第189話 彼はリーダー失格ですか?
「しかし、奥に行くほど数が増えると聞いていたが、なんか大して変わらないなあ」
ボス部屋の目の前までたどり着くと、長野は拍子抜けしたように言った。
たしかに、本来ならもっと狼たちは多いはずだ。
魔力で索敵しても隠れている様子はなく、本当に生息している狼が少ないらしい。
ゴーレムダンジョンのほうは異常はなかったけど、どうやらここでは問題が起こっているみたいだな。
そう確信したところで、俺は長野たちを帰還させるべきだと判断した。
「順調なところ悪いけど、帰還したほうがよさそうだぞ」
「え? 誰も怪我してないし、魔力も体力も残ってるぞ?」
「長野が言ったとおり、狼の数が少なすぎる。だけど、ダンジョンの魔力そのものは数年前よりも明らかに多い。だから、狼が増えるならともかく、減ることはないはずなんだ」
近年のダンジョンは、魔力がどんどん増していっている。
そのため、上位個体やボスさえも大量に産み出される有り様だ。
ここも例外ではない。だというのに、魔獣の数が以前より少ないというのが気になる。
「数が増えるんじゃなくて、強化個体が現れているのかもしれないね」
大地の言うとおりだ。増えた魔力が、ダンジョン内の魔獣の強化に使用されているのだとしたら、狼たちの数がそこまで多くないのも納得できる。
「それって、どれくらい強いんだ?」
「一概には言えないけど、そうねぇ……。【上級】相当にはなるんじゃないかしら」
夢子の答えに長野たちに緊張が走る。
たしかに、ここの魔力の大半を使い強化されているとしたら、二年前のプレートワームみたいなことになったとしてもおかしくない。
やっぱり、長野たちを一度帰還させるべきだな。
「順調だったけど、烏丸が言うのなら従ったほうがよさそうだな。みんなそれでいいよな?」
長野の言葉に、パーティメンバーたちがうなずく。
こういう無理をせずに正しい判断を下せるところが、パーティのリーダーとして選出されている理由なのかもしれないな。
「あ、お前ら。なんか危ないらしいから、帰還したほうがいいみたいだぞ」
長野が、後ろからきた夢幻の織り手に声をかける。
しかし、夢幻の織り手のメンバーたちは鼻で笑った。
「なんだ。もう疲れたんだ。先輩たちって大したことないんですね」
「帰るって、ボスはすぐそこじゃないですか。怖気づいたんですか?」
最低限敬語は使われているものの、どう見てもこちらを見下しているようだな。
「おいおい。親切で言っているんだけどな」
「そういうの、余計なお世話って言うんですよ。幸い私たちは無傷でここまできているので、ボスと戦う力は温存しています」
「というか、ボスの攻略方法もしっかり読んだしな。このダンジョンも今日中にクリアできるんじゃね?」
聞く耳を持たないか。
長野も諦めたようで、それ以上は無理強いせずに帰還するようだ。
「待ってください」
そんな諦めかけた俺たちに声をかけてきたのは氷室くんだった。
「危ないってどういうことですか?」
「昔よりダンジョンの魔力量が増えている。だけど狼たちの数が減っているんだ」
あくまでも判断材料はそれだけだ。
しかし、氷室くんもそれを聞いて少し考え込むと、俺たちと同じ結論に至った。
「……魔獣の生産ではなく、すでに生産済みの魔獣の強化に魔力が使用されている。そういうことですか?」
「まだ確証はないけどな。紫杏感知できるか?」
「う~ん……強そうな魔獣の魔力はどこにもないね」
紫杏でも感知できない。
ということは、俺たちの心配は杞憂だった?
いや、そうじゃない。
「強化されていようが、俺たちは攻略本どおりに倒してきてきたから問題ないだろ。氷室さん、もうボスは目の前なんですよ? さっさと倒しちゃいましょうよ」
考えにふける俺や氷室くんに呆れるように、夢幻の織り手の一人が勝手にボス部屋の扉を開けてしまった。
「おい、何を勝手に!」
氷室くんが慌てて止めようとするももう遅い。
紫杏ですら感知できないということは、そいつは隔離された場所にいるということだ。
そして、このダンジョンで魔力感知が遮断される場所なんて一つしかない。
彼がたった今開いてしまったボス部屋だけだ。
「お、いたいたボス狼……と言っても、攻略本どおり見た目じゃわからないな」
「もう、勝手に行かないでよ」
「まあいいか。さっさと踏破しちゃおうぜ」
ボス部屋が開いた瞬間、明らかに【中級】にいるべきではない魔力を感じる。
そんな変異したボス狼を相手に、彼らは臆することすらなく気軽に近づいて行った。
倒せる算段がある? いや、違う。彼らの情報はあくまでも攻略本なんだ。
だから、攻略本に倒し方が書いてあるボス狼なんて臆する必要はない。
そして、目の前の魔獣の強さを測る手段なんか持ち合わせていないし、そもそもすべてが記載されているからそんなことする必要がないんだ。
「それじゃあ、さっきみたいに群れをちまちま削っていくか~」
「結局、それが一番楽だったしね。時間はかかるけど」
「氷室さ~ん。もっといい方法あったら、攻略本更新してくださいよ」
いつかの現聖教会と同じように、狼の群れ相手に個別で挑むのではなくしっかりと陣形を組んで挑む。
それ自体は間違いではない。しっかりと狼相手に協力し合って対処できているのは、大人数である夢幻の織り手の強みを活かしている。
だけど、そんな彼らに攻撃している狼たちは、ボスの命令で突撃しているだけのいわば囮だ。
「おい、油断していると危ないぞ!」
ボスが接近していたので知らせるも、彼らは焦ることなくボスを火の魔術でけん制する。
いや、普段ならともかく、今のボス狼相手にその程度の火は……。
「あ、あれ? なんかそのまま近づいて」
「痛えぇっ!!」
さすがにこれ以上はまずい。
「氷室くん。このままじゃ危ないし、俺がボスを倒すぞ?」
「……なんで、言われたことすらできないんだ」
氷室くんは、俺の言葉に反応することもなくぶつぶつとつぶやいている。
こっちはこっちでまずいかもしれない。
「な、なんで! こんなの書いてなかったじゃないか!」
「氷室さん! どうなってんだよ!」
ついに内輪もめまで始まってしまった。
氷室くんは反応しないので、もめているというよりは一方的な糾弾か。
しかたない。ボス狼はこちらで対処したほうがよさそうだな。
剣を構えた瞬間に、氷室くんの魔力が膨れ上がった。
いつもの彼らしくもない後先考えていないような魔力の使い方だ。
かざした手のひらからは、【上級】相当の火の魔術が放たれ、ボス狼を飲み込んだ。
さすがにこの攻撃を受けて無事というわけにはいかず、狼は一度距離を取ろうとするも、氷室くんは次々と魔術で追撃する。
「なんだよ。あれ……」
「私たちに言っていた魔術とは全然違うじゃない……」
そんなリーダーの活躍に、夢幻の織り手のメンバーたちはどこか不満気な様子を見せる。
なんか……ずいぶんと、おかしなパーティだな。
「……終わった。さっさと帰るよ」
氷室くんは淡々とボス狼を処理してしまい、仲間たちに帰還を促す。
だけど、その仲間たちが氷室くんを見る目は、まるで彼を責めているかのようだった。
「なんだ。結局才能じゃないか」
「弱くても上を目指せるって、あれだけ戦えるのにどの口で」
「……俺たち程度じゃ探索者なんて無理ってことだろ」
口々にそんな言葉をこぼし、彼らは氷室くんを置いて帰還の結晶で帰っていった。
「……そうか。俺も烏丸先輩と同じだったんだ」
……え。そこで俺の名前を出すの?
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