第197話 研究成果の引継ぎ
「許さんぞ小僧!」
さすがに首を斬られたら、その怒りの矛先は俺へと向くようだ。
ハイドラはシェリルや大地から俺へと狙いを変えて、一斉に噛みつこうとした。
「どうせ生えてくるんだからいいだろ! 頭の一本や二本や十二本くらい!」
一斉にといっても同時ではない。
迫ってくる頭一つずつに剣をぶつけることで、ハイドラの攻撃をしのぐことはできる。
だけど、さすがに硬いな。スキルも使用せずに剣を振っただけでは、首を落とすどころかダメージも与えられないか。
「小癪な……くっ!」
思うようにいかないハイドラが、忌々しそうに俺を睨んでいるところに熱線が横薙ぎにされる。
夢子の魔術か。根本からハイドラの首を次々に切り落としてくれるが、さすがにすべてを斬り落とすには至らない。
「蝙蝠がぁっ!!」
今度は夢子だけを狙い、鎌首をもたげてから襲いかかる。
せっかく頭がたくさんあるのに、怒りに任せて一人しか狙われないな。
その攻撃も紫杏の結界がすべて防いでくれるし、やはり今ならそこまで脅威ではない。
「くっ! 忌々しい魔力壁め!」
「いえ~い」
余裕そうな紫杏のピースサインに、ハイドラは悔しそうに息を漏らした。
「このままではらちがあかぬか」
それはこちらも同意見だ。
向こうの攻撃は俺とシェリルなら対処できる。集中で攻撃されると、大地と夢子はさすがに厳しいが紫杏の結界を抜くことはできない。
だけど、こちらの攻撃も通用しないわけではないが、再生速度の速さと首の多さに攻めあぐねている。
魔力が切れるのを待つか、あるいは広範囲を一気に攻撃するべきか……。
一気に倒したほうがよさそうだな。
「シェリル戻っておいで」
「はい!!」
「紫杏一応みんなを結界で守って」
「はい!」
シェリルの真似して、はきはきと返事しないでいいから。
ともかく、これで間違ってもみんなを巻き込むことはないだろう。
「大地は弱体化、夢子は魔力貸してくれ」
「了解」
二人ともすぐに指示通りに動いてくれる。
毒で弱体化したハイドラに、夢子の魔力も借りて大技を決めてやるとしよう。
「【範囲拡張】【魔法複製】【大隕星】」
竜相手には効かなかった隕石のスキル。それを強化したら巨大な隕石を落とすスキルへと変化した。
ただし、無数に降り注いでいた以前と違い、こっちは一つの巨岩を落とすだけだ。
なので、攻撃の範囲を広げつつ、魔法を複製して以前のように大量の隕石を落としてやる。
「なっ!? 人間風情がそのような力を扱うだと!?」
ハイドラがなにか言っていたが、降り注ぐ隕石の数々はその言葉ごとハイドラの首を押しつぶしていった。
「さすが先生! 災害の化身です!」
もはや褒めてないよなそれ。
まあ、シェリルにとっては人知を超えた力みたいな褒め言葉なのかもしれないけれど。
なら、あれで倒しきれていないこの魔獣も、災害みたいなものってことかもしれないな……。
「まだ倒せていない! 大地! 夢子! とどめ頼む!」
「任せて!」
準備してくれていたのか、二人の広範囲の魔法攻撃がハイドラの巨体を飲み込む。
それと同時に紫杏が俺の周囲を結界で保護してくれた。
炎と毒。瀕死の状態のハイドラの首が、一本また一本と息絶えていく。
「き……きさ、まっ……」
ひしゃげた頭が恨めしそうに声を絞り出す。
周囲にはすでに生命活動を停止した無数の首が倒れ伏しており、重症なのは間違いない。
時間との勝負だ。大地が全力で毒魔術を使い、ハイドラの再生力を極限まで弱めている。
夢子が魔力を惜しみなく使い、巨体の先から伸びるすべての首を一気に焼き尽くそうとしている。
俺は俺で、とにかく一本でも多くの首を斬り落とそうと剣を振るう。
普段は囮役のシェリルでさえ、今は攻撃に注力している。
あと少し。首の数はもう数えるほどしか残っていない。
だけど、それがまずかったのか。追い詰めることで力を得てしまったのか。
「ちっ! 間に合わないか!」
夢子の炎を、シェリルの爪を、俺の剣を防ぐ魔力の壁がハイドラの首を守った。
覚えがある。ファントムを相手にしたときに、紫杏でさえ苦戦した能力。
【結界術】だ。
こちらの攻撃の手が緩んだことを感じたのか、ハイドラの首が再び動きだす。
まるでトカゲの尻尾のようだ。
なんせ死んでしまった首を自ら切り離し、そこから新たな首を再生し始めたのだから。
「首を残したまま倒しても駄目か……」
動いていた首を斬り落としたが、周囲の首はすでに復活している。
普通のハイドラだったら、ここまでの再生力はないかもしれない。耐久力もないかもしれない。
知ったところでどうしようもないが、情報くらいはほしかったな。
このダンジョンに生息するハイドラが食い尽くされた結果、そんなところにも支障がでるとは。
もしかして、赤木さんくらいしか討伐できないんじゃないか? こいつ。
「うぎゃあ! 虫!」
シェリルが首の一本を見上げて悲鳴をあげた。
シェリルほどではないが、俺もみんなも驚いている。
なんせ、斬り落とした首から生えてきたのは、蛇のようなこれまでの頭ではなく、黒いワームの姿だったのだから。
◇
「コロサスワーム!? なんで、あんなものが生えてきてるんだ!」
「一条さん。聞いたことがありませんけど、コロサスワームって強いんですか?」
相談があると尋ねてきたのは、夢幻の織り手の一部のメンバーたちでした。
ここ最近で、目まぐるしく内部の変化が起こっているパーティですが、ダンジョンを違法に配信している者の調査という耳を疑うような相談をされて久しぶりに頭が痛くなりそうな思いでした。
さらに最悪なことに、その配信者の流している映像を拡散している者たちまで現れ、すでに様々な動画サイトで誰もが視聴できるような状況に……。
……あ、頭が痛むどころか胃に穴が開きそうですね。
「ええと……【超級】ダンジョンに出現するワーム種の魔獣ですね」
「……あの、それ僕たちに教えてもよかったんですか?」
「もう色々と手遅れでしょうから。今さら数人が正式名称を知ったところで」
上位の魔獣やダンジョンの情報の秘匿どころではない。
一般人にダンジョンの内部が、魔獣の姿が、探索者たちの戦闘する姿が公開されてしまっている。
うるさい団体の目に入れば、ダンジョンは危険なので取り壊せだの、探索なんて命を落とすだけだからやめさせろだの、無責任な主張がされることは想像に難くありません。
壊せるなら壊してみろって話です。探索をやめたら魔獣が溢れかえるなんて想像もできないのでしょうか。
……いえ、まだ想像だけの話に悪態をついてもしかたがありません。
「とにかく、大本をなんとかすべきでしょうね。拡散してる者たちを相手取っても埒があきません」
「それよりも、なんなんだあのハイドラは? 再生した首が次々と別の魔獣の姿になっているぞ」
配信を見つめていたデュトワの言葉に、再び画面の中のニトテキアの様子を見る。
すると、たしかに潰れたハイドラの首からは、ワームだけではなく多種多様な魔獣たちが生えていた。
その中で特に目を引く異質な存在。それは、まるで蛇の下半身に人間の上半身が生えていたような魔獣……魔族でした。
「ファントム……?」
◇
「またお前かよ……」
「くくっ、知識は完全になじんだ。貴様らの顔にも納得がいくぞ。どうやら、この女はずいぶんと好き放題していたようだな」
あれ、違うのか?
斬ったハイドラの首からは様々な魔獣が生えてきた。
そのうちの一本から、かつて戦ったファントムの肉体が生えてきたことで、どうせまたこいつのしわざだなと思ったのだが……。
なんか意識はハイドラのままっぽいな?
もしかして、本当に食われて消滅したのか? そして、知識や力をハイドラが完全に吸収したということか。
やったぜ。ざまあみろ。散々迷惑かけやがって。
「だが、この肉体のおかげで、私は獲物を貪るだけの知恵なき魔獣ではなくなった」
「食った魔獣の力を得るって話だったからな。ファントムの力は掌握したってことか」
そんなもの食って腹壊しても知らないぞ。
ろくなやつじゃないんだ。そいつは本当に。
「それにしては、ずいぶんとバラエティ豊かな首だけどね」
「そうですよ! あのババアはともかく、虫が生えてくるのはおかしいじゃないですか!」
「なにもおかしなことはない。あらゆる魔獣を合成させ、自らの肉体とする。それこそがこの女の望んだことだったのだからな」
つまり、今まで作ってきた人工魔獣とか、下手したら通常の魔獣まであわせた、いいとこどりの肉体を作ろうとしていたってことか?
それをハイドラが捕食したことで、ファントムの知能と能力。そして、様々な魔獣の力まで扱えるようになったと。
思えば、コロニースライムが他の魔獣の姿や能力を模していたのも、その実験の一環だったのかもしれないな。
いや、あのときよりはましになっているはずだ。
なんせ、俺たちはあのときより強くなっているし、魔獣はともかく探索者の姿にはならないはずだから。
「とにかく、また全部潰さないとだめそうだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます