第194話 画面越しだから作り物のように見える

「どうも~、こんにちは~。今日もダンジョンの風景配信やっていきま~す」


 定型の挨拶を終えて、視聴者がそこそこに集まるまでに準備を行う。

 スキルと配信用のデバイスをリンクさせ、いつでも配信できるようにする。

 ユニークスキルとリンクができるうえに、魔力を利用して直接広大な電脳の海へと動画を配信できる優れものだ。

 ……特注品なので、かなり値が張ったけれど、それもすぐに元が取れるから先行投資ってやつだと納得しておく。


 ダンジョンの内部を配信なんて、禁止されているからね。

 特殊な手段かつ魔力反応も極小にしておかないと、すぐに足がついてこわ~い管理局の人たちがきてしまう。

 そのリスクを極限まで減らすくらいの知恵はあるんだ。私は。


 さあ、今日はどのダンジョンの様子を配信しよう。

 私のように戦闘には不向きなユニークスキルのせいで、探索者を目指すことすらできなかった者たちが次々と集まってくる。

 だからといって、彼ら彼女らが見たことがない適当なダンジョン内の風景を配信しても、視聴数にはつながらない。


 この前は夢幻の織り手が、次々と【中級】ダンジョンのボスを倒すところを配信した。

 【中級】になりたての探索者が危なげなくボスを撃破する姿は、あれはあれで評判はいいけど、毎回そればかりというのもねえ。

 となると、やっぱりニトテキアかな?

 なんか派手なスキルを多用するリーダーもいることだし、映えるよね。


「それじゃあ、人も集まったところだし、今日はみんな大好きニトテキアの探索風景を配信しちゃいま~す」


 コメントを見る限り、期待している声はやっぱり多い。いいよね、ニトテキア。お金になるし助かります。

 アンチも多いけど、ひどいのはブロックするだけ。適度に盛り上げてくれるなら、それはそれでかまわないよ。


「ちょっと、ニトテキア探すから待っててね~」


 スキルを使用して、ダンジョンの中を確認する。

 私のユニークスキルである【遠見】は、動かずとも遠くの場所を見ることができるというものだった。

 残念ながら、魔力が過剰なダンジョン内以外は見ることができない。そしてなによりも戦闘系のスキルではなかったので、すぐに探索者は諦めた。

 でも、こうしてダンジョンの内部を配信することで、私はそこらの探索者より儲けている成功者だからいいんだ。


 なによりも、危険なダンジョンの内部をこうして安全な場所から楽しめるからね。

 わざわざ危険な思いをしている探索者様たちはご愁傷さま!


「はいはい。盗撮盗撮。見にきてる君たちも同罪だから~」


 無許可で、ダンジョン内部の様子を配信することで、正義感溢れたコメントを投稿する輩が一定数出てくる。

 本当に馬鹿だね。目立たずひっそりとやっているこの配信を見に来ている時点で、あんたは正義感を振りかざしながらも違法な視聴をしたかったってことじゃない。

 まあ、適当にあしらってやるまでだ。ちゃんと、足はつかないようにしているから、管理局も私に接触してこないしね~。


「お、いたいた。みんな喜べ~。探索者すら、ほとんど見ることができない【超級】ダンジョンの探索風景の配信だぞ~」


 賞賛のコメント。そして応援という名の金銭の支援。

 いやあ、スキルは上手に使うべきだね~。

 それじゃあ、私もせいぜい【超級】探索者様の探索を楽しませてもらおうかな。


    ◇


「なんですか。これ……ひどすぎる」


「ええ。探索を行わない者ばかりでなく、探索者さえも隠れて視聴しているようなので、実に頭が痛い問題なんです……」


 管理局に呼び出され、うちのメンバーへの苦情が届いたものかと思い、頭を下げる準備をしていた。

 しかし、神崎さんから見せられたのは、頭の痛くなる内容を配信している配信者だった。

 ダンジョンの様子を無断で配信? しかも、探索中の様子を?

 スキルを、戦い方を、勝手に覗き見されていた?


 ……こんなこと言う権利はないのかもしれないけれど、はっきりと言って不愉快だ。

 たしかに、僕は他の探索者とは違う。なにもすべてを自分で体験する必要はないと考えている。

 だからこそ、スキルを使用して僕の得た知識のすべてを夢幻の織り手のメンバーに共有している。

 だけど、それをこんな大衆娯楽と一緒にされたくはない。


 もちろん、神崎さんは僕たちが同じ穴の狢だと言っているわけじゃない。

 となると、僕が呼び出された理由は、この件の解決を依頼されるということか。


「僕たち夢幻の織り手で、この件を解決してほしいということですか」


「可能であれば……ですが。受けていただけますか?」


 ダンジョンや探索に直接関係する依頼ではない。

 だけど、今の僕たちにはちょうどいいのかもしれない。

 僕たちは、しばらくはダンジョンから離れたほうがよさそうだからね。


「受けます」


 そして、僕たちや先輩たちの努力を誰かが覗き見している。

 必死に魔獣と戦い、ダンジョンを調べている間も、笑いながら遠くで見ている。

 そんなことは許さない。そんな状態じゃ、探索に集中できない。


「ありがとうございます。調べごとは、氷鰐探索隊の一条さんが得意なので、行き詰ったら彼に相談してみてください」


 一条さんか……。

 たしかに、この手の調査はあの人の得意分野のはず。

 それなのに、なぜわざわざ僕に依頼したんだろう。

 ……もしかして夢幻の織り手も関係している?


「もしかして……うちのメンバーも視聴者ということですか?」


「……以前、夢幻の織り手のメンバーが、この配信に協力して探索していたことが発覚しました」


 ……どうやら、僕はとことんリーダーに向いていなかったらしい。

 メンバーの素行の教育なんて考えてもいなかったのだから、そのツケが回ってきたとしても自業自得か……。

 でも、これはさすがにないだろう……。

 こんな誰が見ても違法な配信に、わざわざ協力している者がいたなんて……。


「ちなみに、誰が協力していたかはわかっているんでしょうか……」


「はい」


 名前を聞いて複雑な気持ちになる。

 その探索者は、先日うちをやめてしまったうちの一人だ。

 あの後、今度は協力者としてでなく、自らが配信者として探索風景を配信したことで、すぐに管理局に捕らえられたらしい。


「幸い、そちらは世間の目に触れる前に解決しました。ですが、元夢幻の織り手のメンバーの中には、まだこの配信の協力者がいるようなのです」


 管理局も、僕たちの被害が最小限になるために動いてくれたのだろう。

 しかし、まだまだ元夢幻の織り手が何かしでかす可能性が高い。

 せめて、この大本の配信者をとらえることで、馬鹿な行動をしでかす連中の抑止にということのようだ。


「うちの者がすみません……」


「……あまり思いつめないようにしてくださいね。今は所属していない者たちなのですから」


 あとは気になることといえば……。


「この配信。どこまでを配信しているんですか?」


「見えるもの全てです」


「全て……」


 ということは、成功体験だけでなく、失敗もということだ……。


「魔獣に怪我させられる姿も……不運にも命を落とすところもですか……」


「それもあって、人気があるということのようですね……」


 どこまでも非常識なことだ。

 誰かが死ぬ瞬間さえも娯楽。あるいは金儲けの道具か。

 まだ、一部の者しか知らないからいいものの、このことが大衆に知られたら、厄介なことになるかもしれない……。


    ◇


 はあ~? うざっ。

 配信も好評のうちに終了。次はどんな配信をしようかと考えつつ、同業たちの動画を適当に流し見していたら、私の配信をそのまま流しているやつらを見つけた。

 人の努力の成果を横からかすめ取ろうとか、何様のつもりなんだか。

 大体こんな誰でも見ることができる場所に、私の配信を勝手に転載するとかふざけんなっつーの。


「どうせ、目先の儲けに目がくらんだ馬鹿だと思うんだけどさ~。すぐに捕まるだろうね。この馬鹿たちは」


 まあ、それまでの辛抱だ。

 むしろ、今まで私の配信を知らなかった人たちが、私の配信までたどり着くことで視聴者が増えるかもね~。

 さあ、そんなことよりも、また近いうちにニトテキアの様子を配信しないと。

 一昨年に一気に飛躍した探索パーティだし、いろんな事件に巻き込まれては解決したからね。評判が特にいいんだ。


 え~と……なになに。ハイドラ?

 ほほう。これまた派手そうで画面映えしそうな魔獣だねえ。

 ニトテキア様、探索者様には、頭が上がりませんわ。


「次の配信では、ニトテキアが【超級】ダンジョンの○○○○討伐にチャレンジするぞ~。みんな~応援してあげようね~」


 スキルか技術か知らないけど、きっと私の配信とほぼ同時に転載しているやつらも配信を流し始めるだろう。

 だけど、オリジナルは私だ。その気になれば、その映像をいつでも切断できるのも私。

 せいぜい、分をわきまえながらハイエナのように、次回も私の作った映像を垂れ流すがいいさ。

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