつては我が友も喜んだものだ」


 懐かし気に語る表情は、竜の顔だというのに追憶にふけっているように感じさせる。

 まあ、迷惑でないというのであれば、お言葉に甘えていいのかな?


「紫杏はいける? さっきまで男の人だったけど」


「う~~~~~ん…………」


「む? もしや、淫魔なのにオスが不得手か? では、その肉だけ運んでやろう」


「だめです! おじいが持ち逃げするかもしれません!」


 いや、しようと思えばできるだろうけど、それならこんな回りくどいことしないんじゃないか?

 この古竜の強さなら、この程度の肉すぐに手に入るだろうし。


「だから、私が見張るのはどうでしょう!?」


 そう提案したシェリルの尻尾は揺れていた。

 ああ、そういうことか。

 乗ってみたいんだな。この竜の背中に。


「じゃあ、僕か夢子が悪さしないように一緒に乗らないと」


「二人で乗ればいいんじゃないか? 俺は紫杏と一緒に入口に向かうからさ」


「でも……」


「まあ、戦うわけでもないし、無茶することもないさ」


「信用していいのか難しいところね……」


 わずかに悩んでから、二人はシェリルの子守のために古竜の背に乗って運んでもらうことにした。

 俺の信用。一体いつの間にここまで低下したんだろう。

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