第201話 ある努力の頂の景色

「偉そうなことを言っておきながら、この程度とは拍子抜けだな」


 ハイドラはすでに勝ち誇っている。

 こちらが紫杏と協力をして、幾度首を斬ろうとも、すべて再生してきた。

 互いに消耗を待つだけの持久戦も、向こうに分があると判断しているのだろう。


「乾坤一刀、範囲拡張、剣刃乱舞」


「ふぅ……またそれか」


 俺の攻撃に紫杏の魔力があわさり、結界を無視して攻撃を行う。

 ハイドラはいくつもの首が落とされるが、もはや気にもとめていない。

 攻撃に抗うよりも、その再生力に頼ったほうがいいからな。

 あっさりと切り落とされた首からは、すでに次の魔獣が生えてきた。


「先程から剣で斬るばかり、どうやら大掛かりな魔術も使えなくなったようだな?」


 やっぱりムカつくな。ファントムの見た目でニヤニヤ笑われると、中身が違うとわかっていても腹が立つ。


「それに気づいていないようだが、その剣術さえも鈍ってきている。斬れ味も範囲も陰りが見えているぞ」


 そうか。じゃあもう少し必要そうだな。

 たしかに、さっきの攻撃では斬り落とせた首の数が減っていたし、こいつの言う通りではあるんだろうさ。

 もうちょっとがんばらないと。


「それにしても」


 何本かの魔獣が突撃してくる。

 が、紫杏の結界は相変わらず俺をしっかりと守ってくれるのだから、頼もしいことこの上ない。


「やはり、そちらの女の結界は邪魔だな」


 む、紫杏を攻撃しようとしているな?

 そんなこと俺が許すはずないだろう。


「乾坤一刀、範囲拡張、剣刃乱舞」


 とりあえず紫杏に向かった首はすべて斬り落とせた。

 別に放っておいたところで、紫杏に通用するとは思えないが、俺の気分がよくないので攻撃しておいた。

 そして、紫杏の機嫌がとてもよくなっているので、意味はあったと思うことにしよう。


「馬鹿の一つ覚えのように鬱陶しい!!」


 そんなことはないぞ。

 ちゃんと五本ほど増えていた。次は何本増えるかな。

 逃げ場なく全方位から襲ってくる首を眺め、どの首を斬るべきか瞬時に見極める。

 斬ったところで勢いが死ぬわけじゃないからな。

 そのまま切断された首がこちらに飛んでくると面倒そうだ。


「乾坤一刀、範囲拡張、剣刃乱舞」


「まだまだ!」


 げっ、首を斬られてもおかまいなしに、やたらめったに突っ込んできやがった。

 しまった……。間に合わない。


「剣刃乱舞」


「な、なんだと!?」


 さすがにバレたか?

 ハイドラは驚愕の表情とともに、俺から離れてしまった。


「貴様……威力が上がるスキルと、範囲を広げるスキル、それに手数を増やすスキルを使用していたはずではないのか」


「当たってるぞ。【乾坤一刀】は剣技の威力が上がるし、【範囲拡張】は魔力を使う技範囲を広げることができる。そして【剣刃乱舞】は剣技の攻撃回数を増やせるスキルだ」


「ならばなぜ! 威力を上昇させるスキルも範囲を増やすスキルも間に合わなかったというのに、私の首をこれまでと同じく斬り落とせたというのだ!!」


 まあ、ここまでこれたなら大丈夫か。

 今さら気づかれたところで、すでにどうすることもできない。


「さっきも、その前も、ずっと前から使ってないからな。スキル」


「な、なんだと……」


「温存したいから、使うのやめたんだよ」


「馬鹿な……ならば、貴様は今の今まで肉体の力だけで、私と戦っていたというのか……」


 そういうことになる。

 首を一度にすべて落とすのであれば、大掛かりなスキルの組み合わせが必要になるだろう。

 であれば、魔力を温存できるならしたほうがいい。


「斬れ味と範囲が落ちていると言っていたけど、スキルを使っていないんだからしょうがないだろ」


「ありえん……【超級】探索者といえど、力を得た私の首を剣一振りで斬り落とすなど、そんなことができるものか!」


 ムキになって再びその多頭をこちらに向けて伸ばしてきた。

 なので、一本一本しっかりと斬り落とす。

 もうスキルを使っているふりは必要ないので、わざわざスキル名は口にしない。


「ま、まさか本当に……」


 さあ、これでまた余裕ができた。


「なぜだ! スキルで攻撃に特化して、それでようやく私の首を落としていたはずだ! なぜ、そんな力がある!」


「お前は俺たちとの相性が最悪だったってことだよ」


 攻撃を待つこともない。

 ハイドラに接近して剣を振ることで、さらにいくらかの首を落とした。


 さあ、これでさらにやりやすくなったぞ。


「ま、まさか……魔力が増えている? いや、肉体の力までもが……」


 ついに気づかれてしまった。

 まあ、いつかは気づくと思っていた。

 こいつだって、捕食するたびに強くなるし、敵を倒すことで強くなるという相手くらい想像して然るべきだろう。

 ……それにしては、意外とバレるまでに時間がかかったけどな。


「お前の首。斬り離すごとに死んでいるな」


「な、なにを。それがどうしたというのだ。いくら死のうが、私は再生できる!」


「だけど、ちゃんと魔獣を討伐したって判定なんだよ。まあ、何が言いたいのかというと、首を倒すごとに経験値が入手できるんだ」


 それこそが、大地に伝えた情報で、俺が勝利を確信した理由だ。


「しかも、他のハイドラを食い続けたからか、ファントムを食ったからか、一度に得られる経験値が異様に多い」


「私を餌にした……というのか」


 人聞きが悪いが、まあそういうことで概ね正しい。

 斬り続ければその分レベルが上がる。レベルが上がったらより斬りやすくなる。


「人間ごときの成長が、無限に続くものか!」


「いや、無限かもしれないぞ。成長していないように見えても、案外前に進んでいるものさ」


 食うだけで気軽に強くなれるからって、人間の歩みをなめんな。


 首が生える。首を落とす。

 首が襲いかかる。首を斬り落とす。


「なっ、ま、まだ成長するというのか!? ありえん! このような成長速度、人間ごときが!!」


「俺はレベルが上がりやすいんだ。それに【ウォーリアマスタリーLv5】ってスキルと、【マジックマスタリーLv5】ってスキルがあってな」


 レベルが上がるごとに、ステータスの上昇量を倍加させるスキル。

 それにより、俺は身体能力も魔力もレベルアップのたびに飛躍的に上昇する。


「要するに、成長速度も伸びしろも他より高いと思ってくれていい」


 ほら、すでにスキルがなくとも、最初に【乾坤一刀】と【範囲拡張】と【剣刃乱舞】を使用したくらいの攻撃ができるようになっているぞ。


「ま、まだ強くなる……そんな、私の捕食よりも、強くなれる能力だと……」


 だから相性が悪いんだよ。

 俺はお前のおかげでどんどん強くなる。お前は生き延びるたびに俺の成長の糧を生やし続けないといけない。

 一度強くなってしまえば、あとはただ首を斬り続ける単純作業だ。

 そして、残念ながら俺はその単純作業が好きだ。


 ここまで強くなった今、結界を力づくで破壊しながら首を斬り落とすことだって可能だ。

 首を斬る。経験値が流れ込む。レベルが上がる。より多くの首を斬ることができるようになる。

 さあ、どこまで耐えきれるのか見せてみろ。


「ば、化け物……」


 怯えたな。知能が高いためか、こんな反応も見せるのか。

 なら、もはやお前は俺の敵ではない。

 そろそろレベルも上がってきたことだし、仕留めさせてもらおう。


「【剣術:超級覚醒】【風気祭宴】【太刀筋倍加】【乾坤一刀】【範囲拡張】【剣刃乱舞】」


「あ、あぁ……そんな……ことが」


「【戴天界薙】!」


 攻撃速度も手数も上げる。そのうえで乱舞技によりさらに幾重もの攻撃を放つ。

 一撃一撃は広範囲かつ必殺。なんせ、世界を薙ぐなんて仰々しい名前のスキルだからな。

 温存しながら、地道にレベルを上げた甲斐があった。

 逃げることもできず、防ぐことなどなおできない。

 頼みの綱の再生も、すべての頭を失っては機能することはない。

 

 それを悟ったのだろう。

 ハイドラは、迫りくる自らの死を前に何もできずに呆然とするだけだった。


「よし、終わり。色々と予定が狂ったけど、一応赤木さんのアドバイスどおりにできたな」


 まったく、ハイドラが強くなっていたのはともかく、あの乱入者たちは本当に予定外だった。

 本来なら、夢子に強化してもらったシェリルにもいくつかの首を担当してもらうはずだった。

 大地の毒で弱らせれば、再生速度だってもっと抑えられた。

 みんなでやればもっと早く終わったんだ。


「せっかくみんなと戦い方を打ち合わせしたのになあ……」


「大丈夫。次はみんなで戦えるよ」


 ふてくされたような俺の背に抱きつき、紫杏はそう言いながら頭をなでてくれた。

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