第211話 脂がのった魔力のお味

「あ、あの、すみませんでした。先程は失礼なことを言ってしまいまして……」


 エルフの女性が俺に頭を下げる。

 よかった。誤解は解けたようだ。

 俺だって別に蛮族だの、怪物だの、殲滅王だの、好きで呼ばれているわけではないのだ。


「先生~! お肉拾ってきましたよ~!」


 シェリルがミノタウロスの頭を拾ってきた。

 エルフの女性は固まっている。

 これ以上いらん誤解を招くのも勘弁してほしいし、ここは心を鬼にして頭を捨ててきてもらおう。


「どうぞ!」


 すごい笑顔。尻尾はぶんぶんと振っている。二つの意味で頭を差し出している。

 ここは、心を鬼に……。


「ああ、ありがとなシェリル」


「気が利く愛犬シェリルです!」


 もういいや、なんでも。

 牛の生首を受け取って、俺はシェリルの頭を撫でるのだった。

 エルフたちがすごい顔で俺とシェリルを見ている気がするけれど、知らない。知らないのだ。


 それと紫杏。

 シェリルが羨ましいのかもしれないけれど、無言で生首拾いに行くのやめて。

 そんなことしなくても撫でるから、まじでやめて。


    ◇


「スキルがない戦闘にも簡単に対応できたようだね。あの子たちもそうだったけれど、異世界にくるからには力は十分ってわけだ」


「そういえば、現世界でも一回スキル使わずに使ったふりしたので、なんとかなりました」


 ハイドラ戦が意外なところで役立った。

 【太刀筋倍化】とか【剣刃乱舞】あたりは、生身で再現は可能だろうな。


「ちなみにあの子たちって、聖銀の杭の方々ですか?」


 俺が会ったことがあるのは、神崎さんとゾーイさんくらいだけど。


「ああ、遠い昔に約束したんだ。聖銀の杭の面倒を見てやってくれとね」


 プリシラさんは、懐かしむように遠い目をした。

 悲しみも幾分かは含まれているようだが、楽しかった記憶を思い返しているようにも見える。

 そこで少し気になった。


「プリシラさんって、人間じゃないんですか?」


「一応、人間という種族の範疇だね。ただ、私は祖先がエルフなんだ。先祖返りの影響か、寿命だけは長いけどね」


 大地はプリシラさんのことを、世界間が交流したころの魔導師と言っていた。

 であれば、寿命だけはエルフと同等ってことだろうな。


「それで、エルフの国に住んでいるんですね」


「元は人間の国に住んでいたが……リサも、ジャニスも、シーラも、天寿を全うした。友人がいないのであればと国を移ったのさ」


「それ……聖銀の杭の初代メンバーの名前ですよね」


 大地が驚きながら尋ねる。え、すごい名前じゃないか。

 聖銀の杭の初期メンバーって、初めて異世界から現世界にきた探索パーティだぞ。

 つまり、俺たちの大先輩ってことになる。


「くくっ、偉くなったものだね。彼女たちも」


「偉いなんてもんじゃありませんよ……」


 改めて、すごい人と知り合えたものだな。

 さすが異世界。こんな人と普通に街で遭遇できるなんて。


「ところで……君たち、本気でそれを食べるのかい?」


「牛なので、いけるかと思いましたが……無理ですか?」


 焼いたらいい匂いはしている。

 ちょうど人の体の部位は斬り落とされていたので、こうして見ると普通の牛肉扱いできそうだ。

 牛の頭部って食べられたっけ? いや、ミノタウロスだし、牛とは違うか。

 最悪タンの部分だけならいけるか?


「まあ、食べてみるといい。毒はない。抵抗がないというのなら、味も悪くないだろうさ」


 プリシラさんの言葉通り、ミノタウロスの肉は普通においしかった。

 惜しむべくは、頭は残念ながら食べられなかったことだ。

 結局、タンだけを食べることになり、思ったほどの量を食べることはできなかった。

 ……シェリルと紫杏にもっと生首持ってきてもらうべきだったか?

 いや、絵面がだめだな。蛮族というか、戦国武将というか。


「ふむ……魔力も少しは安定してきたようだね」


「あ、はい。なんか、さっきより魔力が増えた感じがしますね」


「……そうか。不安定な状態であの強さ。やはり、アリシア様のような特異点だね。君たち」


 蛮族よりましか、という考えは白戸さんに怒られそうだな。


「とりあえず、やることは決まったな。魔獣を狩って食べる。紫杏が満足できる魔力量になるまでは、そうやって異世界を旅しよう」


「そうだね。僕たちもある程度戦えるってことはわかったし、無理しないのであれば魔獣と戦うのもありだね」


「どうやら、初めの見込みでは君をまだ侮っていたようだ。魔獣をそれだけ捕食できる体質なら、魔力が馴染むのももっと早いだろう」


 だとすれば助かる。毎日魔獣を狩り続けるのはいいけれど、それを食べるとなると別の問題だ。

 なんぜ、一日に食べられる量なんて限りがあるのだから。


「健闘を祈るよ。ミノタウロスのような魔獣でなく、もう少し食糧に向いている魔獣がおすすめだけどね」


「グランドタスクとかですね。となると、やっぱりルダルの近くかあ……」


 竜王国に向かってシェリルがワンワンと吠えないか心配だ。


「今回はスタンピードがたまたま発生していた。安定して魔獣を狩るとなると、あのあたりがいいだろう。まあ、あれだけ強いのなら、どちらの国も認めてくれるだろうさ」


「わりと力がすべてなんですかね?」


「まあ、あの二国はねえ……だからこそ、強者は歓迎してくれるような場所だったよ。以前行った時は私ももてなしてもらった」


 まあ、ここにいないとなれば、そちらへと移動したほうがよさそうだな。

 現世界なら、ダンジョンさえいけば魔獣なんていくらでもいたけれど、世界が変わると事情も変わるものだ。


「すみません。ヤニシアで歓迎したかったのですが、魔獣の肉を食べる文化はなくて……」


「いえ、気にしないでください。俺たちだって、魔獣の肉なんて初めて食べましたから」


「初めて食べた魔獣の肉が、ミノタウロス……?」


 ああ、なんかまた引かれてしまった。

 これ以上現世界人の印象を落とす前に、次の目的地へと向かった方がいいいな。


    ◇


 誤解はそのままに、それでも騒動を解決したこちらに好意的だったエルフたちの気遣いによって、俺たちは竜王国付近へと転移させてもらった。

 すごい魔法技術だ。現世界にはまだ、あんな大規模かつ長距離移動できる転移のシステムはないからな。

 異世界ならでは、というよりは、魔力の操作に長けているエルフたちならではの技術のようだ。


「さすがエルフって感じね」


「うん。その中に混ざっても引けを取らないどころか、抜きんでた魔法使いのプリシラさんも大概だね。一応人間のはずなのに」


「大魔導師って言われるだけあるなあ。そういえば、どことなく赤木さんを思い出した。喋り方とか」


「ああ、たしかに。あれがまともならプリシラさんみたいになっていたのかもね」


 師匠って感じではないけれど、聞いたらわりと教えてくれる頼りになる大人という印象だった。

 そしてなによりも変態じゃない。ほぼ犯罪者じゃない。まともな人だ。


「そんな人にまで、最終的には蛮族みたいだと思われていたかもしれないけどね……」


 いや、他のエルフたちはそうかもしれないけれど、あの人はなんか面白がっていたぞ。

 年の功というやつか。とにかく余裕がすごい。

 でも、エルフってことは他の人たちも年はそれなりに重ねているかもしれないな。

 やっぱり、単なる人柄の違いか?


「現世界が勘違いされないといいけどねえ」


「主に紫杏とシェリルのせいだからね」


「ええ!? 私、異世界問題起こしてる!?」


 自覚がなかったのか、紫杏が普通に驚いている。

 まあ、問題ってわけじゃないだろう。きっと。

 せいぜい、食文化の違いに驚愕されてしまったくらいだ。それも勘違いなんだけどな……。


 転移させてもらったとはいえ、さすがに目的地付近とまではいかない。

 竜王国ルダルを迂回しつつ、俺たちは何日かかけて目的の場所を目指すことになった。

 幸い魔力に関しては、大量のミノタウロスの肉から補給できるので問題ないが、野宿しながらとなると夜が大変だった……。

 大地と夢子が気遣いできる二人でなかったら、きっととんでもなく気まずいことになっていただろうな。

 二人には大いに感謝しておこう。


 さて、そんな旅路を続けたことで、そろそろプリシラさんに教えてもらった森に到着するはずだ。

 目の前には大きな森林地帯が見えている。

 きっと、あの中にグランドタスクやティムールが生息しているのだろう。


「人間……? いや、魔族も一緒か」


 森に足を踏み入れようとしたとき、俺たちに向けて声がかけられた。

 ふと声の発生源を見てみると、そこには黒と赤が交じり合った髪に、整った顔立ちの男性が立っていた。

 20代くらいだろうか? 俺たちよりも年上ではあるが、かなり若く見える。

 ……のだが、雰囲気がどうにも不思議だ。若い見た目にそぐわない、やたらと威厳があるような印象を受ける。


「ふむ……弱いやつが迷い込んだのであれば、忠告の一つでもしてやろうと思ったのだが、杞憂だったようだな」


「えっと、あなたは?」


「血気盛んな若い連中についていけなくなった、ただの年老いた古竜だ」


 えっ……? なんの冗談だ?

 どう見ても20代。童顔だったとしても30代かどうかは怪しいぞ。

 年老いたって……いや、そもそも古竜って言っていたよな。

 まいったな。できれば会わないどころか、目的地に入る前に会ってしまうとは。

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