第209話 自然開放のサン・フェルミン
酒場とは言うが、どちらかというとレストランのような場所に案内された。
たしかにメニューに酒類もあるけど、それ以上に料理やデザート類が充実している。
知らない名前もあれば、見知った料理名もあるな。というか米も普通にある。
このあたりも、元日本人である男神様の影響だろうか。
「それで、君たちが尋ねたいことはなにかな?」
そうだった。今は異世界の食事事情の考えは後だ。
「現世界人が異世界の魔力に慣れるための、手っ取り早い手段ってありませんか?」
「ほう……珍しいね。もっと現世界にない物の情報を欲しているかと思ったよ。竜や妖精。魔法に神の情報なんかをね」
それもまあ興味がないと言ったら嘘になる。
だけど今は目の前の問題解決こそ重要だ。
「そっちのサキュバスの娘が原因かな?」
プリシラさんは紫杏をじっと見つめながらそう言った。
……俺たちが現世界からきたというだけでなく、紫杏の種族までわかるのか。
ついていく相手を間違えたか?
そんな俺の緊張が伝わったのか、プリシラさんは笑いながら改めた。
「そうか、こちらの考慮が足りなかった。安心してくれ。サキュバスだからと差別したりしないさ」
「……ちなみに、サキュバスの生態に詳しかったりします?」
「残念ながら魔族のことはわからないね」
「そうですか……」
異世界ではサキュバスだからといって、特段騒ぐようなことではないらしい。
それはいいのだが、残念ながらサキュバスについて知るには、やはり魔族に直接聞くことになりそうだな。
「さて、おおよその見当はついた。その娘のために魔力で体を満たしたいんだな。健気だねえ」
「可能ですかね?」
「まあ、可能だね。こちらで生活していれば、そうだねえ……君の魔力の素質なら、一か月もすればその娘を満足させられるんじゃないかな?」
一か月か……。二年待ったことを考えると、そのくらいなんでもないのだが、残念ながらそれでは間に合わない。
いや、キューブに一か月全力で魔力を補給し続ければ、なんとかなるか?
「不服そうだね。でも、君は魔力の才がとても高い。そんな腹ペコ娘を満足させられるほどの魔力量なんて、君一人で賄えること自体すごいことなんだよ?」
「え……俺って魔術の才能あるんですか?」
「なにをいまさら……散々精霊魔法だの、隕石だの落としているじゃない」
呆れたように夢子が答える。
……たしかに。スキルのおかげでけっこうがんばれているな。
「それでも、少しでも早く異世界の魔力に馴染みたいというのなら、魔力を含んだ食べ物を食べることだね」
「つまり、善を毎晩食べろと」
「ははははは。君にとってはそうなるかもね。だけど、サキュバスでないこの子たちは別さ」
紫杏のセクハラまがいの発言を笑って流してくれた。いい人で助かった。
「わかりやすいのはポーナの実だが、あれは神の果実と呼ばれるもので入手は困難」
聞いたことがない果物らしき名前が出てくる。
当然そんなものは知らないし食べたこともない。入手が難しいのなら現実的な手段ではないな。
「となると、強い魔獣を倒して食べてみるというのが一番の方法かもしれないね」
「魔獣を……食べるんですか?」
「ああ、グランドタスク。ティムール。ターリスク……はさすがに厳しいか」
あれ? 例に挙げてくれた魔獣だが、聞き覚えがあるぞ。
そういえば、【超級】の変わった名前の魔獣は、異世界の言葉という話だったっけ。
つまり、こっちにも生息する。というか、こっちが本家本元ってことになるのか。
「グランドタスクとティムールなら倒すのに慣れているので、場所さえわかればなんとかなりそうです」
「さて……それはどうかな?」
ある程度の自信があったのだが、プリシラさんの様子を見るに事はそう簡単ではないのかもしれない。
「異世界と現世界では種は同じくとも、強さや能力が変わっていることがほとんどだよ。現世界で倒せたからと言って油断はしないほうがいい」
「こっちのほうが強いってことですか……」
「少なくとも、先ほどの三種の魔獣はそうだね」
つまり【超級】の上か。気を引き締めてかからないと、返り討ちにされかねないな。
「それでも、俺には魔力が必要なので、場所を教えてもらえますか?」
「いいだろう。どうしても必要なことみたいだからね。愛されてるねサキュバスの君」
「えへへへ~」
照れながら頭をかく紫杏に癒されつつ、俺はプリシラさんに場所を聞いた。
「これって……」
「生息地だけでもわかるだろ? ルダルとプリズイコスの中間。かの竜王国と獣王国に挟まれながら、どちらの国からも独立した土地。当然そこにいるのは強者ばかりということさ」
できるだけかかわるべきでない国の近場かあ……。
いや、国の中ってわけではないし、悪いことをするわけでもないから、向こうを刺激するってこともないだろう。
「すみません!! プリシラ様はいますか!?」
魔族の国の前の目的地が決まったのだが、それとほぼ同時に鎧を身につけたエルフが店にかけつけた。
焦った様子からは、なにか問題が発生したことが容易に想像できる。
「ここにいるよ。トラブルかい?」
「ミノタウロスのスタンピードです!」
スタンピードって、魔獣の群れの暴走ってことだよな?
ダンジョンから魔獣が出ることがない現世界では、発生しない現象だ。
こっちでは、そういう問題が起きることもあるのか。
「ミノタウロス? おかしいね。森の魔獣じゃないか。いや、今はそんなこと言ってもしかたがないか」
プリシラさんはそう言いながら椅子から立ち上がる。
エルフの女性に道を案内させるかと思ったが、ふと俺と目が合って笑みを浮かべた。
「ついてくるかい? 異世界での魔獣との戦闘経験をつめるよ?」
ふつうの魔獣ではなく、暴走状態の魔獣。いかにも危険そうだ。
それに、慌てていたエルフの女性もきっとけっこう強い。
その人が迷わず救援を求めるほどの相手。
わざわざそんな危険を冒さなくとも、適当な魔獣を狩ればいい。
だけど、ちょっと気になるなあ。
ミノタウロスか。戦ったことないし、強い相手なら俺の魔力も増えそうだし。
「気になるなら戦ってみればいいんじゃない?」
「向こうでは戦ったことがない魔獣だからねえ。まあいいわ。大魔導師の戦い方も近くで見られるし」
大地と夢子がそう言って後押ししてくれた。
そうだな。正直なところ、俺たちが異世界でどのくらい通用するのか気にならないといえば嘘になる。
「牛肉ですね! すき焼きがいいです!」
シェリルなんか、すでに食べることしか考えていなさそうだ。
よし。みんなもやる気のようだし、異世界での初陣といくか。
「プリシラさん。俺たちもついていっていいですか?」
「歓迎しよう。なに、君たちが危険だと感じたら守ってあげようじゃないか」
「余裕です! 相手は草食動物ですからね! 肉食の私の勝ちです!」
「たぶん、相手も肉食だぞ」
根拠のない自信を高らかに叫ぶシェリルに、プリシラさんは楽しそうに笑っていた。
「あの、よろしいのですか?」
「かまわないさ。今言ったとおり、彼らで手に負えなければ私がなんとかしよう」
心配そうな顔を浮かべていたエルフの女性は、結局プリシラさんに根負けした。
そもそも、問答する時間も惜しいのか、仕方がないといった様子で俺たちの同行を許可してくれるのだった。
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