第192話 水面下のチェンジリング

「困りましたね」


 管理局として、ダンジョンと魔獣に関わる事件はすべて対応しなければいけません。

 まして、私は聖銀の杭を先輩方から引き継いだ身。

 現世界に残る探索者として、他の探索者たちが安全に探索できるようにするのが仕事です。


 昨年は、夢幻の織り手が安全な探索方法を確立したことで、ダンジョンでの事故が減少。

 二年前は、ニトテキアたちが様々な異変を早期解決したことで、被害は軽微に留まりました。


「近年は仕事も減ってきたと思ったのですが」


「例の魔獣と配信ですか」


「ええ。放っておけば大きな事件となりそうです」


 ダンジョンの管理や特殊個体の魔獣の対処は、【超級】の探索者たちに解決を手伝ってもらっています。

 どこの探索者たちにも、すでに依頼をしているような状況で、新たな問題が見つかってしまったのだから頭が痛いですね。


「そろそろ、新鋭の【超級】パーティたちにも依頼してみてはいかがです?」


「ニトテキアと現聖教会ですか」


 たしかに、ちょうどいい機会なのかもしれませんね。

 彼らは異世界を目指す探索者。問題解決能力を見せてもらうには、もってこいの状況なのかもしれません。


「……となると、魔獣はニトテキアに依頼すべきですね」


「それがいいと思います。彼らは二年前から異世界を目指していたそうなので、そろそろ本格的に渡航許可を見定めるべきかと」


 そういえば、デュトワがそんなことを言っていました。

 もっともそのデュトワも、浩一君から聞いたようですが。


「配信のほうは、現聖教会ですか?」


「……そちらは、夢幻の織り手に依頼しましょうか」


「……いいのですか?」


 うちの探索者であり、私の秘書のように働いてくれている彼女は、基本的に私の指示に意見することはありません。

 そんな彼女が尋ねてくるのは、先日の出来事が原因でしょう。


「たしかに、彼らはこれまで様々なパーティに迷惑をかけたことを悔いていました」


 そのパーティたちや管理局に謝罪のために訪れ、【超級】はふさわしくないと称号のはく奪まで嘆願する始末。

 心苦しいことです。あれだけの人数の探索者を【中級】まで教育する手腕を買ったのですが、それが彼らをかえって苦しめることになるなんて。


「そんな彼らに、今このような依頼をするのは酷なことかもしれません。なので、彼らが拒むのであれば別のパーティへ依頼することも考えるべきですね」


「承知しました。では、ニトテキアと夢幻の織り手に連絡をします」


 納得してくれたのかはわかりませんが、二組のパーティに依頼をしてくれるようです。

 可能であれば、そろそろ解決したい問題のほうを調査したかったのですが、どうにも間が悪く調査に踏み出せませんね。


「神隠し事件。そちらの調査が進展しないのであれば、増員をしたいところですね。どこかの探索パーティの手が空けばいいのですが……」


 最悪の場合は、異世界にいるうちのパーティを呼び戻す必要があるのかもしれません。

 探索者となって数年の者たちだけが、忽然と姿を消す神隠し事件。

 頻繁ではありませんが、少ないともいえない行方不明事件の発生ですが、ある日ふらりと戻ってくるため世間の危機意識は薄いといえます。

 気を抜けば、私まで大した問題と認識せずに、後回しにしてしまいそうなおかしな事件。


「前回は、許可をいただいた複数の新人探索者の魔力反応を計測していましたが、神隠し前に計測不能となってしまった……」


 さすがに、カメラやマイクを取り付ける許可までする探索者はいませんからね……。

 魔力で位置情報を測定するだけに留めていたことが裏目に出たのでしょうか。

 まるで、忽然と存在そのものが消えてしまう様子は、まさしく神隠しと呼ばれるにふさわしいものでしょう。

 ……それとも、魔力が消えて計測ができなくなったのでしょうか?


 そういえば、数年前に魔力消失事件というものがありましたね。

 元現聖教会教皇のファントムが原因とされており、現にニトテキアがファントムを退治してからは鳴りを潜めました。

 その後、以前よりも軽微ながらも似たような症状にかかる探索者が発生し、すぐに回復することから無関係とされていたのですが。

 ……どうにも、ここ最近の事件と関係しているのではないでしょうか。


「せめて、誰が狙われているかわかれば、また対処方法も変わってくるのですが……」


 数年以内に探索者となったすべてが対象となると、誰が被害に遭うのか、誰を守るべきなのかさえわかりません。

 あのニトテキアや夢幻の織り手すら、下手したら神隠しの対象となってしまうのですから、あまりにも範囲が広すぎます。


 ふいに扉をノックされる。

 どうやら、ニトテキアを早くも呼んでくれたようです。

 神隠し事件について考えをまとめるのはまた今度ですね。仕事が早すぎるのも考え物、というのはさすがに贅沢な悩みですね。


    ◇


「ハイドラ? 首がやたらと多い蛇でしたっけ」


 神崎さんに呼び出され、管理局で話をするとそんな魔獣の名前が出てきた。


「ええ、まだ踏破していないダンジョンだったとは存じますが」


 たしかに、まだ戦ったことがない魔獣だな。

 竜とどっちが強いんだろう。


「それで、そのハイドラダンジョンになにが起きているんですか?」


 世間話というわけではないだろう。

 わざわざ管理局まで呼び出されての話ということは、管理局からの直々の依頼である可能性が高い。

 これまでも、何度か依頼を受けてはこなしてきた。

 異世界を目指すというのであれば、これからは今まで以上に依頼をこなしていく必要もあるだろう。


「どうやら、凶暴な個体が出現してしまったようでして……」


 なるほど、たまにあるんだこういうことが。

 基本的に、ダンジョンに産み出される魔獣はどの個体も似通っている。

 そりゃ、ゴブリンとホブゴブリンみたいに種類そのものが違う場合は、同一とはいえない個体だけど、ゴブリン同士ならほぼ同一だ。


 だけど、ごく稀に一世代かぎりの亜種が産まれることがある。

 この亜種はたいていは他の個体よりも強い。それもはるかに強い。

 その結果は魔獣ごとに異なるが、多くの場合は他の魔獣を率いる群れのボスになるか、あるいは……。


「他の魔獣を捕食して強くなっている……ですか?」


「よくわかりましたね。さすがです」


「ハイドラって大きそうなイメージだったので、群れを作るよりはそっちかなと」


「いい着眼点ですね。その力は、異世界でもきっと役に立ちますよ」


 そうであればありがたい。

 それはそうと、凶暴化個体となると早めに討伐しないとまずそうだな。

 群れにせよ、捕食にせよ、その手の魔獣は放っておけばどんどん力をつけていく。


「ところで、なんで僕たちにその話を? 討伐の依頼であれば、ハイドラの討伐経験があるパーティに依頼すべきでは?」


「そうですね。本来であればそうなのですが。今回は早期の発見であったこと、あなた方の実力を見ておきたいこと、その点から依頼させていただこうと思います」


 つまり、まだ危険は少ないから、俺たちみたいな経験の浅い【超級】パーティに依頼を回してくれたってことか。


「烏丸さんが一番異世界に行きたそうでしたからね」


 うん。なんか俺にチャンスを与えてくれているようだな。

 ならば、この依頼は当然受けるし、その気遣いに応えられるように頑張らないとな。


「受けさせてください」


「よろしくお願いいたします」


 依頼は受けた。あとは戻ってハイドラ退治の準備をするだけなのだが、神崎さんは少し言いにくそうに口を開いた。


「騙すようなことはしたくないので言いますが、ハイドラの討伐経験があるパーティで今動けそうなのは赤木さんだけなんです……」


「あ、はい……謹慎中でしたね。あの人」


「はい……」


 つまり、ハイドラ討伐を経験したパーティで動ける人がいないんだな。

 なるほど。単に俺たちへの気遣いだけではないらしい。

 白戸さんや氷室くんのところに話していない以上、もちろん俺たちを優先してくれたってことだろうけど。


「え、えっと……烏丸さんの殲滅力ならきっと、多頭を一度に相手取れるという狙いもありますよ?」


「例の呼び名にまつわる評価は、できればやめてほしいんですけど……」


 というか、この人にまで伝わってんのかよ……。

 誰だ。最初にあんな恥ずかしい呼び名を広めたやつ。


    ◇


「なんでだよ!」


 男の叫び声に答えられるものはいなかった。


「攻略本に書いてあることは覚えたはずだぞ! 氷室の野郎、嘘つきやがって!」


 魔獣を前に叫ぶも、相手はそんなことでは止まらない。


「い、今までだってちゃんと倒せた! 楽して探索できる俺は馬鹿な努力をするやつらと違うんだ!」


 自分に言い聞かせるようなその言葉も、彼自身疑いを持っているためか徐々に弱弱しいものへと変わる。

 夢幻の織り手を脱退し、同じ境遇の探索者たちと共に身の丈に合っていないダンジョンに訪れたものの、当然彼らの実力は不足している。

 魔獣を徹底的に調べ上げたリーダーのしつこいくらいの準備要請もアドバイスもなく、これまで自分たちの実力で成功したと思い込んでいる彼らは気づけなかった。


「い、嫌だ……! こんなはずじゃ!」


 ダンジョンが危険であることも、自分たちの実力が不足しながらも成功できたのは、あれだけわずらわしかった初期メンバーたちのおかげだということも。

 何一つ気づくことができず、不真面目に他人を見下してきた代償。

 それは、あまりにも重いものとして彼らの身に襲いかかるのだった。


「うわ~……なんか無茶したやつらが死んでる。もうちょい早くに気づけたらなあ……まあいいや。しょぼいやつらの死の瞬間なんて、需要ないだろうしね」

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