第193話 あなたに首ったけ
肩にぽんっと手を置かれる。
振り向くと、そこにはやけに楽しそうな大地の顔があった。
「がんばろうね殲滅王」
「うるさいな!」
大地もなんか恥ずかしい呼び名を広めてやろうか。
その計画は、また今度考えるとして今はハイドラだ。
「倒すなら早い方がいいよな。そして情報はあったほうがいい」
「え~……あの女に聞きにいくんですか~……」
気乗りしなさそうなシェリルの声。
だけど、俺だって負けていないぞ。
いつもの赤木さんならともかく、謹慎中ってことはまたなんかしたってことだ。
つまり、変態度の高いほうの赤木さんなので、相手をしたくない。
「大地ならうまく聞き出せるんじゃないか?」
今のあの人は、きっとショタに飢えているだろうしな。
「僕、拷問って好きじゃないんだけど」
なんか斜め上な発想を聞いてしまった。
すでに、大地は赤木さんとの対話というものを諦めてしまっているらしい。
しかたない。友人に知人を拷問させるわけにもいかないし、ここは腹をくくってみんなで会いに行くか。
……なんで、ダンジョンに行く前に、こんな決意を固めないといけないんだろう。
「みんなで行こうか」
「それがいいと思うよ。僕一人だと手元が狂いそうだし」
「狂ってるのはあの人のほうだけどね」
狂ってるまではいってないはずだ……きっと、たぶん。
◇
「さすがは少年だ! 愛が不足してきた私に差し入れというわけだね!」
「違うので座ってください。大地に殺されます」
「君がかい?」
「あなたが」
大地が俺を毒殺するはずないだろ。
だけど、あなたの場合可能性はゼロではないんだ。むしろわりと高めなんだ。
だから座れ赤木。
「謹慎理由は大体わかりました。聞きたくありません。ハイドラのことを教えてください」
「だんだんと私に冷たくなってきているね。これも成長か……」
どの目線からの発言なんだこれは。
それでも反省しないあたりが、赤木さんが赤木さんたる所以だが。
「それで、ハイドラについてだったね」
「ええ、神崎さんが赤木さんならハイドラを倒せると言っていたので、情報を聞いておきたくて」
「それは珍しい。いつもなら、自分たちの目で耳で確かめてから、攻略方法を編み出しているというのに」
そりゃ、時間があるのなら俺たちもそうやって進めたい。
未知の相手にどのように対処するか。その経験は積めるだけ積んでおきたいからな。異世界に向けて。
でも、今回はそんな悠長なことを言っている余裕がないのだ。
「凶暴な個体が、周囲のハイドラを捕食している可能性があるそうです」
「……ふむ、それは由々しき事態だね。ならば私が知っているやつらの特性を伝えておこう」
俺の言葉を聞いて、赤木さんは先ほどからがらりと雰囲気を変えた。
……ようやく、真面目モードの赤木さんに変わってくれたので一安心だ。
「まず、ハイドラはすべての頭を倒さない限りは何度でも再生する」
その辺は大体予想通りの特性ともいえる。
ハイドラといえば、伝承にあるとおりいくらでも再生する複数の首が最大の特徴だからな。
「そして、再生するまでの速度は個体によるが……早ければほぼ一瞬だな」
「ということは、同時にすべての頭を倒すくらいのスピードを意識するべきですか」
「それが一番確実だね。な~に、少年なら可能だとも。【剣刃乱舞】と【範囲拡張】は習得済だろ?」
たしかに、その二つのスキルは覚えている。
【太刀筋倍化】と違って常に発動しないかわりに、手数がさらに増える【剣刃乱舞】。
名前のとおり、魔術の攻撃範囲を増加させる【範囲拡張】。
だけど……【範囲拡張】は関係なくないか? 赤木さんのことだから、剣術で倒す話だよな。
「【剣刃乱舞】はともかく、【範囲拡張】がどう関係するんですか?」
「む、勉強不足だぞ少年。【範囲拡張】はたしかに剣には効果がない。だが、魔力を帯びた剣も効果の範疇だよ」
知らなかった……。てっきり、魔術にしか使えないものかと思っていたが、そうか魔力を剣にまとわせればいいのか。
このスキルは魔術系の職業のレベルアップで習得したので、どうも剣術に応用するという考えはなかった。
「まあ、それでもあいつらの首の広げ方次第では、一度にすべてを斬り落とすのは難しいかもしれないね。だから、ちゃんと誘導してやることさ」
「まとまって斬れそうになったときに、一気に斬ればいい……ということですね」
「うむ、健闘を祈る。ちなみに攻撃方法は想像しているかもしれないが、その長い首を活かした突撃や、口から吐く属性魔術だね」
このへんは竜と同じようなものか……。
竜より手数というか首数が多いので、攻撃が苛烈なものになりそうなことは注意が必要だな。
せめて、竜よりも威力が低いとかで、強さのバランスをとっていてほしいものだ。
「ああそれと」
倒し方。攻撃手段。これらの他にもまだ情報を提供してくれるらしい。
本当に、まともなときはまともで頼りになるんだよなあ……。
「食われないように気をつけたまえ」
激励? まあ、心配してくれているということだろう。
「ええ、食われる前に逃げるか倒します」
「ああ、そういうつもりじゃなくてだな……以前、ハイドラに捕食された不運な探索者を目撃したが、その首は捕食した探索者の力を得ていた」
それってつまり、かつて戦ったあのコロニースライムたちのような能力ということか?
だとしたら、ずいぶんと厄介な相手かもしれない。
「……つまり、俺が食われたら剣術と魔術を使うようになり、大地が食われたら毒を使うようになるということですか?」
「おそらく……だけどね。幸いなことに能力は十全に使いこなせてはいないようで、暴れられる前に首は切断してしまったのだが、なんだか嫌な予感がしていたのはたしかさ」
戦った相手ではなく、捕食した相手のみが対象か。
であれば、コロニースライムよりも条件は厳しいということで、少なくともあの時のように赤木さん相手に戦うとかにはならないみたいだな。
「食べた相手の力を使いこなせていないということは、コロニースライムみたいに、魔力が足りなくて使いこなせないということですか?」
「どうだろうね……ハイドラはスライムたちと違って魔力はずいぶんと潤沢にあるようだった。ならば、使いこなすために必要なのは魔力ではなく……そう、知能か?」
なるほど……。魔獣は魔獣だからな。
探索者の力を得たとしても、それを使いこなせるための知能が足りない可能性は高そうだ。
そして、できればそのほうが助かる。
スライムと違ってハイドラはそもそもが強そうだ。
そんなやつが、吸収した力を完全に使いこなせるようであれば、あの時以上の脅威となりそうだからな。
「とにかく、食われる前に帰還するように気を付けます……」
それがいいと言って、赤木さんは俺たちのことを見送った。
食べたものの力を得る能力……?
そして、凶暴化したハイドラは周囲のハイドラを捕食しているんだよな。
もしかして……かなりまずい状況になっているんじゃないか?
◇
「ココハ……」
ソウダ。私ハ殺サレタ。
アノ忌々シイ女王ニ。分割シテイタ魂ゴト吸イツクサレテ……。
「ハ、ハハ……」
アノ女。殺シ損ネタナ?
力ハナイ。知能サエモ不安定ダ。ダケド……存在シテイル。
ナラバ、ドンナニ時間ヲカケヨウト、必ズ復活……。
「エ? ア……」
蛇? 開イタ口ハ、私ヲ丸呑ミニデキソウナホド大キイ……。
アア……何モ見エナイ。暗闇ダケガ広ガッテイル……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます