第210話 使えないのなら真似しましょう

 そういえばそうだった。

 よく考えればわかることだったじゃないか……。


「食べる部位ないじゃん!」


 ミノタウロスの群れを見て、思わず叫んだ俺にエルフたちがギョッとした。

 え、あいつミノタウロス食べるのみたいな顔で驚かないでほしい。


 牛肉だなんて言うのが悪い。プリシラさん、笑っているけどあなたのせい……じゃなかったな。

 そういえば、プリシラさんは異世界での戦闘経験についてしか言及していなかった。

 牛肉と言い始めたのは、やる気まんまんで尻尾をふってるうちの狼だった。


「まあ、食べるかどうかはさておき、好きに倒して見るといい」


「プ、プリシラ様! 大丈夫なんですか!? なんか蛮族みたいなこと言っていましたけど!」


 とんでもない勘違いをされている。

 このままでは、ゆくゆくは現世界差別にまで発展してしまいそうだ。

 そうなる前にまずは目の前の魔獣を倒して、野蛮ではないし役に立つことを証明しておこう。


「【斬撃】! 出ない!」


 小手調べに遠距離から切り刻もうとしたのだが、肝心の【斬撃】が出てこない。

 そういえば、スキル使えないんだった。


「プリシラさん! どうやって戦えばいいんですか!?」


「魔力が放出できるのなら、強化なり、性質を変化させるなり、そのまま放出するなり、色々あるだろう?」


「できるかわからないけど、とりあえずこうか!?」


 魔力で剣や肉体を強化することをイメージする。

 なんとなく、身体能力が上がったような気がするが、これでいいのか……?


「先生! 一匹近づいています!」


 群れとはいえ、ほとんどが狂乱状態ともいえるミノタウロスだ。

 統率した動きなどとれていないので、当然突出してくるやつも現れる。

 それが今回はたまたま俺の近くにきたわけだが、一匹に集中できて運が良いのか、この中で俺が狙われたことが運が悪いのか、微妙なところだ。


「いっけぇ! ……かってぇ!!」


 いつも魔獣を相手にしているときのように、全力で腕を斬り落とそうとする。

 しかし、そこは人間に近い姿の魔獣。向こうも手にしていた斧で応戦してきた。

 金属同士がぶつかる音が響くよりも速く、俺の両手には痺れるような衝撃が走った。


「くそっ、スキルがないとどうしようもないか……」


 これまで俺が探索できたのなんて、全部スキルのおかげだからな。

 それがなくなってしまった以上、魔獣と戦えるはずがなかった。


 よし、ちょっと考えを変えよう。

 がんばればスキルを再現できるって話だったし、魔力を使って戦うのではなく、あくまでもスキルを再現する方向で魔力を使おう。

 イメージとしては、これまで自動で魔力やら肉体を制御してもらっていたが、それを手動に切り替えるような感覚だ。

 大丈夫。俺ならできる。現にハイドラとの戦いは、相手が勘違いする程度にはスキルを模した動きもできていたしな。


「これでどうだ!」


 剣に魔力をまとわせる。このあたりの感覚は魔法剣で慣れているのですんなりできた。

 あとは、魔力をまとったままにするのではなく、剣を振ると同時に飛ばすイメージで!


「あ、いけるかも」


「さっすが先生! 異世界でも最強です!」


 飛んでいった魔力の刃が、ミノタウロスの体を上下に分ける。

 けっこう脆いし、これなら問題なさそうだな。


「魔力でスキルを再現しようとすれば、わりとどうにかなりそうだぞ!」


「適応早くない? えっと……ああ、こんな感じか」


「毎晩魔力吸われていたから、そのあたりの機微は人一倍なのかもしれないわね」


 そんなこと言いながら、大地と夢子だってそれぞれ毒と火の魔法を使えているじゃないか。


「毒は効くね。でも、食べるなら体内に残らないように加減が必要か……」


「燃えるわね。焦がさないように気をつけないと」


「あはははははは! 想像以上に戦えるみたいだね。君たち」


 すでに大地と夢子の中では、これを俺が食すことが確定しているらしい。

 どう倒すかではなく、食べやすい倒し方に気を配り始めてしまった。


「ええ……ば、蛮族じゃないですか。プリシラ様、この方たちなんなんですか」


「まあいいじゃないか。それより、見てないで君たちも戦ったらどうだい?」


「は、はいっ!」


「まあ、それは私にもいえることか」


 プリシラさんが戦闘態勢に入る。

 一瞬で膨大な魔力が体を覆い、それが杖を通して形になっていく。

 魔力から性質が変化したのか、バチバチと音を立てながら雷の塊が杖の先で留まっている。


「半分くらいは削らせてもらおう」


 その言葉とともに、プリシラが杖を向けた先へと雷が拡散される。

 仲間は巻き込まず、見事にミノタウロスだけに命中させたそれは、宣言通りに群れの半数を倒してしまった。


「おや、焦がしてしまった。すまないね。食べるんだったっけ」


 なんかもう誤解は解けそうにない。

 とにかく、今は迫りくるミノタウロスたちを倒すことだけに注力しよう。


「剣術は……いけそう。斬撃はさっきいけた。魔法剣……ああ、問題ないな」


 集中力を高めると、敵の動きがより鮮明に感じ取れるようになった。

 以前と違い、体こそ自動では動かないものの、どう動けばいいかくらいは覚えている。

 魔法剣は元々魔力操作も必要だったためか、なんなら他のスキルよりも簡単に使える。

 じゃあ、あとは魔術系のスキルはどうだろう。


「大隕星」


「さすがに、味方が多いからそれはやめておこうね!」


「大丈夫。どっちにしろ出せなかった」


「なにが大丈夫なのかわからないよ……」


 高度な魔術系のスキルはさすがに厳しいな。

 なら、今できる方法で戦うのみだ。


「シェリル、ちょっと前に出るから後ろ頼む」


「任せてください! 先生の愛犬シェリルです!」


 頼もしい返事を受けて、俺はミノタウロスめがけて走った。

 足に魔力を送り、脚力を高める。

 シェリルほどではないが、まあそこそこの速度は出せるな。


「さあさあ、頂点捕食者シェリルのお通りですよ! 牛肉たちよひれ伏しなさい!」


 もう、これ絶対にミノタウロスを食べる種族だと思われていそうだなあ……。


「戴天界薙! はやっぱ無理か」


 剣や体にあらん限りの魔力を込めて、剣を横薙ぎにした。

 魔力を斬撃として放つイメージも加えたのだが……さすがに、剣術系の上位スキルも再現には至らないようだ。


「な、なんなのあれ!」


「プリシラ様! 本当に、誰を連れてきたんですか!?」


「親愛なる異界の友さ。いやあ、まさかここまで戦えるとはねえ……」


 半端なスキルもどきではあったけれど、ミノタウロスの群れが次々と両断されていく。

 さすがに群れすべてを倒すことは無理だったが、目の前で真っ二つになる仲間を見たためか、ミノタウロスたちは一目散に逃げていった。


「おぉ……やった。原型が残っている」


 倒れたミノタウロスを見ると、ちゃんとそれがミノタウロスだとわかる。

 ダンジョンの魔獣のように、跡形もなくなることもない。

 もしかして、俺加減が上達したんじゃないか?


「……君、力を持て余していたのかい?」


「いえ、現世界ではやりすぎて魔獣が消滅しちゃっていたので」


「……そうかい。なるほど、君は突然変異する側の人間だったわけだね。アリシア様のように」


 女神様と引き合いに出されてしまった。

 だけど、なんとなくわかる。言外に化け物扱いされている感じだ。

 アリシア様……そういえば、突然変異の怪物とかバグキャラみたいな扱いだったよなあ。


「褒め言葉ですよね……?」


「さて、私は神を貶すほどに不信心者ではないさ」


 うん。本音を言うと貶すことになるから喋れないと。

 聞かなかったことにしよう。

 こっちでも変なあだ名をつけられてたまるか。

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