第205話 血色の証明

 長いうえに退屈な説明回なので、本日は2話投稿します。

 もう1話は17時に投稿予定です。

 なお、明日の投稿でシェリルにもわかるまとめをしますので、読むのが面倒でしたら飛ばしてもらって大丈夫です。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あなたたちがクレアが話していた子ね。初めまして私はゾーイ。聖銀の杭の一員で、異世界で活動しているチームのリーダーよ」


「はじめまして。ニトテキアのリーダーの烏丸善です」


 俺に続いて、みんながゾーイさんに名前とともに挨拶をする。

 よし、シェリルもちゃんとできている。偉い。あとで撫でてやろう。


「本当に一緒についていかなくていいの? 異世界ってけっこう危険なところよ?」


「それについては、自分たちで探索したいので」


「なるほどね~。クレアが言っていたとおり、本当に今の時代には珍しい古いタイプの探索者なのね」


 なんかその言葉よく言われるよなあ。

 夢幻の織り手のメンバーにも、攻略本を活用できない旧世代みたいな扱い受けていたし。


「ああ、勘違いしないでほしいんだけど、悪口じゃないからね?」


「あれ、そうなんですか?」


「世界と世界がつながったとき、それはもう未知の世界への憧れや探求心に満ちた人たちばかりだったみたいでね。今みたいに職業と割り切った探索者は少なかったのよ」


 ああ、そういうことか。

 たしかに、探索者という名前ではあるけど、知らない世界への挑戦という感じで探索者をやっている人って少ないからな。

 職業と割り切っている場合もかなり多い。もちろん、それが悪いこととは思わないが。


「まあ、異世界までわざわざくるってことは、私たちも君たちも、きっとバカなんでしょうね」


「なんですとおっ!?」


 自嘲気味に笑ったゾーイさんだったが、シェリルが真っ先に反応した。

 しかし、ゾーイさんはそんなシェリルを見てさらに笑うのだった。


「あははは、ごめんごめん。これもけなしているつもりはなかったの。いい意味でバカってことにしておいてもらえる?」


「いい意味? いい意味のバカ? はっ! つまり、たまに大地が私に言っていたのも、誉め言葉?」


「そんなわけないでしょ。馬鹿」


「ぐるるるるる……」


 唸るシェリルを見て、ゾーイさんは楽しそうにしている。

 なんか、この人少しデュトワさんに似ているかもしれないな。


「さて、脱線しちゃってごめんね。そんなニトテキアには、いくつかここのことを教えておくわね」


 おっと、本題に入るからには真剣に聞かないと。

 大地は真面目な顔つきに戻っているし、シェリルは紫杏がなだめてくれている、準備は万端だ。


「そうねえ。まずはあなたたちのパーティ名にも関係する、主要な国についてかしら」


 俺たちのパーティ名といえば、ニトテキア。

 そういえば、元々大地が昔の魔族の国の名前と教えてくれたんだっけ。

 今思うと、あれは大地が魔族だから知ることができた情報だったんだろうな。


「やっぱり有名なのは五大国ね」


「五大国って、たしか男神様が異世界に迷い込んだときに、特に関わりが強かった国でしたっけ?」


「そうそう、よく勉強しているわね。人王国ツェルール。獣王国プリズイコス。竜王国ルダル。鍛冶国ドルーレ。自然国ヤニシア。これらの国は長い歴史を経た今でも繁栄している大国よ」


 ここもヤニシアの領土らしいからな。

 それにしても、どの国も相当古いにもかかわらず、いまだに国名すら変わらず繁栄しているなんて、異世界にとって男神様の影響って本当に大きいんだな。


「本当なら、ここに魔族の国ニトテキアも名前が入るはずだったんだけどね……」


「それって、やっぱり魔王の件ですか?」


 ニトテキアは過去の名前だ。今では魔族の国は名前を変えて栄えている。

 その原因となる事件。それも、今回俺たちが知りたいことに関係するのかもしれない。


「ええ……淫魔戦争。異世界が滅亡しかけた事件ね」


「当時の魔族の国の女王が、異世界を征服しようとした。たしか女王就任の時に国名も変えたと聞いています」


 大地の言葉に少し安堵した。

 そうだよな。さすがに、淫魔の女王が統べていた国名を、俺たちのパーティ名として提案しないよな。


「ニトテキアからアルテキアに、そして今はロラテメスという名前で繁栄しているわね」


「なんか、最初の二つの名前って似ていますね」


「一応意味があるみたいだからね。ニトは魔族の言葉で暗闇を、テキアは大樹を意味するの。つまり元々は暗闇の大樹を意味していた名前だったんでしょうね」


 つまり、俺たちのパーティもそのまんまの意味というわけだ。

 よかった。変な意味の名前じゃなくて。


「テキアの部分が共通するということは、魔族の国には大きな樹でもあるんですかね?」


「あった。と言ったほうがいいわね」


 過去形だ。つまり、今はもうないということになる。


「魔族の国には、魔力を蓄えていた大きな樹があったらしいの。ありがたい御神木みたいなものだけど、有事の際には兵器にも使えたし、飢餓の対策にも使えたみたいね」


 魔力を貯蓄しておける樹か。

 国を賄えるほどとなると、その大きさもうかがい知れるというもの。

 そんなありがたい樹が、今の魔族の国の名前からは消えている。


「アルは血に濡れたとか、そういう意味ね。だから、淫魔の女王は自分の代で国名を血染めの大樹へと変更したの」


「げえっ……趣味悪いですね~」


「そ、そうかしら……」


 舌を出すシェリルに、夢子が反応した。

 そうか。吸血鬼の夢子にとっては、アルテキアって名前のほうが魅力的かもしれないな。

 でも、淫魔の女王というくらいだから、命名した本人は吸血鬼じゃなくてサキュバスだよな?


「どうして淫魔の女王はそんな名前をつけたんでしょうね?」


「吸血鬼たちに媚びを売ったとかかもね」


「う……たしかに、ちょっと嬉しいわね」


 大地の軽口に夢子がわずかに揺らいだ。

 そうか、吸血鬼的には嬉しいことなのか。


「当時の魔族たちも、その程度の認識だったみたい。そして、他国の者は言葉の意味をそもそも理解していなかった」


「その言い方だと、なにか別の理由があるみたいですね」


「……本当の理由は、淫魔戦争で淫魔の女王が敗北したときの保険だったみたいね」


 保険? 国の名前を変えることにも、なにか意味があったということか?


「淫魔の女王は、滅ぼされる直前に大樹の魔力を根こそぎ奪い去ったの。奪った魔力で消滅から免れ、奪った魔力と自身の魂を戦場から離脱させた。その魔術式の影響か、あるいは魔力が枯渇した影響か、アルテキアの大樹は血で染まったような色へと変化したみたいよ」


 淫魔の女王の結末はわかっていない。

 消滅した、逃げた、あるいは封印されたなんて言われている。

 でも、この話を聞く限りではその後の淫魔の女王の消息は誰にもわかっていないみたいだな。


「淫魔の女王は、国名に大樹の結末を名付けることで、大樹の魔力を奪う術式を強固なものにしたと言われているわ」


「そんなことできるんですか……」


「淫魔の女王の力は、ある意味では神の力に近いわ。人々の信仰心により神々の力はより強大なものとなる。淫魔の女王も、世間からの認識を利用した力を使うの」


 神と同等とはずいぶんと大きな話になってきた。

 だけど、異世界が崩壊寸前まで追い詰められたことを考えると、そこまで大げさな話でもなさそうだ。


「知らず知らずのうちに、異世界の住人たちは魔族の国の名前を呼んでいた。血染めの大樹という名前を。そして、魔族の国の大樹はその影響で、どんどんその呼び名の末路を辿るように組み替えられていった」


 それが本当なら、ややこしくも恐ろしい力な気がする。

 世界中の人たちの認識が影響する力。

 少なくとも俺には使いこなせないだろうけど、使いこなせればそれこそ世界に影響するような力なんだろう。


「淫魔の女王の名前知っているかしら?」


「いえ……」


 そういえば知らない。

 世界間の交流を制限する原因になったので、淫魔戦争という事件の名前は知っている。

 淫魔の女王を倒した英雄たちの名前も知っている。

 だけど、淫魔の女王の名前だけは、噂すら聞いたことがない。


「淫魔の女王は逃げるときに、大樹の魔力を使って世界中の人々から自身の名前を忘れさせたの。そのせいで淫魔の女王の姿も名前も、もう誰も思い出せない」


「????」


 あ、シェリルがパンクした。


「たぶん、みんなが忘れたから消滅寸前でも逃げきれたし、みんながあの樹は血で染まるって言い続けたから、本当に血で染まったみたいに枯れちゃったんだよ」


「なるほど! 全部わかりました!」


 若干怪しいが、必要になったらそのときにまた教えてあげよう……。

 しかし俺自身もそこまで理解できているわけではない。

 名前と言霊を利用して、自分の都合のいいように存在を歪めるような力ってことだろうか?


「でも、そうなると……淫魔の女王が世界を滅亡させようとしていたってことだけ覚えていると、どんどん淫魔の女王が強くなりそうですね」


「そこが問題なのよねえ……じゃあ、みんなで忘れましょうと言っても、そうそう簡単に忘れられることでもないわ」


 まあ、そうなるよな。

 一度根付いた考えを忘れるなんて、それこそ今わの際に淫魔の女王が自身の名前を忘れさせたように、無理やり魔力で忘却でもさせないと無理だ。

 淫魔の女王と敵対して、強すぎると思った時点で本当にそうなる可能性だってある。

 そう考えると、淫魔の女王を倒した英雄たちって、本当にすごかったんだなあ……。

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