第200話 現世界的監視社会

「首一本斬るのにたいそうな苦労が必要なようだな!」


 なんとか一撃で斬れたはいいが、たしかにこいつの言うとおりだ。

 他の魔獣の姿が生えてくるようになってからは、何度も斬りつけてようやく首を斬れるほどには硬い。

 ここまでスキルを使わないと一太刀で一本とはいかない。


「貴様がいくら首を落とそうと、私はいくらでも再生できる!」


 また生えてくる。

 翼の生えた獅子のような魔獣は、まだ探索していないダンジョンにいるんだろうな。


「【乾坤一刀】【範囲拡張】【剣刃乱舞】」


 赤木さんに言われていたスキルに、火力増強のスキルを加えて試してみる。

 ハイドラの首から生えた魔獣の種類は様々なので、その中でも斬撃や物理攻撃への耐性が低い首ならば斬り落とせる。

 だけど、さすがに命中したすべての首を斬るには至らない。

 通常のハイドラなら、この攻撃ですべての首を斬り落とすこともできたのかもしれないが、さすがにこれで終わるとは思っていない。


「かははははっ! 焦るがいい! 魔力が尽きてから、なぶり殺してくれる!」


 というか、やっぱわりとアホだな。この蛇。

 さっきまで俺たちをすぐに倒して、逃げていった大地たちも倒すって言っていたじゃないか。

 もしかして、もう忘れたのか?

 まあ、いい。そうして見下してくれているのなら、ますます俺の勝利は揺るがないのだから。


「そらっ、攻撃に夢中になって防御がおろそかだぞ!」


 知っている。

 さすがに、攻撃に集中しないと今のこいつの首を斬ることはできないからな。

 だけど、迫りくる攻撃に焦ることはしないし、防御も回避もするつもりはない。

 そんなことをしている暇があったら、一本でも多く首を落とすことに専念する。


「ちぃっ! 結界か! だがそれも魔力が尽きるまでは時間の問題だ!」


 俺のことは紫杏が結界で守ってくれる。

 攻撃を弾かれたハイドラは、ムキになったかのように苛烈な攻撃を仕掛けてくる。

 【超級】の魔獣たちの連携攻撃のようなものだ。

 普通ならひとたまりもないけれど、俺の紫杏の結界を甘く見るな。


「【精霊魔法:水】【範囲拡張】【魔法複製】【天神閃光槍】」


「ぐっ! 貴様、また! そうか! 完全に攻撃と防御の役割を分担すれば、私を倒せると思っているらしいな!」


 隙あらばとかいうレベルではない。

 俺一人に集中砲火するハイドラは、結界かあるいは再生に頼っているためか、こちらの反撃のことなんか考えていない。

 そのため、常にそこら中が隙だらけという状況だ。

 なら、とにかく首を落とし続けるしかない。


「無駄だということがわからないのか! 貴様が首を斬り落とすよりも、私が首を再生するほうが明らかに速いだろうが!」


 その通り。

 俺たちが首を十本斬る間に、向こうは十五本は再生できる。

 このままでは、手数か範囲を増やさない限りは倒しきるなんて永遠に無理だろうな。


    ◇


「うっわ、すご~。怪獣同士の戦いじゃん。ってかなんでこの人こんなにスキル使えるの? な~んか、ずるしてない?」


 ユニークスキル……ではないよね?

 それにしてはスキルの種類が多すぎる。ということはあれって全部職業スキル?

 はあ……ずるいなあ。こっちはハズレユニークスキルをつかんで、探索の道なんて早々に閉ざされたのに。

 なんかムカつく。ずるでしょ、あんなの。


「はあ? 嫉妬じゃないし~。だってあんなのどう見てもおかしいじゃん。なんか悪いことしてるって絶対」


 スキルね~。そういえば、今戦ってるハイドラも誰かを食べて力を奪ってるんだよね。

 あれ……なんか似たような事件とか噂ってなかったっけ。


「えっ? ほうほう。あったね~そんな事件」


 ああ、そうだ。あったあった。視聴者の一人が面白い考察してくれたね~。

 せっかくだから、盛り上がるように煽っちゃおう。


「なるほど~。たしかに、魔力消失事件って回復後も一部はスキルが使えない~なんて騒いでいたよね? たしかに、視聴者さんが言うとおり、この烏丸くんが魔力ごとスキルを奪っているのかもしれないね~?」


 あははは。騒いでる騒いでる。

 本当か嘘かなんてどうでもいいけど、せいぜい盛り上がってくれると嬉しいな~。

 さあ、ハイドラ相手にどう戦うのか、せいぜいみんなに見せてよね。烏丸さ~ん。


 って冷たっ!! な、なに!? 空調壊れた?


「な、なによこれ!」


 急に凍てつく空気が流れたかと思ったら、私の首から下が一瞬で氷に包まれた。

 さっむ! なに!? 体が凍るとか、どう考えてもやばい状況なのに、動けないのと寒いの以外は問題なさそう?

 まるで傷つけないように、最小限の危害が加えられているかのような……。


「今すぐに配信を停止しろ」


 誰にも見つからないはずの私の部屋。

 そこに低い男の声が聞こえてきた。こいつ……氷鰐探索隊のデュトワじゃん!


「ちょ、ちょっとなんで!」


「動かないほうがいいわよ。あと、これを見ているやつらも下手な疑いを向けられたくないなら、今すぐに視聴をやめることね」


 串田? いや、一条に轟、春日も。

 氷鰐のメンバーだけじゃない。現聖教会。それに、夢幻の織り手。

 誤魔化す……のは無理そうね。今も私のスキルでニトテキア、というか烏丸と北原を配信しちゃってる。


「元探索者、三輪みわ真理子まりこ。あなたの身柄は管理局へと引き渡します」


「絶対に……ばれようがなかったのに……」


 そうだ。私の配信を勝手に拡散してる馬鹿たちとは違う。

 だって、私は自分自身のスキルで、魔力を介して、直接映像を配信していた。

 だから、配信元の情報をたどろうとしても、私にたどり着くことなんか不可能だったはず。


「そう。そうよ。だって、私が見つかるはずないもの! こんなの、いんちきよ!」


「たしかに、普通に調査していては、あなたにたどり着くことはなかったでしょうね」


 一条のやつが面倒そうにそう言った。

 ふざけないで。人がこれから収監されるというときに、そんなにも興味がないというの?


「あなたは、おそらくスキルを介して映像を取得し、魔力を通して直接配信を行っていた。たしかに、大した技術を持っているようです」


「そ、それならどうして」


「配信時の魔力も隠蔽して、最小限の痕跡しか残していませんでしたね。ほとんど気がつかない程度の魔力でした」


「じゃあ、見つかるわけないじゃない!!」


 一条の口から出てくるのは、私が見つからないためにしていた工作のことばかり。

 それがわかっているのなら、私にたどり着くのなんて到底できないということもわかるでしょ!?


「その最小限の痕跡を追ってきた。それだけのことだ」


「はあっ!? コロニースライムのこと知ってるわよ。あんたたち、日々減っていくダンジョンの魔力にさえ気づけなかったじゃない!」


 轟の言葉に思わず噛みつくと、一条のやつが少し眉をひそめた。いい気味ね。


「だいたい、配信の魔力なんて微々たるもの。普段空中に漂ってる魔力との違いなんて比べられるはずないじゃない」


「比較したんですよ。節穴である私の目でも、通常時の魔力と配信時の魔力を見比べれば、違いくらいはわかります」


 どうやって……。そんなの、そこら中の場所で通常時の魔力でも観測しないかぎり不可能よ。

 ダンジョンのように魔力量が多く、閉鎖空間でもないのにそんな正確な魔力を観測できるはずが……。


「地道に捜査したんだよ。そこの氷室くんのスキルでな」


 氷室……。夢幻の織り手のリーダー。

 【超級】探索パーティに早々に昇格したし、そこのリーダーではある。

 だけど、こいつ自身は平凡な探索者で、せいぜいが【超級】の魔獣たちさえ倒せないような凡人。

 ユニークスキルだって、【自動書記】なんていう探索にはなんの役にも立たない……。


「【自動書記】……?」


「ああ、やっぱり氷室くんのスキルも知っているのか。盗み見して」


「なら、わかりますね? 氷室さんには広範囲の魔力をすべて観測していただきました。そこからは、その情報をもとに魔力の差異を調査し、あなたの元へとたどり着きました」


 く、くだらないスキルのくせに……。

 私のスキルのように、探索にも使えない役立たずのスキルのくせに!!

 思えばこいつが一番嫌いだった!!

 無能なスキルのくせに、探索者になれるなんて夢見て、馬鹿みたいに何度も挑んで……そのくせ成功して!!


「くそおおおっっ!!!!」


 無駄だとわかりながらも、体を拘束する氷から抜け出そうと抵抗する。

 すると、予想外のできごとが起こった。

 火事場の馬鹿力ってやつなのか、なんと氷から抜け出せそうなのだ。

 馬鹿め。油断して、魔術の制御が甘かったみたいね。


「お前さえいなければ!!」


 拘束を抜け出したところで、これだけの【超級】探索者に囲まれている。

 どうせ逃げ切ることなんて不可能だ。

 だったら、一番ムカつくやつに仕返ししてやる。

 お前さえいなければ、私は今も馬鹿な探索者どもを餌に、馬鹿な視聴者どもから金を巻き上げられたんだ。


「氷室くん!」


 氷室の仲間の女の悲鳴が心地よい。ざまあみろ。一矢報いてや……る?

 探索者を目指したときの名残。部屋に置いていた短剣を手にとった瞬間に、私では反応不可能な速度で攻撃された。


「ぐあああああっ!!」


 突如襲いかかる痛みに、わけもわからず叫ぶ。

 痛い……痛い。痛い痛い。痛みだ。久方ぶりに感じる痛み……。

 そう。こんなの馬鹿馬鹿しいから、だから私はダンジョンなんか行きたくなくって……。


「ああ、拘束が甘かったようね。だけど、怪我人が出ることもなくこうして取り押さえることもできたし、許してちょうだい?」


「拘束が甘かったなら仕方ねえな」


「ああ、幸い結果は変わらなかった。ならば、問題はないだろう」


「あなたたち……まあ、いいでしょう」


 白々しい芝居をする氷鰐探索隊の連中、本気で呆れつつも最後は仲間たちを許した一条。

 こいつら……! わざと私に抵抗させて、ぶん殴る口実を作ったのか!


「これだから……探索者なんて嫌いなのよ」

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