第185話 ペイフォワードにおける実技講座

「おりゃっ!」


 赤星が素手でゴブリンを攻撃する。

 このままでも倒すことはできるはず。なんせ、彼はボス相手でも戦えるのだから。


「【エンクハント】!」


 なので、赤星を強化するのは魔力の無駄遣いかもしれない。

 でも、このままじゃ私がなにもしなくても、このダンジョン踏破しそうだしなあ。

 スキルの練習も兼ねて、赤星を強化することにも意味はあるはず。


「よしっ! 助かったぜ。桜!」


「どういたしまして~。でも、あんたなら私のスキルでサポートする必要なかったでしょ」


「いや、手を抜けるようになった。ボスまで力は温存したいからな」


 なら、意味はあるのかな?

 というか、ボス相手のときに補助したほうがいいか?

 私の魔力も無限にあるわけではない。肝心のボス戦で魔力切れとか、馬鹿なことはしたくない。


 そんなことを考えながら先に進む。

 結論から言うと、温存なんて考えなくてよかった。


「ごめん。あれは無理」


「なるほどなあ。仲間が一緒だと、【硬化】で無理やり突き進むわけにいかないもんなあ」


 ゴブリンの数が増えていき、その上位種が現れたあたりまではよかった。

 だけど、上位種の群れは無理。

 赤星だって、すべてのゴブリンを一度に仕留められるわけじゃないから、必然的に私へもゴブリンは襲いかかる。

 ゴブリンの群れの相手はまだ早かった。そう判断した赤星は私を抱えてダンジョンを逆走した。


「足手まといになっちゃったなあ」


「そうか? 奇襲されにくくなったから、楽だったぞ」


 気を遣われて……ないな。

 こいつは裏表がないだけだ。だから、これも本心ということになる。

 だけど、もう少し役立てるようにしないとなあ。

 先輩たちは、後衛でどういう立ち回りをしているんだろう。


「よう松田。ダンジョンは踏破したのか?」


「あ? いや、まだだな。今日はこれで終わりだ」


 赤星に話しかけてきた探索者には見覚えがある。

 夢幻の織り手だ。前も赤星をメンバーとして勧誘していた。


「だから言っただろ? もう今の時代、馬鹿正直に探索するのは頭の悪いやつのすることだ」


「知らねえよ。俺、頭良くねえもん」


「桜。お前は? お前のスキル優秀な補助なんだろ。うちなら、メンバー多いし歓迎するぞ」


 うちって……すでに夢幻の織り手の一員気どりかあ。

 一体どれほど、パーティの一員として活動したというのだろう。


「私もパス。頭悪いから」


「はあ……親切で言っていたんだけどな。まあいいさ。お前らが遊んでる間に、俺はさっさと昇格でもするか」


 なんだったんだろう。


「……」


 そして、隣のこいつもなんなんだろう。

 なにを言いにくそうに、視線をあちらこちらへと向けているのか。


「なに?」


「……いや、あいつの誘いに乗らないんだなって」


「あんたもでしょ。それに、あんなのについていったら、ろくな目に遭わないだろうし」


 そこで黙られても困るんだけど……。

 私はなんだか赤星というやつが、大型犬のように見えてきてしまった。


    ◇


「烏丸~。ゴーレムが倒せないんだけど、どうすればいいんだ?」


「あれ? お前のパーティって、魔術が得意な子が加入してただろ」


「ああ、あいつなら倒せる。問題は、俺がやることがないってことだ」


 そういうことか。

 たしかに、こいつは魔力を使わない前衛だし、ゴーレム相手だと有効打がないからな。


「ゴーレムの攻撃に太刀打ちできないか?」


「え? う~ん……いや、防御に専念すればある程度は対応できるけど」


「じゃあ、攻撃を受ける役をやってみればいいんじゃないか?」


 シェリルみたいに。

 現にうちは、シェリルがいるかいないかでは、魔獣との戦闘の難易度が全然変わってくる。

 俺の提案に、少し考えるしぐさを見せるが、ぴんときていないっぽいな。


「大地」


「そうだねえ。後衛からすれば、前衛が守ってくれるだけでもかなりやりやすいよ」


「邪魔じゃないか? 攻撃もできずに、敵の近くにいたら」


 ああ、そこがシェリルとの違いか。

 シェリルの場合は機敏さが武器だから、大地や夢子が攻撃するときは逃げるしな。

 逃げずにいると、たまに大地はシェリルごと毒で巻き込むけど。


「俺が中距離から攻撃するときは、味方からは狙いを外していたし、その子に聞いてみたらいいんじゃないか?」


「そうだな。ちょっと、確認してみる」


 そう言って別のクラスに行ってしまったが、もう授業始まるぞ。


「烏丸君。おすすめのダンジョン教えて~」


「ねえねえ、木村くん。私たちボス戦までに魔力がなくなっちゃうんだけど、どうすればいいかな」


 こうして聞いてくるということは、うちのクラスというか学年は、夢幻の織り手のやり方に染まっていないみたいだな。

 だけど、一学年下は逆にほとんどが夢幻の織り手だ。

 二学年下もじきにそうなりそうだし、いずれはこちらが少数派になるんだろうなあ。


「ねえ、北原さん。彼氏もてもてだね~」


「えへへ~。私のなんだよ。うらやましいでしょ~」


「どうやれば、つかまえられるの?」


「押し倒す」


 なんか、紫杏だけは別の相談のほうが多いが、探索者同士でそういう関係に発展することも多いからだろうな。

 あと、俺は押し倒される前にお前のものになっているんだから、嘘は教えるな。


「う~ん……なあ、お前らの戦い方一回見せてくれないか?」


 うんうんとうなっていたが、どうやら実際に見たほうが早いと判断したらしい。

 と言っても、俺たちも別に誰かに教えるほど完璧というわけでは……。

 そういえば、【超級】に昇格してそこそこ経ってから、一条さんたちに頼んで一緒に探索したことあったな……。


「俺は別にかまわないけど、大地と夢子は?」


「いいんじゃない? 紫杏とシェリルは、どうせ善の言うことならなんでも聞くでしょ」


 そう思って、紫杏にはもはや確認すらしなかった。

 ……なんだよ。なんかやけににやにやしているじゃないか。長野ながののやつ。


「なんでもって、エッチなこともか?」


「こら! ごめんね烏丸。こいつすぐこういうこと言うんだから」


 紫杏がこそこそと俺の背後に隠れてしまったため、同じパーティの百合川ゆりかわが長野を叱った。

 そうと言ったわけではないが、こいつらともそれなりに長い付き合いなので、紫杏が男が苦手だと知っているのだろう。

 長野はしまったという顔をして平謝りしたが……。悪い。紫杏は下世話な話と男性恐怖症によって、お前から隠れたんじゃない。


「命令してみる?」


 俺にだけ聞こえるように、紫杏は隠れるふりをしながら耳元でささやいた。

 いや、やっぱ長野謝れ。俺に。紫杏を煽ったせいで、今晩の俺が危険じゃないか。


 大地はやれやれと首を振っていた。

 あ、そうか。耳がいいから今のやり取りも聞こえているのか。

 なんか悪いな。


    ◇


「かわいい~」


「わ、私も触ってみたいです」


 授業も終わり、各々のパーティメンバーと合流した。

 長野と百合川は、別クラスの山吹やまぶきさんという女子と、俺たちはシェリルとだ。


 そのシェリルがなんか人気だ。

 百合川と山吹さんに耳を触られているが、かわいいと言われて自慢げにしている。


「しっぽもさわっていい?」


「そこは、先生とお姉さましかだめです」


 そうなんだ。でも、俺さわったことないぞ。


「なんか気楽だなあ。こんな調子でいいのか不安になってきたんだけど」


「まだダンジョンに入ったわけでもなし、外で気を張っても疲れるだけだぞ」


 安全なところにいるのだから、そこまで警戒する必要もないだろう。

 だけど、異世界に行った場合はそうも言っていられないのかもしれないな。

 ダンジョン以外は安全だという現世界は、やはり異世界と比べると平和なのかもしれない。


「おい、あれ……」


「ニトテキアだ」


「気を抜きすぎじゃない? やっぱり、マニュアルもない旧世代ね」


 夢幻の織り手だな。本当にどこにでもいる。

 この様子だと、彼らもゴーレムダンジョンに向かっているんだろうな。

 面倒ごとがなければいいけど……。

 俺たちは、ひそひそと話す夢幻の織り手のメンバーと同じ道をしばらく歩き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る