第212話 毛皮と鱗のあいだ

「それにしても異世界人とは珍しい。特にそこのメス、下手な古竜でさえ敵わんほどの強さだな」


 メス。うん。差別とかじゃないよな。

 たしか古竜って男と女じゃなくて、オスとメスって呼ぶと聞いた。

 現世界にきた古竜がテレビでそう言っていたことは覚えている。


 それで、この人もといこの竜が指さしたのは紫杏だ。

 そうか。紫杏には毎日精気を吸われていたけど、そこまで強くなっていたか。


「だが、念のため伝えておく。この先の森は危険だぞ」


「あ、はい。一応話は聞いているのですが、ちょっと用事がありまして」


「うむ。なので念のために言っておいたが、まあ貴様らならこの先も問題あるまい。邪魔してすまなかったな」


「いえ、こっちでも通用するってお墨付きをもらえたのなら助かります」


 古竜の男性は、笑みを浮かべ俺たちを見送った。

 う~ん、見た目がいいからやけに様になる。というか、やはり老人には見えない。


「先生!」


「ん? どうしたシェリル」


「さっきのおじいに戦いを挑んできます!」


「なんでだよ」


 あの人俺たちを馬鹿にするようなこと言ってなかっただろ。

 いったいなにがうちのわんこの気に障ったというのか。


「あの人を倒せばもはや最強だからです!」


「どいういうこと……?」


 理由を聞いても理解ができなかった。

 もしかして、古竜を名乗っていたから倒すことができたら、自分の種族のほうが上という証明になると思ったんだろうか。


「まあ、シェリルの言ってることもわからなくないけど」


「大地まで……なんだ、みんな竜嫌いなのか?」


「いや、僕らが獣寄りの魔族だからなんとなくわかるのかな? あの古竜かなり強いよ」


「そんなにか?」


「そんなにだね。少なくとも現世界であれ以上はいないんじゃないかな?」


 恐るべし異世界。プリシラさんといい、古竜の男性といい、歩いているだけで次々に強者が現れる。

 だけど、今はシェリルの最強譚よりも、いつもの魔獣狩りが優先だ。


「また今度会えたら頼んでみような」


「はい!」


 シェリルも納得してくれたので、改めて森の中へと足を踏み入れる。


 周囲の魔力を注意深く観測することで、森の中にいる魔獣たちのおおよその位置が理解できる。

 よく知っている魔力が感じ取れたので、おそらくはこれがグランドタスクとティムールだろう。

 他にも覚えのない魔力も観測できたが、これはまだ戦ったことのない魔獣か?

 ともかく、今は近くにいるグランドタスクらしき魔獣に狙いを定めよう。


「さっそくいたな」


「う~ん? こっちだと姿消してないんだね」


 紫杏の言うとおり、こちらのグランドタスクは透明になっていない。

 思えばあれはダンジョンの魔力で透明化していたもんな。

 ダンジョンがないこの世界では、また別の戦い方をしてくるってことか。


「それでも、今までと同じように戦うのが一番よさそうだ」


「毒は……あ、効くね。でも、かなり頑丈だし耐性も現世界より上みたいだ」


 大地がさっそく一匹倒した。

 厳密にはまだ倒していないが、もうあいつはだめだ。

 大地の手にかかった以上、二度と動くことはないだろう。


「シェリル~ボン! バー!」


 シェリルが空中に飛び上がり、落下とともに両手を振り下ろして攻撃する。

 一応魔力を手に纏っているので、グランドタスクにもその攻撃は通用しているようだ。


「先生! やっぱりスキルが出ませんね! シェリルボンバー出ないです!」


「そもそも、俺はシェリルボンバーが出ているのを見たことがない」


 どうなったら成功だったんだろう。

 そう思っていたら、夢子も大地同様にスキルの扱いは完全に慣れたらしく、シェリルの攻撃にあわせて魔法を放った。


「おお! 出ました! シェリルアサルトです!」


「……そうか。よかったな」


「はい!」


 グランドタスクに直撃したシェリルの両手が、夢子の炎の効果で爆ぜた。

 当然シェリル自身にはダメージがないように、夢子は魔法制御を完璧にこなし、グランドタスクだけが爆発によるダメージを受けている。

 たしかに現世界のグランドタスクよりもずいぶんと強い。

 特に耐久面は比較にならないが、そこはうちも二年間遊んでいたわけじゃない。

 異世界でスキルが簡単には使えないという面を考慮しても、これなら問題なく狩れるはずだ。


「よし、それじゃあ適当な数狩ってしまおう」


 透明にもなっていないし、逃げることもない。

 こっちのほうが向こうのグランドタスクよりも強くて好戦的だが、おかげで倒しやすさも上だな。

 【超級】になったばかりならともかく、今の俺たちであれば十分に獲物にできる強さだ。


 ついでだし、魔術系のスキルもなんとか自力で構築できないか試しつつ戦ってみるか。


    ◇


「お肉山盛りです!」


 やはり相当な苦戦を強いられはしたものの、こちらに怪我人が出るほどというわけでもない。

 結果として、シェリルが喜ぶくらいには大量のグランドタスクを狩ることができた。


 これ、向こうの世界に持ち帰ったら高額で取引できそうだな。

 いや、一気に市場に出回ると希少性が薄れて価格が崩壊してしまうか?

 まあ、どっちにしろここで食べるし、考えても詮無いことだ。


「とりあえず食べるか」


 食べる。魔力が体内に供給される。異世界の魔力に体が慣れる。

 今はその繰り返し。そのおかげで強くなれるが、体が完全に異世界の魔力に慣れたら、食べることで強くなるというのは難しいかもな。


「いただきます」


「おい、そこの人間!」


 食事を始めようとした瞬間に呼び止められた。

 少しばかり間が悪いなと思ってしまうが、さっきの古竜みたいに純粋な親切心で話しかけてくれることもあるし、いったん食事は中断だな。


「その肉はグランドタスクだな? 誰に断ってこの森で狩りをしている」


 熊のような耳をした女性。魔族ではないと思うから熊獣人だな。

 釣り目気味のやや目つきが悪い彼女は、こちらに敵意を向けるように睨みつけてきている。

 誰に断ってと言っていたな。もしかして、この森って管理者に申請しないと狩りは禁止だったのか?


「断りはいれていませんけど……必要でしたか?」


 だとしたら、悪いのはこちらということになる。

 謝罪して肉を返すことで、なんとか穏便にすませられるといいのだけど。


「この森は私たちプリズイコスのものだ。見たところあのトカゲどもの仲間ではないようだが、領土を荒らす者は許さん」


 プリズイコス。ゾーイさんが言っていた五大国の一つの獣王国だな。

 ということは、やはり目の前の女性は熊の獣人ということで合っているみたいだ。


「すみませんでした。肉は返すので」


「この森が獣王国の領土? ヤニシアで聞いた話では、獣王国にも竜王国にも属していないという話でしたけど?」


 俺の謝罪を遮って、大地が熊の獣人に尋ねる。

 ……たしかに、プリシラさんは獣王国と竜王国に隣接しているとは言っていたが、どちらの国のものでもないって言っていたような。


「それは過去の話だ。先ほども言ったが、この森は私たちの国プリズイコスの領土で、生息している魔獣たちも私たちのものだ」


 う~ん……過去の話と言われるとしかたない。

 そういえば、プリシラさんって人間だけど、寿命だけはとんでもなく長い人だからなあ。

 昔このあたりにきたというのも、はるか昔の話であり、領土もそのときから変わっているのだとしたら、話に食い違いもあるかもしれない。


「うん。勘違いがあったみたいだし、やっぱり一旦引き返すか」


「ほう。非を認められるあたり、やはりあの忌々しいトカゲとは無関係らしいな。それに、グランドタスクをそれほど狩る強者か……」


 なんとか穏便にことを済ませることができそうだ。

 睨んでいた目つきからは徐々に険が取れていき、敵意が薄れていくのがわかる。

 もっとも、それでも元来の目つきの悪さか、わりと怖い目をしているけれど。


「私たちの国の客人となるか? その強さを私たちのために発揮してくれるのであれば、ここでの狩りの許可も下りよう」


 一応ありがたい話なのだろう。

 だけど、その対価としてなにかを手伝われそうな意味合いが含まれている。

 ちょっと考えさせてもらおうと口を開こうとしたが、その前に別の誰かの言葉が聞こえてきた。


「なんの権限があって、貴様ら畜生ごときがその許可を出すつもりだ」


 ちょうど俺たちを中心とし、熊獣人の女性の反対側に赤い髪をした女性が現れる。

 やけに整った顔立ちをしており、身体的特徴は人間に類似している。

 だけど、体の細部には鎧のようなむき出しの鱗は、森に入る前に会った男性と同じような姿だ。


「古竜……?」


 俺たちを挟んだ位置で、獣人の女性と古竜の女性がにらみ合っていた。

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