第190話 膨れ上がったのは悪性腫瘍
ユニークスキルは千差万別。それだけで他者を評価するのは愚か者です。
それは散々言われ続けてきた言葉だ。だから、それこそ真に愚かな者以外はユニークスキルを馬鹿にしない。
つまり、僕は真に愚かな者だということになる。
【自動書記】。授かったスキルの名称に嫌な予感がした。
自身が体験したことが、自動的に空白の本へと記載されていく。やっぱり糞みたいなスキルだった。
誰も僕のスキルを馬鹿にしない。だけど、僕自身は僕のスキルを馬鹿にする。
こんなスキルで、どうやって探索者になれっていうんだ。
ただでさえ僕は人間なんだ。こんなことじゃ、憧れのニトテキアに入ることなんかできない。
明確な目標があるためか、周りが探索向けのスキルを習得するのを見て、出鼻がくじかれた思いでいっぱいになる。
◇
上級生の教室を覗く。なにも僕だけじゃない。ここはたいてい人だかりができている。
みんなの目当ては【超級】パーティであるニトテキアだ。
周りでは、羨望のまなざしで先輩たちを見て、口々に噂している。
魔力量がどうだとか、技量がすごいらしいとか、優秀なスキルを持っているとか、先輩たちへの憧れがほとんどだ。
だけど、悪口というか、疑問を口にする者もわずかにいた。
「……なんか、烏丸先輩のステータス低そうじゃない?」
「ダンジョンで強くなるスキルとか?」
「今のステータスのまま【超級】でやっていけるなら、それだけ戦い方が上手いんじゃね?」
……たしかに、烏丸先輩だけはステータスが明らかに低い。
【自動書記】の効果で、ぼんやりとではあるが先輩たちのステータスが理解できてからは、なおさらそう見える。
僕は意を決して、先輩たちに聞いてみることにした。
「善。用事があるみたいだよ」
僕が教室に足を踏み入れると、木村先輩が烏丸先輩に呼び掛けてくれる。
烏丸先輩は、どうやら考え事にふけっていたようで、その声でようやく僕の存在に気がついた。
「ん? おお、ごめん。ちょっと考え事を」
「い、いえ……」
まずい。今さらながら緊張してきた。
そもそも僕は先輩たちになにを聞くべきなんだ。
「あ、あの……烏丸先輩ってステータスが低いですよね」
……いや、さすがにこれは違う。
こんなのただ喧嘩を売りに来た生意気な後輩じゃないか。
ほら、北原先輩の目つきが……まずい。怖い。帰ろう。
「紫杏。たぶんいつもの感じじゃないよ」
「でも、善のこと馬鹿にした」
「う~ん……なんか違う気がする。君、名前は?」
……聞いてどうするんだろう。名前を覚えておいてあとで報復とか……いや、そんなことする人じゃないけど。
「氷室遊です」
「そう、俺は烏丸善。たしかに、俺のステータスは低いよ。それで、氷室くんはそれをけなしにきたわけじゃないだろ?」
「も、もちろんです!」
そうだよな。あんなこといきなり言ったら、普通はけなしにきただけと思われる。
「えっと、低いステータスでも【超級】でやっていけるんですか? 俺ユニークスキルが使い物にならないから、探索者としてやっていく自信がなくなっていて……」
慌てて口を開いたため、なんだか早口なうえに着地点がよくわからなくなってしまった。
しかし、烏丸先輩は少し考えてから、僕の疑問に答えてくれた。
「まず、ステータスが低くてもやりようはある。それにユニークスキルは、もっとどうにでもなる。最悪レベルさえ上げればいいし、レベルが上がらなくても努力すればわりとどうにかなるよ」
……それは、特別な才能がなくてもということでいいんだろうか。
「言いたくないなら言わないでいいけど、氷室くんのスキルって?」
「……【自動書記】です。体験したことを勝手に書き記すだけのくだらないスキルです」
恥ずかしくて言いたくないという気持ちよりも、自暴自棄に誰かに言ってしまおうという気持ちが勝った。
僕のスキルを聞いて、烏丸先輩はまた考え込んでしまった。
まあそうだろう。こんなスキルを聞かされたって、先輩が困るだけだ。
「それって、探索するほど、ダンジョンや魔獣の情報が増えていくってことじゃないの?」
「……あ」
たしかにそうかもしれない。
自動で書いてくれるというのであれば、僕がダンジョンで経験したあらゆる情報も対象のはず。
つまり、成功体験も失敗体験もすべて記してくれて、次に活かすことができるじゃないか。
「あれ、もしかして解決した?」
「は、はい! ありがとうございます!」
「いや、俺はほとんどなにも言ってないよ。君頭いいんだな」
僕が学校で烏丸先輩と会話をしたのは、その一回だけだった。
だけど、その一回で十分だ。道を示してもらった。役に立たないと思っていたスキルの使い方をあっさりと考えてくれた。
そしてなにより、烏丸先輩もステータスが低くてもあがいて上にいった凡人だったんだ。
それから、すぐに僕たちもダンジョンの探索ができるようになった。
スライム相手に何度も戦い、すべての行動パターンが本に記されていく。
戦えば戦うほどに、その魔獣の情報はより洗練されていった。
ゴブリン。初めて敗走もした。だけど、何度も戦ううちに相手の行動パターンのようなものさえわかった。
コボルト。速すぎて追い付くこともできない。だけど、少しずつ敵の情報を学び、安定して倒す手段を確立した。
ステータスは平凡。レベルだって高くない。スキルは戦闘に作用するものではない。突出した探索者だなんて口が裂けても言えない。
でも、楽しい。どうやら僕の性に合ったやり方のようだ。このユニークスキルも、今となっては僕にとっては当たりだったといえる。
「氷室くんと組むとすごいやりやすい」
「氷室。また一緒に探索しようぜ」
「勉強熱心なんだね。私たち魔獣の行動パターンなんて、見ている余裕なかったよ」
同級生たちから評価され、いつしかクラスのみんなが僕とパーティを組みたがるようになった。
そんな彼ら彼女らが、僕をリーダーとしたパーティを発足するのに時間はかからなかった。
ニトテキアには今も憧れている。いつか加入したかったという思いも残っている。
だけど、みんなが認めてくれた。それが嬉しくて、僕はみんなと一緒に上位の探索者になりたいと思うようになった。
◇
「氷室さん。すみません」
僕に謝罪するのは、僕よりもだいぶ年上の探索者だ。
安定した探索。それは探索者にとってとても魅力的な謳い文句らしく、学友どころかベテランの探索者すら引き寄せた。
ベテランとはいうが、彼らは決して優れた探索者ではない。
そう、僕と同じだ。特に優秀なスキルもなく、平均的なステータスだけで探索をしなければいけない。
だけど、そんな僕を頼ってパーティに加入してくれた。
……だから、僕が変えてみせる。誰でも成功できる探索者としてどうすればいいか、見つけてみせる。
「ちょっと、改善したほうがいいみたいだね。もう少しステータスが低くてもなんとかなるように」
「い、いえ……さすがに低ステータスでの攻略だって限界がありますから」
「そんなことはないよ。だって、あの烏丸先輩だってステータスは低いのに、技術と知識で活躍しているんだから」
「そうですよ! 氷室さんのやり方、すげえ楽でした!」
「氷室さんなら、私たちのことを見捨てずに大成させてくれますよね!」
そう。だから、僕たちにだってできるはずなんだ。
僕を頼って集まってくれた探索者たち。長年くすぶってきた彼らは才能がない。
まだ新人であるにもかかわらず、うちのパーティを頼ってきてくれた新たな仲間たち。当然、探索のノウハウなんて持っていない。
だから、才能がなくても経験がなくても、彼らにでもできる探索方法を確立して共有する。
それこそが、自分が目指すべき探索者なんだ。
「あ、あれって……」
決意を新たにしていると、仲間の一人が遠くの探索パーティを見つめていた。
あれは……ニトテキア?
珍しいな。どうして、こんな【初級】ダンジョンなんかに。
せっかくなので、邪魔にはならないようにここで戦い方を観察させてもらおう。
月宮先輩の目にも映らない超スピードによる動き。すごいけど僕らには真似できない。
木村先輩の鍛え上げたユニークスキルによる毒魔術。技量も含めてすごすぎる。
細川先輩も同じくユニークスキルを鍛え上げ、変幻自在の火の魔術を操るが、やはり参考にするのは無理だ。
よく見ると、北原先輩は結界でパーティ全体を守っている。魔力量からしてすごいし、到底真似できるものじゃない。
やっぱり、僕たちが参考にすべきは烏丸先輩……。
「【剣術:超級】【太刀筋倍化】【魔法剣:水精】……あっ」
「善……また?」
「さすがは先生です! 最強の剣士! そして私は、最強の剣士のペット! つまり、ほぼ最強!」
「どうも、威力の制御が難しいなあ……」
「よっ、殲滅王!」
「……【超級】じゃなくて、【上級】にすべきか? でも、威力だけじゃなくて、身のこなしとかも変わってくるからなあ……」
「また、思考の海に潜っちゃったね。いっそ【初級】じゃなくて、もう少し上のダンジョンで試してみる?」
…………なんだよあれ。
おそらくスキル名みたいなものを呟いていた。僕たちでは手が届かないようなスキル名だ。
裏切られた気がした。……いや、違う。烏丸先輩は別に僕を裏切ってなんか。
でも……違ったんだ。あの人は、僕たちと同じじゃない。
そうだ。結局は才能なんだ。
僕が勝手に凡人仲間だと思っていた憧れの人は、才能に満ち溢れている探索者だったというだけ。
勝手に勘違いした僕が悪かった。これはそれだけの話。
だけど、そんな僕が掲げた才能がなくても上を目指せるという言葉を信じた彼らはどうなる?
……いいさ。なってやる。
凡人でも安全に簡単に探索者として成功させてやる。
所詮凡人の気持ちは、同じ凡人にしかわからない。
超人だった烏丸先輩には、きっと一生わからない。
だから、俺が夢幻の織り手のみんなを導いてやるんだ。
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