第186話 隣の芝生のカリキュラム
「うっ……」
まあ、そうだよな。
夢幻の織り手が大勢いるとなると、当然氷室くんもいる。
氷室くんは少々気まずそうに、俺たちへ最低限の会釈をすると仲間を引き連れて先へ進んだ。
「別の日にするべきだったのかもな」
「いや、広いし狩場が競合するってこともないと思う」
石切場に行くか? いや、まずは普通のゴーレムと戦ってからのほうがいいか。
今回は狩りではなく、長野たちの戦い方を見せ、できるのならアドバイスをすることが目的だからな。
「さあ、行きますよ! まずはゴーレムに悪口を言うのです!」
「えっ、え? ゴーレムだぞ。そもそも魔獣に悪口言ったところで……」
「や~い。この泥団子~! でくのぼ~! もたもた歩いていたら、私のところにくるまでに日が暮れますよ!」
ゴーレムたちは、シェリルに煽られ一斉に襲いかかってきた。
音声認識の機能とかあるのかなあ?
「え、まじ? ゴーレムに悪口言って注意を引くことってできるの?」
「一番うるさいから狙われてるだけじゃないか?」
「そ、そうだよな……いや、【超級】の言うことだし、試したほうがいいのか?」
試してもいいけど、たぶんここらのゴーレムにはそんな優秀な認識機能はないぞ。
シェリルのあれは、たぶん本人の調子を上げるための儀式みたいなもんだ。
「はい、あたりませ~ん! 強度を上げるために速さを犠牲にするから、そんなにウスノロなんですよ!」
「ええと、まずは注意を引きつけて、ああいうふうに攻撃をさばくのに集中」
「いや、できるか! なんだあの動き!」
速いよなあ……。俺だって、あの動きを正面からとらえるのは骨が折れる。
だけど、そういうことを言っているんじゃない。
「そもそも、長野はシェリルみたいな高速での戦闘をするタイプじゃないだろ。要するに攻撃は忘れて防御に専念しろってことだよ」
「ははははは~! その硬さすら私の爪の前では豆腐ですけどね! もはやウスノロ泥団子! そして、私は最強に近い存在シェリル!」
「あの子……うるさいな」
「なんかごめんな。うちのシェリルが」
というか、説明してるところなので、勝手にゴーレムを倒さないでほしい。
もっと攻撃をどう回避するかとか……は、参考にならないな。
やっぱりもう倒しちゃっていいや。そうすれば静かになる。
「さ、最強……かっこいい」
おい、長野。
お前の仲間が一人シェリルに憧れそうになってるぞ。
「や、
「え、かっこいいと思うんだけど……」
「それうちの子には言わないでね。絶対調子に乗るから」
「え、お前の子なの? やっぱり北原と」
「ごめん違う。忘れろ」
しまった。ついいつもの感じで。
ちらっと紫杏のほうを見ると、ものすごくうれしそうにニコニコしていた。
それだけならいいんだけど……自分の指を舐めるな。その舌使いは、やらしいからやめなさい。
「シェリルお座り!」
「わん!」
よし、場が混乱しそうだったけど、これで初めからやり直せる。
一応、ゴーレムたちはすべて退治しているようだし、シェリルを止めても大丈夫だろ。
「教育されてんなあ……」
教育したのは、俺じゃなくて紫杏だけどな。
「ええと……長野はとりあえず、一番前でゴーレムの攻撃を防御。何体まで相手できるか見極めろ」
「お、おう」
「山吹さんは、なるべく高威力の攻撃を当てるように集中」
「は、はい!」
「百合川と
「おっけー」
「はい」
ふう、これでよし。
最初から、こうやって指示しておけばよかった。
なかなかデュトワさんや一条さんのようにはいかないな。
「ウォーターボール!」
山吹さんは水属性の魔術師か。
長野の横を通り過ぎた魔術が、ゴーレムに直撃する。
水だしボールなのに、威力はけっこう高いらしくゴーレムの装甲が凹んでしまった。
「お! なんか弱点っぽい!」
すかさず長野がダメージを負ったゴーレムの核を攻撃し、ゴーレムは機能を停止した。
「山吹! いつもより威力高かったな! あれ……もしかして、俺ごと攻撃したからか?」
んなわけあるか。
山吹さんは長野の言葉に慌てて訂正した。
「そ、そんなことないよ。ただ、周りのことを気にしないでよかったから、集中できただけで……」
「後衛として言わせてもらうけど、魔術だけに集中できるなら構築の完成度は全然変わってくるよ」
「いずれは、周囲のことも考えなきゃいけないだろうけど、今は魔術だけに集中すべきね」
そのほうが長野もやりやすいだろう。
攻撃のほとんどを山吹さんに任せてしまい、自分は耐え忍んでいれば勝利するのだから。
あれもこれもとやろうとせずに、それぞれの役割をしっかりこなしたほうが実力を発揮しやすいはずだ。
「なるほど、ちゃんと私たちがいる意味があったってことみたいね」
「今回はゴーレムが一体だけだったけど、数が増えたら百合川と梅宮くんはもっと忙しくなるぞ」
それでも、彼らはなにかをつかめたらしく、やる気に満ち溢れながらゴーレムたちを相手取るのだった。
なんとか役に立つことはできたみたいだな。
◇
「全員、ダンジョンの手引きは読んできた?」
「はい!」
まあ、当然だけど。念のために確認することも必要だ。
ここにいるのは、【中級】に昇格したばかりのうちのメンバー。
万が一にでも失敗されると困る。
……先輩に会ったことは想定外だけど、別に気にせずにいつもと同じことをすればいいだけだ。
「ゴーレムには物理攻撃は効きにくい。だから、しっかりと魔術で機動力を削いでから攻撃するように」
「はい!」
ゴーレムの行動パターンと優先して攻撃する部位は、ダンジョンの手引きに記述してある。
僕のユニークスキル【自動書記】で、知りえた情報のすべては書物に変わる。
だから、あとはそこに書かれたことをしっかりと読めば、誰だって探索者としてある程度は成功するはずなんだ。
難しいことはなにもない。優秀なスキルやステータスなんて、僕たちには必要ないんだ。
「ファイヤーボール! や、やっと倒せた……」
「はあ……はあ」
順調だ。どうやら、ここにいる全員がゴーレムを一体倒したらしい。
事前に魔術を習得するように準備させておいて正解だった。
「あ、あの……氷室さん」
「どうしたの?」
「な、なんか。【中級】って大変ですね。もっと、簡単に倒す手段ってないんですか?」
……まさか、わかっていないんだろうか。
【中級】になったばかりの探索者が、ゴーレムを一体倒したなら十分な成果だと。
「これが一番確実な方法だよ」
「で、でも、俺って魔術の適正が低いんですけど……」
「ちゃんと倒せたでしょ?」
「そ、そうですけど……」
適性が低くてもゴーレムが相手なら、魔術で攻撃したほうが効率がいい。
物理攻撃でゴーレムを相手にしようだなんて、馬鹿な真似は必要ない。
「あの! 私は、魔術適正が高いから、もう少し高威力の魔術で攻撃したほうがいいと思うんですけど!」
「必要ないよ」
「あ、えっ……」
「ちゃんと倒せたんでしょ? その高威力の魔術は、うちのメンバーではできない人だっている。みんなができないやり方に意味はないよ」
納得はしていないらしいけど、一応それ以上は何も言わないだけましか。
なぜ納得できないのか。ゴーレムとは逆に魔術が通用しにくくて、物理が通用しやすい相手のときにどうするつもりなんだか。
そのときになって、一部の優秀な探索者以外ができない無理難題ともいえる方法を提示して君は納得するの?
「……でも、やっぱり慣れない魔術よりも物理攻撃のほうが」
「ケガするだけだよ。ゴーレムに物理攻撃なんて普通は通用しない」
未練がましく、魔術よりも物理で戦いたいなんて言うやつらがちらほらと。
どうして、こうも自分のことしか考えられないんだろう。
ため息をつきそうになるのを、ぐっとこらえていると遠くから馬鹿みたいな声が聞こえてきた。
「ははははは~! その硬さすら私の爪の前では豆腐ですけどね!」
あれは先輩のパーティの……。
「や、やっぱり、強くなればあんな簡単にゴーレムを切り裂けるんだ」
頭が痛くなってくる。
強くなれるのは、ごく一部の化け物だけなのに、なんでそんなこともわからないんだろう……。
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