第191話 黒で塗りつぶした下にあった色

「僕は……間違っていたんですか?」


 なんかずいぶんと落ち込んでしまったが、氷室くんのせいだけではないような気がする。


「どちらかというと……あの夢幻の織り手のメンバーのほうに問題がありそうだけど」


 夢幻の織り手が大きなパーティになってから、徐々におかしなことになっているんだよな。

 探索にたいして、どうにも甘い考えで挑んでいるというか、危機感がないというか。


「氷室くんたちがダンジョンを徹底的に調べて、簡単にボスまで倒す方法を確立したことはすごいと思う」


「……」


「だけど簡単すぎるから、新しく夢幻の織り手に加入したメンバーは、探索への意識が甘いんじゃない?」


 なんというか。夢幻の織り手って去年の初めはこんな感じではなかった。

 もっと、探索に真剣に取り組んで、最適解を見つけるために真面目に挑み続けていたというか。

 だけど、ここ最近の夢幻の織り手は、探索を軽視しているような姿がやけに目立っていた。


「氷室くんって、なんで探索しているの?」


 楽して稼ぐというのなら、もう少し危険ではない段階で留まってもいいはずだ。

 それこそ、【中級】あたりでも食っていくには困らないし、【上級】なら贅沢な暮らしもできる。

 それに、初期の夢幻の織り手からパーティメンバーを増やす必要もないだろう。


「僕、烏丸先輩に憧れていました」


 え、そうなの?

 そういえば、前に後輩の相談に乗ったことあったけど、氷室くんもその一人だったような……。

 だめだ。あまりにも探索関連の相談が多すぎて、全員を思い出すことはできない。


「ステータスが低くても、凡人でも探索者として成功できるんだと思わせてくれたので」


 あ~、たしかに学校ではレベル1だからな。

 ステータスが低いのに、なぜか【超級】で探索できている。あるいは、仲間に寄生している。

 そう見えても不思議ではない。


「僕、烏丸先輩が苦手でした」


 え、どっち?

 いや、普段の態度からしたら、てっきり嫌われていると思っていたんだけどさ。


「僕たちみたいな凡人かと思ったのに、結局はすごい才能やスキルを持っていて」


 ……才能は、どうなんだろう?

 ユニークスキルは、たしかに当たりだと自負している。

 職業スキルは、正直なところ紫杏に協力してもらっているおかげだし、俺の才能というわけではない。


「僕は、凡人でも探索者として成功できる道を示したかった」


「……できているじゃないか。例の手引書のおかげで、夢幻の織り手は大成功している」


「さっきの見ていましたよね? 誰にでもできる探索と言いながら、結局レベルやスキルに頼った探索をしてしまった」


 全然いいと思うんだけどなあ……。

 それとも、レベルを上げて探索に挑むのは、古臭くてかっこ悪いとでも思っているんだろうか。


「才能がある人間は、努力すればいつかは成功します。でも、才能がなくても探索者になってしまった人は、僕が救わないといけない」


「え……なんで、そんなことに」


 現世界では、最低限の戦闘経験を培う意味も含めて、学生のうちから誰もが探索者の経験を積む。

 わずかな例外を除き、少なくともスライムだけが出現する初心者ダンジョンくらいは経験する。

 そのまま探索者を継続する者もいれば、不向きだったり非戦闘系であったりで辞める者もいる。

 なので、探索者としてどうしても成功しなければいけない、ということはないはずだ。

 向いていないのなら、探索者を辞めて別の道を目指せばいいのだから。


「氷室くんは、いつまで彼らの面倒を見ないといけないの?」


「いつまでって……僕を頼ってパーティに加入したんですよ? 僕が面倒を見るのは当然でしょう」


「頼ってとは言うけど、全部氷室くんが面倒見ていない? 彼らはいつ自立するの?」


「……」


「このままじゃ、一生彼らを養うことになりかねないぞ」


 本来なら、彼らは彼らで探索に向いていないと早々に見切りをつけるタイプの人間だったのかもしれない。

 だけど、氷室くんが優秀だったがために、彼らは探索者として一定の成功をしてしまった。

 だから、彼らはレベルや技術を上げるでもなく、ただ氷室くんが餌を与えるのを待つだけの雛鳥となったように見える。


「前はもっとみんなで協力して探索していなかったっけ? そのときの仲間と相談してみたら?」


「……仲間」


「あのときのほうが楽しそうだったよ。なんか、今は余計なことを背負いすぎに見える」


 そして、そのときは俺への敵意とかなかった気がするんだよなあ……。

 なんかこう、先輩を目標にしますみたいに、健全な宣戦布告をしていたような。


「でも、僕を頼ってくれた以上は、彼らの面倒を見ないと……彼らの人生がかかっているんですよ……?」


「いい人生を送りたいのなら、自分が成長するしかないよ」


 夢幻の織り手のすべてを否定する気は毛頭ない。

 俺だって、安全で手順化された魔獣狩りとか、考えるのも実行するのもむしろ好きな部類だ。

 だけど、一部の人間だけが努力して、他の探索者は彼らに頼り切りってなんか違うんじゃないか?


「帰ります。すみませんでした。色々と……」


 そう呟くと、氷室くんは帰還の結晶を使用して消えてしまった。


「余計なこと言ったかもなあ……」


「善まで余計なことを背負ってどうするのさ。これは彼らの問題だよ」


「なんか、色々大変なんだなあ。パーティリーダーって」


「いや、長野も私たちのリーダーでしょ」


 でも、パーティリーダーなんて、長野くらいのスタンスでいいと思う。

 デュトワさんも、わりと自由すぎるところがあるしな。

 そう考えると、長野たちって案外すごいパーティになるのかもしれないな。


    ◇


「辞める?」


「な~んか、思ってたのと違うんですよね」


「そうそう。【初級】は楽だったけど、【中級】からは事前準備とか言って、レベル上げやスキルの習得が面倒になるし」


「もっと楽に稼げると思っていただけで、俺たち別に探索者じゃなくてもいいかなって」


 去っていく。

 僕を頼っていた探索者たちが。

 頼っていた……そう、慕っていたではない。


 どんな探索者も【中級】に押し上げ、探索者として最低限の成功を保証するパーティ。

 そこが管理局に評価された。うれしかった。烏丸先輩みたいに、探索者としての功績を管理局に認められて。


 ニトテキアのことは知っている。烏丸先輩と北原先輩は最初二人だけで探索をしていた。

 そこに月宮先輩という新たなメンバーが加わった。

 月宮先輩は、最初はうまく戦えていなかったらしいが、二人の協力もあって今では誰もが認める実力を持つ探索者だ。

 だけど、ニトテキアは月宮先輩一人しか教育していない。

 うちは、数えきれない探索者を教育して昇格させてきた。

 それが誇らしかったんだけど……そんな簡単に捨てられる程度のものだったのか。【中級】探索者の称号って。


「というか、氷室さんも俺たちを育成したって管理局にアピールしたかっただけですよね?」


「……っ!」


「なんか、探索って思ってたより楽しくないんですよねえ」


 かける言葉がない。

 たしかに先輩への対抗心から、来るもの拒まずのスタンスで誰でもパーティに加入させた。

 そして、片っ端から【中級】探索者として安定した探索をできるように、強要した。

 楽しくない……か。そりゃあそうだろうね。やりたくもないことを無理やりやらされ続けただけなんだから。


 そもそも……僕は探索を楽しんでいるんだろうか?

 ……いつからだろう。僕が探索を嫌いになったのは。仲間を重荷と思うようになったのは。


「お、おいおい。なんなんだ一体」


「氷室くん。予定より早く戻ったみたいだけど、なにかあったの?」


 何人ものメンバーたちが、探索者を辞めると言って出ていってしまった。

 さすがにその様子がおかしいと思ったのか、他のメンバーたちも何があったのかと尋ねてくる。

 もう夢幻の織り手も終わりかな。自嘲気味にすべてを伝えると、二人は遠慮がちに口を開いた。


「やっぱり、ちょっと大きくなりすぎたよね。夢幻の織り手」


「なんか悪いな。俺たちの面倒見るために、そんなに背負い込んでいたなんて」


「僕は、凡人を救うなんて言いながら、結局彼らを自分の功績の道具扱いしていたのかもね……」


 彼らが僕の元を去るのも当然だ。

 先輩への対抗心から、先輩に認めてもらうために、僕は探索者の育成なんて言いながら自分のことだけを考えていたんだから。


「……でもなあ、俺みたいな長年くすぶっていた探索者は、感謝しているぜ」


「私たちだって、氷室くんがリーダーとしてがんばってくれているから、ここまで成功できたんだよ」


「さっきのやつらも、探索者として成功していけば、探索の面白さに気づくと思っていたんだけどなあ……こういう先の考えられないところが、俺がいつまでも【初級】だった原因なのかなあ……」


「もう一回……普通の探索者としてやっていけないかな?」


 そうは言うけど……今さら僕にできることなんて。


「無理だよ」


「できるよ! 氷室くんすごいもん! 迷惑かけた先輩たちに謝って、やる気があるかみんなにもう一回確認して! がんばろうよ!」


 三枝さえぐさがこんな大声で、僕になにか言ってくるなんて初めてだ。


「面倒見切れないやつまで加入させちゃだめだよなあ。パーティが大きくなるから、ついつい増長しちゃっていたか。うん。悪かったな氷室くん。年下の君に全部委ねすぎて」


 倉崎 くらさきさんが頭をかきながら、ばつが悪そうに謝ってきた。


 仲間と……相談。

 そういえば、ニトテキアはみんな仲良く楽しそうでうらやましかったなあ……。

 独りよがりな僕が率いる夢幻の織り手は、今までパーティじゃなかったのかもしれない。

 こんな僕にもまだ付き合ってくれる仲間がいるかはわからないけど、まずは目の前の二人に相談してみよう。


「ごめん、三枝。倉崎さん。色々なところに謝りにいくの、付き合ってもらえる?」

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