第198話 色とりどりのお花畑

「紫杏。あれ、中和できるか?」


「もち!」


 見たことがないワームに攻撃をしかける。

 その身を守るように結界が発生する。しかし関係ない。

 俺の攻撃と結界が衝突する瞬間、ハイドラが構築した結界は霧散した。


 自身を守る手段がなくなった首をなんとか斬り落とす。

 結界がなくとも斬撃に特化させなければ刃すら通らない硬質な鱗は、どう見ても【超級】クラスの魔獣だ。

 見たところ、それぞれの首から生えた魔獣も最低でも【上級】、見覚えがないものは【超級】と思ったほうがいいだろう。


「人間。その力、分不相応にもほどがあるぞ」


 自慢の首を落とされたのが不快だったのか、ファントムの上半身が生えた首が俺に悪態をつく。

 たしかに脅威だ。首の一本一本が並みの探索者では太刀打ちできない。そのうえいまだに倒し方が思い当たらない。

 こうやって首を数本落とす程度であれば、紫杏に狙いの首の結界を中和してもらえる。

 ファントムを倒したときに白戸さんがやってみせたように。


 だけど、さすがの紫杏も首すべてを守る数々の結界を同時に対処することはできない。

 持久戦で相手の魔力が切れればと思ったが、残念ながら終わりが訪れるのはこちらが先らしい。


「大地。夢子。もう魔力足りないだろ。休んでいてくれ」


「ごめん……足手まといになりそうだ」


「さっきのチャンスで全滅させられなかったのが悔しいわね……」


 あれだけの広範囲でしっかりとすべての首を殺しきったからな。

 いくら自動で魔力が回復するにしても、供給量が足りていないんだろう。


 だけど、なにも悪いことばかりではない。

 わかったことがいくつかある。


「結界だけなら、紫杏がこっちの攻撃にあわせて効力を弱めてくれる」


「任せて!」


「それともう一つ、さっき首を斬り落としたことで確信したことがある」


 だからこそ、ようやくこいつを討伐する手段を思いついた。

 勝ちの目は見えた。あとは、そこまでの道を進むだけ。


「シェリルクロー・セカンド!」


「くくっ……風の魔力はどうした? 貴様もすでに息切れのようだな」


「はあ!? 余裕なんですけど! 私に一発も攻撃を当てられていないくせに、大物ぶるのやめてくれます!?」


「貴様の相手をする必要はない。ほうっておいたところで、私の脅威ですらないからな」


 こいつ、この姿になってから知能が上がってるのか?

 蛇のときはシェリルと子供のような口喧嘩をしていたというのに、いまではシェリルを完全に放置している。

 そして、それはあまりよくない。シェリルと俺で攻撃を防いで、大地と夢子に回復してもらうのも難しくなる。


 失敗したな。俺がキューブに貯めていた魔力をレベルアップに使っていなければ、二人の魔力も回復できたのに。

 こんなことならば、ハイドラダンジョンの前にレベル上げをしてから挑むべきだったか。

 いや、その場合こいつもっと強くなっていた可能性もあるから、今戦えてよかったと思っておこう。


「お~、いたいた」


 は?


「うわ~、ほんとにいろんな魔獣が生えてるよ」


 ここにくるまでに他の探索者なんかいなかった。

 このダンジョンにいるのは、俺たちとこのハイドラだけのはず。

 にもかかわらず、どこまでも能天気な声が聞こえてきた……。


    ◇


「くそっ! やっぱりパクって垂れ流すだけじゃだめだ!」


「適当に動画流すだけで稼げるはずだったのに、なんでこいつばっかり儲けられるのよ」


「ダンジョンの動画なら、一般人どもが見るはずだろ」


「真似してるやつが多すぎんだよ。どこも同じ動画ばかりで、俺たちの配信なんか誰も見てない」


「だから、もっと早く始めようって言ったじゃない! 夢幻の織り手なんかで、いつまでも探索なんかやってるから乗り遅れるのよ!」


「なら……俺たちが直接ダンジョンに入って、配信すればいいんじゃないか?」


「【中級】の? たしかに、他と違う動画にはなるけど、相手はニトテキアとなんかすごそうな魔獣よ? 私たちの配信なんか興味もたないんじゃない?」


「なら、俺たちもあの魔獣のところにいけばいいじゃん」


「ああ、そっか。どうせニトテキアがいるから守ってもらえるね」


「ていうか、私たちだってそれなりの探索者だし、ニトテキアより先にあれ倒せるんじゃない?」


「でも、【超級】だし勝手に入れないだろ。場所は……この配信のおかげで大まかにはわかるけど」


「じゃあ、二手に分かれようよ。何人かで受付に押し寄せてダンジョンに入れろ~! って騒ぐの。その間にもう一組がこっそりと入ればいいじゃん」


「休憩所に人がいたら無理だけど、まあ行くだけ行ってみるか」


「配信で儲けたらちゃんと山分けだからね」


    ◇


 何人かは見覚えがある。こいつら、夢幻の織り手にいた探索者じゃないか?

 どうしてこんなところに……いや、そもそも【超級】の実力はないはず。

 夢幻の織り手はたしかに【超級】に昇格したけど、氷室くんの話では【超級】ダンジョンに入る許可があるのは、あくまでも何人かの古参メンバーだけって話だぞ。

 まさか、無理やり受付さんを説得でもして入ってきたのか? 自分たちだって【超級】パーティの一員だから、権利はあるはずとか。


「ほらほら~、すごそうな魔獣ですよ~。ハイドラっていうらしいですね~。うちだけのオリジナルの配信ですよ~」


「もっと近くで撮ろうぜ。そうすれば、あっちの配信に負けないだろ」


 なにを……しているんだ?

 映像を映している? 配信? まさか、ダンジョンの様子を外に向けて?


「矮小な人間どもが、また増えたか」


「うわ~、まじで人が生えてんじゃん。しかもちゃんと喋ってる」


「不愉快だ」


 なんでそんなに危機感ないの!?

 まるで観光地にきているかのように、ハイドラ相手に撮影をして盛り上がっている。

 当のハイドラもうっとうしいと思ったのか、今にも攻撃しようと乱入した探索者たちに首を向けた。


「危ねっ!!」


 首をもたげ、首の先から生えた魔獣の上半身を思い切り突撃させようとしていた。

 ゴーレムの巨体があのスピードでぶつかったら、きっとあの探索者たちではひとたまりもない。

 なんとか反応が間に合ったので、【斬撃】を飛ばして首の根本を斬り落とすと、探索者たちはようやく攻撃されかけていたことに気がついたようだ。


「あれ? 今やばかった? いや~、先輩ありがとうございま~す」


「やばいってわかったなら、すぐに帰還しろって!」


 あと、へらへらすんな。

 もしかして、まだ死にかけたことに気づいていないんじゃないだろうな。


「いやあ、俺たちも仕事でやってるんですって~。そう邪見にしないでくださいよ」


 仕事? まさか、管理局からの依頼か?

 ということは、こいつらもしかして今回の変異種に対抗できるスキルでも持っているのか?

 ステータスや身のこなし、魔力も特には突出していないように見える。

 だけど、そんなの俺だって同じだからな。きっとスキルが優秀なタイプなんだろう。


「じゃあ、撮影してるんで邪魔しないでくださいね~」


「私を見世物にしているということか? 不敬極まりないぞ。人間ども!!」


 ハイドラの攻撃が探索者の一人に迫る。

 大丈夫なんだよな? あれだけ余裕そうだし、なんか対抗手段とかあるんだよな?

 おい、そのままじゃ攻撃されるぞ……。


「だから、危ねえって!」


 もうハイドラの首を斬り落とすほどの攻撃は間に合わない。

 それにいくら紫杏でも、このタイミングで結界の効果を弱めることはできないだろう。

 それでも、せめて軌道をそらそうと首に向かって【斬撃】を飛ばす。

 土属性にしたので、切れ味は悪いもののハイドラの巨大な首を多少揺らすことはできた。


「うぎゃああああ!!!! いってええええ!!!!」


 悲鳴が上がる。

 先ほどまでへらへらしていた男の軽薄そうな顔は、今や痛みと恐怖と困惑が混ざった表情へと変わっていた。

 ティムールの上半身が、男の肩から先を食いちぎっていたためだ。


 いや……本当に、なんの危機感もなかったというだけなのか?

 回避や防御や回復手段があるからこその、あのいい加減な態度だったわけじゃなかったのか……。


「え……な、なんで?」


「相手は【超級】の特殊個体なのよ! 当たり前でしょ!」


「な、なにしにきたんですか、こいつら!! 邪魔です! 帰ってください!!」


「お、おい! 話が違うぞ! 俺たちって優秀な探索者だったんじゃないのか!?」


「やばいって、もう逃げようよ!」


「帰還の結晶なんて持ってないわよ! うぎゃっ!!」


 仲間もか?

 たまたま油断していたとかじゃなくて、本当に普通の【中級】探索者としての実力しかないのにここにきたのか?

 しかたがない……。ちょっと予定を変更するか。


「大地、夢子、シェリル……しかたないから、そいつらを入口まで連れて帰ってやってくれ」


「……自業自得じゃない? 善や紫杏が、こいつらのためにハイドラを相手にする必要ないと思うんだけど」


「大丈夫。俺たちは勝つから」


 俺はさっき気がついたハイドラの情報を大地に伝えた。

 大地は少し驚いた表情をしながら、それでもしぶしぶと納得してくれたみたいだ。


「いてえ……いてえよ……」


「た、助けて……」


 まあ、わりと重症だからな。

 最低限の回復しかしていないし、早めに治癒師のところに連れて行った方が安全ではある。


「僕たちは、こんなやつらのためじゃなくて、善と紫杏と一緒に戦いたかったんだけどね」


 それはこっちもそうだ。

 まったく、面倒なことになってしまったもんだ……。

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