第182話 クレア先生の異世界講座

「管理局の方だったのでしょうか?」


 白戸さんの疑問に、神崎さんは柔和な笑みを浮かべながらうなずいた。


「ええ、ダンジョンの探索とともに、世界間渡航とダンジョンの管理をさせていただいています」


 とんでもないエリートだな。

 探索者としてはもちろんのこと、管理局局員としてもかなり上の立場だろう。

 そして、この人が異世界への渡航の審査をしている者の一人……。


「そんなに緊張しなくてもいいですよ。ニトテキアの皆さんにも、現聖教会の皆さんにも、いつも異変の解決でお世話になっているのはこちらなんですから」


 そうは言っても、いちいち言葉を発するたびにプレッシャーがかかる。

 本人にはそんな意識がなくても、保有する魔力量が大きすぎるためか、つい緊張してしまうのは仕方がない。

 夢幻の織り手もそれは同じらしく、新鋭と称されていた俺たちでは、まるで大人と子供ほどの差があるような気がしてきた。


 平然としていられるのは氷鰐探索隊の面々くらいか……。

 そう思っていると、思わず汗をかいてしまった手が、ぎゅっと握り締められる。

 そうか。紫杏は大丈夫なんだな。


 ……というか、紫杏のほうが魔力量多くないか?

 よし、落ち着いた。要はほぼ紫杏だ。違いは初対面かどうかというだけ。

 なら、紫杏で慣れている俺が、この程度の魔力にへこたれるというのもおかしな話だ。

 つまり、気のせいだな。


「ところで、今日はなんで呼ばれたんですか?」


 気分を切り替えて、用件を聞いてみる。

 話したいということだけど、なんだかふつうにおしゃべりって感じじゃなさそうだ。


「烏丸様!?」


「せ、先輩!?」


 白戸さんと氷室くんは、俺が普通に話し始めたからか、心底驚いているようだ。

 でも、ここで縮こまっているわけにもいかないし……。


「ちょっと……そんなずけずけと」


「善って無神経なところあるから……」


 小声で話しているが俺には聞こえているぞ。

 でも、無神経か……。たしかに、ここで緊張しているみんなは神経質っぽいもんな。

 その証拠にシェリルは眠そうにしているだけで、神崎さんに特に興味はなさそうだ。


「……デュトワさん。一条さん。たしかに、面白いですね。彼」


「そうでしょう。大物ですよ。俺たちよりもね」


 デュトワさんの敬語って珍しいな。

 さすがに、神崎さん相手となるといつもみたいな喋り方とはいかないか。

 というか、そういう使い分けできるんだな。うちの子にも見習ってほしいんだけど……。

 こくりこくりと船をこぎそうになっては必死に寝ないようにがんばるうちの子を見て、まあがんばってるしいいかと思い直す。


「失礼しました。用件でしたね。あなたたちは【超級】に昇格しました。そして、今後も目覚ましい活躍を見せてくれることでしょう」


 単に褒めてくれるための呼び出し?

 にしては、氷室くんはともかく、俺や白戸さんに対してはずいぶんと今さらじゃないか?

 【超級】になってから、もう一年は経過しているというのに。


「だからこそ、確認しておきたかったのです。あなた方が異世界へ渡航する意思があるかどうか」


「あります」


 それこそまさに俺の今日の目的と言える話だった。

 向こうから話してくれるというのであれば、それはこっちにとっても都合がいい。

 即答したことで、白戸さんや氷室くんどころか、神崎さんさえわずかに驚いているようだ。


「ずいぶんと決断が早いですね……別に今すぐに回答しなくてもいいんですよ?」


「いえ、もう決まっていますから」


 やれやれと言うように、大地と夢子は苦笑した。

 だけど、二人とも止めようとはしてこないし、俺の意見に賛成してくれている。


「お、俺だって……先輩なんかに遅れはとりません」


 う~ん……やっぱり、やけに敵視されてるなあ。

 氷室くんは初めて会ったころから、ずっとこんな感じだ。

 夢幻の織り手って、ニトテキアとは全然別のチームなんだし、そんなに敵視される理由ないんだけどなあ。


「わ、私は……あ、でも。アリシア様のお話はお聞きしたいです……」


 白戸さんもやっぱり異世界への興味はあるようだ。

 そうだよな。現世の聖女として活動していたことだし、聖女アリシア様のことは知りたいだろうな。

 結界で国を守ったとか、回復術で他国の国民をすべて治療したとか、魔獣の群れをたった一人で倒したとか。

 後に女神へと昇華したのもうなずける。そりゃ、それだけの功績があれば、異世界の人々の信仰も集まるというものだ。


「ふふ、新たな【超級】探索者たちは、元気ですね」


 子供扱いされてしまった。

 うん。今の俺たちは、異世界の話をねだっている子供みたいだ。


「はあ……もっと異世界への探求を目指してくれる探索者が、増えてほしいものですけどね」


 そう言って、神崎さんはデュトワさんと一条さんに目線を向けた。


「俺は、自分のルーツには興味がないもので」


「私は現世の探索者たちへの対応で精一杯です」


「もう……あなたたちも、何年かしたらこうなってしまうんですかね」


 しっかりと異世界への渡航を拒否する二人に困ったように笑う。

 なんだか、けっこう長い付き合いっぽいな。この二人がまるで困った子供のように扱われているのは新鮮だ。


「でも、なんでうちや現聖教会は今になって呼ばれたんですか?」


 こういう話であれば、【超級】に昇格した去年にするべきじゃないんだろうか?

 ちょっとした疑問だったのだが、俺の言葉に神崎さんは申し訳なさそうに答えた。


「ニトテキアと現聖教会が【超級】へと昇格した年は、恥ずかしながら事務作業に忙殺されていまして……後回しになってしまい、申し訳ありません」


「ああ、いえ。大丈夫です。責めてません」


 単純な疑問だったので、そんなに頭を下げられても困る。

 そして納得だ。俺たちが【超級】になった年といえば、旧現聖教会の事実上の解体や、過激派の魔族至上主義たちの調査。

 もっとさかのぼると、各ダンジョンに人工魔獣が存在しないかの確認や、各ダンジョンの管理者の素行の再調査まで行っている。


 うん、しょうがない。一昨年から去年の頭にかけて色々なことが起こりすぎたんだ。

 そう考えると、去年は平和だったなあ。


「お気遣いいただきありがとうございます。それにしても、3チームとも異世界渡航希望ですか」


「まずかったですか?」


「いえ、先ほども言いましたが、元気でいいと思いますよ。思いますが……これまでの功績は、あくまでも現世界でやっていけるかを基準にしています」


 む……これはあまりいい話ではないかもしれない。


「異世界への渡航を望むというのであれば、今後はもっと実力をつけなければいけませんね」


 やっぱりか。一条さんが前に言っていたもんな。現世界は異世界と比べたら安全だと。

 つまり、向こうのほうはこちらよりレベルが高いのだ。

 それこそ、白戸さんがアリシア様くらいのことをできなくては、やっていけないのかもしれない。

 ……それは言い過ぎか。


「今の俺たちが異世界に行くのは危険ですか」


「端的に言ってしまえばそうなりますね。管理局は世界間のトラブルを阻止すべき存在です。安心して送り出せると判断するまでは、残念ながら渡航許可を出すことはできないんです」


 まあ、そこは想定していたというか、今日許可が下りるとまでは考えていなかったからな。

 ならば今までどおりやっていくだけだ。ダンジョンを探索しながら実力をつける。

 竜だけで足りないのであれば、別のダンジョンだって踏破してやろうじゃないか。


「それじゃあ、今後も探索がんばりますから、異世界に行けそうだと判断したら呼んでください」


「ええ、きっとあなた方なら、そう遠くないうちに呼び出すことになりそうですね」


 特に落ち込んでいない俺たちを見て、神崎さんは嬉しそうに笑いながらそう言った。

 それはそうと……。


「ところで、異世界の話聞かせてもらえません?」


「ふふっ、いいですよ。今日は時間はたっぷりありますから」


 まるで子供に読み聞かせをするような神崎さんと、根掘り葉掘り質問する俺を見て、白戸さんと氷室くんにやばいやつみたいに見られてしまった。

 なんでだよ……。君らだって、さっきまで神崎さんとちゃんと話せてたじゃんか。

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