第195話 外界への接続拡大中

「お帰り~。怒られた? やっぱり、私も行けばよかったかな? 一緒に謝りに行く?」


 なんか……三枝があれ以来過保護な気がする。

 大丈夫と落ち着かせれば、いつも通りの三枝に戻るけど。


「ええと……まずは、みんないる?」


「はい。座ったままでいいから耳だけ貸すようにな~。リーダーのお話だぞ~」


 倉崎さんの言葉に、みんな素直に耳を貸す。

 ……文句を言うような仲間は、もう全員僕たちを見限って辞めてしまった。

 肥大化した夢幻の織り手は今や縮小し続けているものの、いまだそれなりの人数が残っている。


 夢幻の織り手には、三種類の探索者がいた。

 一つ目は僕や発足当初のメンバーで、僕が当初掲げていた志をまだ信じてくれている人たち。

 自分たちが、上位の探索者に追い付けると信じて前に進む者たちだ。


 二つ目は手引書を頼りに集まってきた者たち。

 僕の手引書を活用し、最小限の努力で効率よく探索者として活動することを割り切っている。


 そして三つ目が、そんな成功者たちの噂を聞いて集まった者たち。

 最小限の努力すら必要ない攻略法があると思わせてしまった新人探索者だ。

 この三つ目の探索者たちは、僕を見限って夢幻の織り手から全員去ってしまった。


 彼らは、きっと今ごろ別の道に進んでいるんだろうなあ……。

 そんな哀愁を感じつつも、神崎さんから依頼された内容を仲間たちに話していく。


「ということで、僕たちでその配信者について調査をしていこうと思う」


「と言っても、普通の動画サイトとかではないんですよね? なんか会員制とかで」


 そうなんだよなあ。

 さすがに、そこまでの非常識な相手ではないらしく、一般では視聴できないように、つまり見つかりにくいようにしている。

 まあ、無断でダンジョン内の配信なんかしている時点で、非常識ではあるか。


「まあ、そんな配信があったら、今ごろもっと大騒ぎですよ……ね……」


 メンバーの一人が、端末を操作し、適当に有名な動画サイトを開くとそのまま固まった。

 そして、すぐに僕に向かってその端末を見せてくる。


「……これ。神崎さんのところで見た動画だ」


 馬鹿な。こんな誰でも見ることができる場所になんで。

 投稿者は……例の配信者の名前ではない。

 しかも、こいつ今まさに配信中と表示されているが、タイトルはニトテキア!?


「ごめん。ちょっと借りる」


「は、はい」


『さあ、いよいよ始まりました。ニトテキアのハイドラダンジョン攻略~!』


「なにしているんだ!」


 その声は、やはり先日神崎さんに見せてもらった配信動画と同じものだった。


「ひ、氷室くん! すごい騒ぎになってるよ!?」


 三枝が、慌てた様子で俺に見せてきたのは掲示板。

 普段のように、ある程度の住み分けができた落ち着いた様子ではない。

 ものすごい勢いで書き込みと、新たな掲示板の作成が行われている。


「氷室さん……そこら中のサイトで配信が流れています……」


「は?」


 次々と流れていく映像は、たしかにすべて先輩たちの探索のリアルタイムの様子だった。

 それも、配信元が異なっている?

 大本は同じはずだ。すべて、例の女性の声によって実況されている。

 だけど、各動画サイトによって配信しているのは、この女性じゃない。


「拡散されている……?」


「な、なんなんですか。これは! 氷室くん! すぐに管理局に知らせないと!」


 甘く見ていた。

 なるべく一般大衆の目に触れず、知る人ぞ知る裏の配信のようなものだったので、ここまで馬鹿な真似はしないと思っていた。

 だけど、もっと馬鹿なやつらがあの配信を利用するだなんて、想像していなかった……。


 先輩に連絡を……だめだ、連絡がつかない。探索中だからか?

 皮肉なことに、僕からの連絡にまったく気づかない先輩の様子は、様々な配信動画で確認することができた。


    ◇


 大きな湖の周辺を歩き続ける。

 幸いなことに、ダンジョンがあまりにも広大なため、足元を濡らしながらというわけではない。

 ハイドラは相当に巨体なんだろう。そんなハイドラたちが生息するダンジョンなので、他よりも広いんだろうな。

 竜がそうだった。洞窟のようなダンジョンは、竜が自在に飛び回れるほどに広い造りとなっていた。


「おかしいな……」


 それにしてもおかしい。

 巨体な魔獣は生成するための魔力が膨大なためか、ダンジョン内にあまり数がいない。

 だけど、ここまで歩き続けて、いまだに一匹もハイドラを見かけないというのは、さすがに異常だと思う。


「もう遭遇してもいいころなんだけどね」


「匂いはしません!」


「そもそも、匂いわかっているの?」


「わかってません!」


 まあ、シェリルならハイドラの匂いを知らずとも、なにかおかしな匂いがあったらわかるだろう。

 シェリルの鼻も、大地の耳も、夢子の目も、俺と紫杏の魔力感知も、ここらには魔獣がいないと示している。


「もうちょっと奥に行ってみる?」


 きっと周辺の魔力を探ってくれたのだろう。珍しく、紫杏からそんな提案が出た。


「討伐依頼だからな。まずは見つけないことには話にならない。思い切って奥まで行ってみよう」


「まあ、なにかあったら帰還すればいいし。周囲の警戒だけは怠らないようにすれば、それもいいかもね」


「まったく! 私たちに恐れをなしたんですね! 所詮はにょろにょろです!」


 だといいのだけど……。

 俺には、一つの懸念が思い浮かんでしまっていた。


「もしも……例のハイドラが、他のハイドラを捕食しているとしたら」


「……ダンジョンも、大型の魔獣を産み出すには相応の時間と魔力を必要とするからね。片っ端から捕食しているなら、こんなふうに魔獣なんかどこにもいないダンジョンになるかもしれない」


 大地は俺の考えを補足してくれた。

 やっぱりそうなるよなあ。目的のハイドラ以外に遭遇しないのはいいけど、そいつらを食べて強くなっているなら問題だ。

 というか、できればぶっつけ本番ではなく、普通のハイドラ相手にどういう戦法が有効かを確認しておきたかったんだけどなあ。


「もしかしたら、竜よりも強いかもしれないわね」


「紫杏。ハイドラを発見次第、結界を全開にしておいてくれるか?」


「りょうかい!」


 時間が経つほど強くなるのならば、今回で討伐をしたい。

 だけど、無理をして命を落とすのは論外だからな。最悪の場合撤退することも視野に入れておこう。


    ◇


「ずいぶんと綺麗な風景だね~。しかも魔獣なんか一匹もいない! これは、もしや管理局が危険だなんて言いながら、この場所を独占しているのかもしれないね~」


 まあ、そんなわけないけど。

 適当に興味がわきそうな発言をしておくのは大事。

 現に管理局アンチ、探索者アンチがコメントで盛大に盛り上がっている。


「んん? ハイドラが他のハイドラを食べてるの? 魔獣同士で殺し合ってくれるなら、ますます探索者なんていらなくな~い?」


 嘘です。探索者あっての私の配信。

 これからも一般人には公開せずに、ダンジョンという場所は私の配信以外で見られないようにしてくださいね~。

 私の配信を、あろうことか一般の動画サイトで配信している馬鹿たちもいるけれど、やっぱりオリジナルである私の視聴とお布施が一番だ。

 だから、この小物たちは見逃してあげるとしよう。

 まあ、こいつらが捕まろうが私には関係ないもんね。

 あ……また一つ配信中にアカウントが削除されてる。一般サイトで配信なんかするからだよ。残念だったね。

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