第208話 亜人生1000年時代
周囲に迷惑をかけないよう、注意を払いながらページをめくる。
目ではなく魔力による感知能力のおかげで、歩きながら本を読むことも可能なのだ。
……まあ、行儀は悪いからな。軽く目を通すだけにしておこう。
「わざわざ歩きながら読むほど興味を引く本でも持ってきたの?」
「まあ、一応はそういう類の本だな。ほら」
大地に渡すと大地は耳をピクピクと動かしながら、その本を興味深そうに眺めていた。
「ほらほら、歩きながら読んでいたら迷惑よ。後になさい」
「ごめんごめん」
夢子に叱られ、大地は俺にその本を返した。
氷室くんから預かっていた、【自動書記】の内容が記載される手引書を。
「それで、何をそんなに熱心に読んでいたの?」
「氷室くんから預かった手引書だな」
「ああ、そういえばそんなこと言っていたね。あの子善のファンだからね~」
紫杏の言葉の真偽はともかく、借りた本はたしかに機能していた。
世間での俺たちへの評判が羅列され、悪評だけでなく好意的な意見も多いことがわかる。
俺たちがいなくなったことで、氷鰐探索隊が張り切って現世界の事件を解決してくれているらしい。
現聖教会は変わらず怪我人や病人を治療し、夢幻の織り手は踏破済みのダンジョンの再調査を行ったようだ。
「思っていた以上に情報が載っていて助かるな」
「そうだね。特にダンジョンと魔獣についてはすごい執着心だと思うよ」
「だな。魔獣の情報が雑多に記載されていっている。一つも漏らさずに記載するようにしていたんだろうな」
ただ、これだけでは夢幻の織り手が使用している手引書にはならない。
きっと氷室くんや初期メンバーたちが、情報を得るたびに精査してよりよい手引書を作っていたのだろう。
「まあ、とにかくこれで現世界の情報も得られることはわかったね」
「そうだな。毎日じゃなくていいけど、定期的に確認することにしよう」
そうこう話しているうちに、人通りが多い場所に出た。
歩いている種族もエルフの比率が増えている。
どうやら、ディメンショナルポートからヤニシアの王都へと移ったようだ。
「エルフ。エルフ。エルフがいっぱいです!」
「うん、そうだね。エルフの国だからね。笑われているからちょっと落ち着こうな。シェリル」
悪目立ちしてしまっているが、特に悪意のような感情は感じず、微笑ましいものをみるように笑われる。
エルフたちは、自分たちの国に人間と魔族がいても受け入れてくれているようだ。
本当に種族間の隔たりがないんだな。エルフって大昔の文献では排他的なイメージが描かれていたが、本物は違うってことか。
「おや、これはまた珍しいね」
気を取り直して王都の大図書館へ向かおうと思った矢先、やけに耳どおりのいい声が聞こえた。
声が聞こえたほうを見ると、そこには俺たちよりやや年上の大人の女性が立っている。
耳は長くないのでどうやら人間のようだ。
「現世界からの旅人なんて、あの子たち以来めっきり見なくなっていたからね」
どうやら、この人には俺たちが現世界から来たとわかるようだ。
「あの、それって俺たちのことですよね?」
「ああ、すまない。不審な女に急に話しかけられて困惑させてしまったか」
女性は反省したように髪を指で掻くと、改めて俺たちに向けて口を開いた。
「異世界へようこそ。歓迎するよ。もっとも異世界や国を代表するような立場ではないが」
「それはどうも。あの、現世界から来たって見ただけでわかるんですか?」
それにしては、昨日から周りの人たちに尋ねられることもなかったよな。
案外現世界からきた人間は珍しくもない? いや、さっきこの人も言っていたが、めっきり見なくなっていたと表現するくらいには珍しい存在ではあるはず。
となると、現世界人にあまり興味がないのかもしれない。
「まあ、私には一目でわかるね。異世界とは異なる魔力を感じる。だけど、他の者たちにはそうそうわかるものでなし、気にすることはないよ」
「魔力ですか。もしかして、偉い魔術師だったりします?」
少なくとも他よりも魔力の感知能力は長けているということらしい。
であれば、ちょうど今調べようとしている異世界の魔力への順応方法について、なにか教えてもらえないだろうか。
「私はただの大魔導師さ」
「ただのってわりには、すごい肩書なんですけど……」
自称大魔導師のお姉さんと話を進めていると、周囲のエルフたちが徐々にこちらの会話に注目し始めた。
「現世界人? アキト様と同じ?」
「あれ、プリシラじゃない?」
「プリシラが判断したってことは、本当に現世界からの来訪者ということか」
注目を浴びている。
どことなく、普段の学校の教室を思い出すな。
「騒がしくなってきた。すまないね。なんせ異世界からの来訪者なうえ、君は人間で男だ。こちらでは、めでたい存在なんだよ」
「それって、やっぱり男神様が理由ですか?」
「ああ……よしっ、これで問題ない」
俺の疑問に答えること並行して、大魔導師さんは手に持っていた杖を軽く回した。
するとざわめきがすぐに収まり、俺たちのことなど興味がないかのように、エルフの人だかりはめいめい去っていった。
「人払い……の魔術ですか?」
そうなのか。どおりで急に周りの人たちの意識が切り替わったわけだ。
大地が尋ねると、大魔導師さんは首を横に振る。
「認識の阻害さ。私たちを認識できないようにした。それと、魔術でなく魔法だね。現世界人って不思議なことに必ずそこを間違える」
面白そうに笑う大魔導師さん。
そういえば、魔術と魔法って微妙に違うんだっけ。
そして現世界では魔術が主流なので、そういった勘違いは度々起こっていたのだろう。
「ふむ、興味がありそうだね」
「ええ、どうやらあなたは魔術、魔法、魔力に詳しそうだ。僕たちは、ちょうどそれを調べようと大図書館に向かうところだったんです」
「これもなにかの縁か。しがない大魔導師でよければ、ちょっとお話してみるかい?」
「ええ、ぜひお願いします」
珍しいことに、大地は俺たちに確認をとるでもなく話を進めてしまった。
魔術師同士、なにか気になることでもあったのかもしれない。もっとも向こうは大魔導師らしいが。
「それではついてきたまえ。立ち話もなんだ」
そう言うと、大魔導師さんは先導するように歩き出した。
「ごめん。勝手に決めてしまった」
「別にいいけど、あの人になにか気になることでもあったのか? すごい魔術師だとか」
「さっき、僕らを見ていたエルフたちの一人が口にした名前あったでしょ?」
そういえば、聞き慣れない単語が一つあったな。
「なんだっけ、たしか……プリシラ? とか言っていたような」
「それ、たしか男神様が異世界にきた時代から生きている大魔導師の名前だよ」
「まじで……?」
「まじだね」
男神様が人間だったころって……もうはるか昔のことだぞ。
でも、あの人って人間だよな? エルフではない。もっとも特徴的な耳が人間のそれだ。
もしかして、人間だけど魔法で不老とかなのか?
それほどのすごい魔術師なら、なるほど大魔導師と言っても何一つ遜色はない。
「どうかしたかい? もう少し先に行きつけの酒場がある。会話ならそっちのほうがしやすいと思うよ」
「あ、はい。すぐ行きます」
不思議そうに振り返るプリシラさんに追いつくように、俺たちは小走りでついていった。
どうやら、この人から話を聞いたほうが、大図書館以上に収穫がありそうだ。
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