第183話 世界の果ての未来図

「すみません。あまりご期待に応えられなくて」


「いえ、知らなかった話を聞けて助かりました」


 さすがにサキュバスの生態とかは聞けなかった。

 それに、異世界渡航の許可が下りていない今では、開示できる情報もそこまで多くないらしい。

 だけど、気になる情報を聞くことはできた。


 異世界のダンジョンでは、ドロップ品なんてものはない。

 そもそも、魔獣を倒しても死骸が魔力に変換されることはなく、こちらへ還元されること自体ないらしい。

 つまり、過剰分でのドロップどころか、魔獣を倒しても経験値なんてものは得られないのだ。

 向こうでのレベル上げ大丈夫かな……。


 それとダンジョンのギミックもないらしいが、こちらは下手な初見殺しがない分、俺たちにとってはありがたい話だ。

 しかし、こう考えると同じダンジョンといえど、現世界と異世界での事情ってけっこう違うのかもしれない。


 神崎さんに見送られて管理局を後にしながら、改めてそんな話を思い出していた。

 すると隣から息を吐くような音が聞こえた。


「はぁっ……先輩。正気ですか? よく、あれを相手に仲良くおしゃべりなんてできますね」


 氷室くんが、こちらのことを信じられないというように、呆れた視線を向けてきた。


「いや、いい人だったよ? あんなに強そうなのに、全然偉ぶったりしていないし」


「化け物ですよ。あれ」


 化け物? まさか、人間じゃないってことか!?

 もしかして、ファントムのときのように人間のふりをした悪人?

 ……いや、でもいい人だと思うんだけどなあ。


「あの人、人間だよな?」


「そういうことを言っているんじゃありません。俺たちが束になっても敵わない。そんな相手を目の前にして、よく和やかにお話なんかと言っているんです」


「紫杏で慣れてる」


「あ~……」


 というか、紫杏なら勝てないまでも互角にやり合えるんじゃないか、というのは彼氏の欲目だろうか。

 氷室くんは、頭をかきながら諦めたようにため息をついた。


「だいたい異世界なんて……」


「あれ? 氷室くんも乗り気だったじゃないか」


「あれは……。俺は、異世界なんて危険な場所興味ありません。俺たちが先輩たちより上だと証明できればそれでいいんです」


 つまり、俺たちへの対抗心から思わず言ってしまっただけと。


「俺たちのやり方が正しいということを、管理局にも先輩たちにも認めさせる。異世界への渡航許可なんて、どうでもいいんですよ」


 例の攻略本のやり方でか。

 あれは、危ないと思うんだけど……俺が言っても聞かないどころか、逆効果だろうな。


「まあまあ、お二人とも喧嘩はよくありませんよ」


「白戸先輩……」


「神崎様は、なにかしろと明確に言ったわけではありません。これからも、私たちは自分にあった道を進んでいけばいいじゃないですか」


 まあ、それはそうだな。

 結局異世界に行きたいのなら、もっと功績をあげろと言われたわけだし、今後も探索で強くなるのが最短の道だ。

 氷室くんは、ダンジョンを徹底的に調べ上げ、後に続く探索者の道しるべとなることを目指すようだし、俺たちとは根本的にやり方は違う。

 であれば、ここで平行線のままの意見を交わすことに何の意味もない。


「……俺は、認めさせてみせますよ。俺のやり方が最善だってことをね」


 白戸さんに毒気を抜かれたのか、氷室くんは苦々しくそう言って去っていった。


「すみません。白戸さん」


「いいえ、同じ新人【超級】探索者同士、仲良く……」


「私のだけど!」


 抱き寄せられた。毒気どころか精気を抜かれそうだ。


「あら、そんなつもりはなかったのですが」


 白戸さんは、紫杏の威嚇にも動じていない。

 君、紫杏をそうやってあしらえるなら、神崎さんの前で縮こまることなかったよね?


    ◇


「面白い子たちでしたね」


「……はあ。悪ふざけがすぎますよ。姉さん」


「あなたや浩一君のイチオシの探索パーティと聞きましたからね。でも、私の魔力にまるで動じないのも当然です。すぐそばにあれだけの魔力を持つ者がいるのですから」


 デュトワが、やりにくそうに困ったような表情を浮かべました。

 この人にとっては、私もデュトワもいつまでもひよっこの探索者扱いですか。

 異世界から流れ着いたデュトワを世話し続けた姉代わりでもあるので、なおさら頭も上がらないのでしょう。


「それに……なにか、別の大きな力を感じました」


「……姉さんといえど、ニトテキアに手出しはしないでほしいのですが」


「ふふ、よほどお気に入りなのですね。ええ、私も確証もなく波風を立てるつもりはありませんから」


 それはつまり……確証さえあれば、北原さんに対して強硬手段をとることも辞さないということでしょうか。

 そうなった時、私はどちらの味方をすべきなのでしょうね……。


「……トラブルの原因をどうこうするというのなら、凛々花にもう少し灸をすえてくれませんか?」


「あら、あの子私と会ってくれないんですよ。なので、他のメンバーがあの子にお説教したばかりと聞いていますが」


「あいつはルールのギリギリをつくのがうまいですから……馬鹿で変態のくせに」


 だから厄介なんですよね。

 まあ、私の手をわずらわせないのであれば、今さらとやかく言うこともないでしょう。


「そうだ、浩一。今日会った夢幻の織り手から抗議されているぞ。赤木凛々花にメンバーが何人か食われたと」


 赤木ぃ!!

 神崎さんによろしくお願いしますねと、そのまま頼まれてしまった。

 事実の追求に、違法性の確認。どうせ、また自由恋愛の範疇で手を出しているに違いないが、しっかりと裏付けは必要だ。

 ……ああ、くそ。あいつ、死なないかなという厚井さんの口癖が移ってしまいそうだ。


    ◇


「へぶしゅっ!! へっちゅ!!」


「うわぁ! ばっちい! 変態菌のせいで、ショタコンになってからロリコンになる!!」


「なに!? つまりロリとショタ、あるいはロリとロリの絡みが見れると!?」


 昨日の素材の下取りが終わったということで、俺たちは厚井さんの店を訪ねていた。

 ちょうど赤木さんもきていたのだが、突如盛大なくしゃみがシェリルを襲う。


「お姉さま~!!」


「よしよし、うちの子を汚さないでくれる?」


「す、すまなかったから、そんなに睨まないでほしいなあ……なんて」


「なにやってんだ。てめえら」


 紫杏に睨まれたじろぐ赤木さんに対し、非常に残念なものを見るような目を向けて、厚井さんはあきれ果てていた。

 杉田に至っては、下手に関わりたくないのか、完全にこちらを無視して商品を磨いている。


「ほれ、確認しろ烏丸。これでよければうちで買い取る」


 ふむふむ……提示された値段は、相場はわからないがとてつもない額だ。

 どうせ、俺はここの装備くらいでしか浪費しないし、十分すぎる。

 きっと俺と紫杏の取り分は、紫杏がコツコツ貯めている幸せ肉欲生活貯金になりそうだ。


「竜の素材で、俺たちの装備にできそうなものはありましたか?」


「そりゃあもう、できないものを探したほうが早いくらいだ。安心しろ。その金額はお前らの装備に使う素材と、加工費を引いたものだから」


 さすがは厚井さん。仕事が早くて助かる。

 ……ついでだし、厚井さんにも聞いてみようかな。


「そういえば、厚井さんって異世界に行ったことはありますか?」


「なんだ急に。ないぞ。そこまでの探索者にはならなかった」


 なれなかったではなく、ならなかったなのが厚井さんらしいというか。

 実際に、探索者一本で食っていこうと思えばできたんだろうな。


「ああ、そういうことか。お前ら、あの怖い姉ちゃんに脅されたな?」


「怖い? 神崎さんのことなら、いい人でしたよ?」


「ほう……気に入られたのか? いや、どうせお前がにぶかっただけだな。北原拳を下ろせ、けなしてない」


 振り上げていた紫杏の右手に指を絡めて下ろしてやる。

 断続的に握ってくるようになったが、別に会話に支障はないので好きにさせておこう。


「私たちも、昔神崎の姉ちゃんに異世界について話は聞いたよ。なんでも倒した魔獣が消えないんだろ? 素材取り放題とはうらやましい」


 たしかに、厚井さんや杉田からすれば、ドロップ品以外の素材を入手できるのは魅力的かもしれない。

 だけど、レベルの問題を考えると、俺にとってはむしろデメリットと言えるんだよなあ。


「向こうの人は、レベルってどうやって上げるんですかね?」


「さあなあ。そもそも、レベルが存在するのかどうか」


 なるほど、そういう考えもあるのか。

 レベルにステータスにスキルは、俺たち現世界の者には慣れ親しんだものではある。

 だけど、異世界という理が異なる場所では、もしかしたら存在さえもしないのかもしれないな。


 その辺はどうなんだろう。

 今度、現世界にきている異世界人の発言とかを、掲示板で漁ってみるか。

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