第188話 今宵 狼に誘われて
「なんか悪いなあ。もっと上位のダンジョンの探索をしたいだろ。今さら【中級】程度じゃ、お前らも得るものもないだろうし」
「いや、スキルの整理とかもあるから問題ないぞ」
紫杏のためにレベルは毎日上げなくてはならないから、【中級】の魔獣を狩ること自体が無意味なわけじゃない。
そして、小っ恥ずかしい呼び名を払拭するためにも、むしろ脆い魔獣相手に力を制御したほうがいいかもしれないしな。
俺は大きな狼の魔獣たちを蹴散らしながら、なんとかちょうど倒せる威力を探り続けた。
「それと三年目で【中級】なら、世間一般では優秀な探索者だからね」
「ちょっと前までならそうなんだろうけど、最近ではそのあたりの認識も変わりそうだからなあ」
「氷室くんのところは、攻略方法が徹底しているからなあ……」
氷室くんが決めた誰でも魔獣を倒せる手段を共有し、事前にそれを頭に叩き込み準備を万全にする。
あとは、ダンジョンで教わったことをただ実行すれば、誰もがボスを倒してダンジョンを踏破するまで可能。
新人だろうが、それまでくすぶっていた探索者だろうが、見事に結果を残し続けている。
そりゃ、管理局もその功績を認めて、【超級】パーティへ昇格させるよな。
まあ、夢幻の織り手の全員が【超級】というわけではないという、イレギュラーな昇格ではあるけど。
「凡人でも上を目指せるって、けっこう魅力的なパーティだからね」
「なに!? 夢幻の織り手に加入するのか!? 百合川!」
「んなわけないでしょ。な~んか、徹底されすぎてて楽しくなさそうだし」
百合川の言葉に、長野はほっとした様子で胸を撫でおろした。
「長野。あっちで別のパーティが、狼の群れと戦っているみたいだけど、どうする?」
梅宮は遠くを見つめて長野に伝えた。
長野たちのパーティで、気がつくことができたのは梅宮だけだ。
索敵と遠距離からの攻撃担当といったところか。
「え? ど、どうするのが正解なんだ?」
「好きにしていいんじゃないか? 無視して先に進んでも、様子を見に行って加勢しても、様子を見に行って無視しても」
「最後のってありなの……?」
「自分たちの手に負えないならしょうがないと思う。まあ、すぐに帰還して受付さんに救援を依頼してもいいけど」
もしも窮地に陥っていたとして、助けられるならそれに越したことはない。
だけど、無理をして自分たちが怪我するか、最悪命を落とすのであれば、逃げたほうがいいからな。
それを責めることができる人なんていないのだから。
「う~ん……じゃあ、様子を見に行くか」
「その後はどうしよう……?」
「普通に狩っているだけなら、別の場所に行けばいいし、やばそうだったら助ける。手に余るようなら、帰還したというていで烏丸たちに助けてもらう」
なるほど……普段は俺たちがいないから、帰還して受付さんに救援依頼したという予行演習をしつつ、今回は俺たちが助ければいいってことだな。
わりとしっかりと判断しているようだ。長野も。
「任せなさい! この最強街道まっしぐらのシェリルが助けてあげましょう! ここの狼のボスですからね!」
「裏切られていたけどね」
「三日どころか三分天下くらいだったじゃない」
「むうぅ……お姉さま!」
「はいはい」
正論に打ちのめされたシェリルは、紫杏に泣きついた。
狼的な本能で、一番安全な場所を理解しているのかもしれない。
「仲いいな~お前ら」
◇
狼の群れの数は全然減っていない。
これは、援護が必要か? そう思ったけど、よくよく見ると探索者のほうも脱落者どころか怪我人すらいない。
ダイアウルフの群れ相手に、一進一退の攻防で持久戦を行っているようだ。
ずいぶんと戦い方が上手だな。
そう思いながら近づくと、どうやら探索者同士でもめ事が起こっているらしく、その声がこちらにも聞こえてきた。
「そこ、前に出すぎ」
「で、でも。あとちょっとで倒せるよ」
「はあ……どう見ても、そう見せかけて突出した人間を集団で襲おうとしているでしょ」
「だ、だけど……」
「手引書。読まなかった?」
「ここで持久戦なんかするよりも、倒せるうちに倒したほうが」
……氷室くんだな。
どうにも、昨日から縁があるようだ。
「烏丸。こういう場合はどうすれば……」
長野もこの状況を把握しきれずに困っている。
狼の群れは健在。しかし、夢幻の織り手たちはしっかりと狼に対処している。
狼たちの数を減らすことはできていないが、夢幻の織り手のメンバーは誰一人傷ついていない。
危なっかしさはないんだよなあ。であれば、下手に助力しないほうがいいかもな。
「お、俺はあんたの言いなりになるために、探索者になったんじゃない!」
「おい、勝手な行動は」
「俺だって【中級】探索者だ! こんな、ちまちまと戦わなくたって狼の一頭や二頭くらい倒せる!」
まずくないか?
探索者の一人が、一頭のダイアウルフに狙いを定めて攻撃をする。
だけど、こいつらの強みは群れであることだ。
あれじゃあ、群れ全体に狙ってくれと言っているようなもんだぞ。
「くたばれっ!!」
男はよろめくダイアウルフまで駆け寄ると、とどめを刺すべく武器を振るった。
しかし、あれはダイアウルフの罠だ。よろめくふりをしていただけで、狼は男の攻撃をあっさりと避けるとすぐさま反撃に移る。
それも、周囲の仲間と連携しながら……。
「なっ! ま、まって」
「ちっ……先輩。余計なことはしないでくださいね」
氷室くんは、しっかりと俺たちのことにも気づいていたらしく念を押される。
「全員攻撃をしのいで。俺はあの馬鹿を助けるから」
そう言って、氷室くんはすぐに男の元へと向かいながら、ダイアウルフの群れ全体に攻撃をしかける。
【初級】の火の魔術だけど、的確にダイアウルフが嫌がるように攻撃して、群れを分散しているな。
そして探索者から離れた相手には、さらに高火力の【中級】の火の魔術で確実に仕留めている。
う~ん……魔力の配分とか完璧だな。俺も、ああいうふうにちょうど倒せるくらいスキルを上手く使いたい。
「……ぼさっとしてないで、さっさと戻れよ」
「あ、ああ……ご、ごめ」
「早く」
氷室くんの言葉を聞いて、男は急いで仲間たちの元へと戻っていった。
「見ていただろ。言われたとおりにやらないと、今みたいなことになる」
「す、すみません……」
「俺たちは、いかに安全に効率的に魔獣を倒せるかをすべて共有している」
「はい……」
「だから、決められたことをこなすだけでいい。それさえ守れば、誰だって【中級】として活躍できるし、いずれは【上級】さえ安全に探索できるようになるよ」
それが夢幻の織り手の強みだからな。
うちというか、他の探索者たちとの違いはそこにある。
安全だけど、マニュアルというか手引書どおりの行動以外を認めていない。
百合川が言っていたように、それをつまらないと思う探索者たちもいるだろう。
だけど、探索を完全に作業というか、仕事のようにしたいのなら、夢幻の織り手に入団するのは悪くないのかもしれない。
「まあ、こういうのは単なる性格の違いだよな」
氷室くんのやり方か、俺たちのやり方か、自分の性に合っているほうを選べばいい。
だからこそ、どうにも氷室くんのやり方に合っていないのに、夢幻の織り手に加入している人たちが気になるんだよなあ……。
どうにも危なっかしく見えてしまう。
そんな彼らの背を見送りながら、俺たちは俺たちの探索に戻った。
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