第181話 慇懃無礼をお許しください

「ほら、噂なんかするから」


「え、俺のせいか?」


 竜へのリベンジを果たしたので、まだ余裕はあるものの早めに帰路についた。

 なんか、やけに嬉しそうに気合を入れる紫杏のことは、見て見ぬふりをしておこう。

 そんな折、大勢の探索者を引き連れているパーティが向こうに見えた。


「おや、ニトテキアの先輩たちじゃないですか。お疲れ様です」


 会釈しながら話しかけてきたのは、先頭を歩いていた一年後輩の探索者。

 夢幻の織り手のリーダーである氷室ひむろゆうくんだ。


「こんにちは、氷室くん。今日はずいぶんと大所帯だな」


 後ろに引き連れている大勢の探索者を見てそう言うと、氷室くんは少し困ったように笑った。


「また新たなメンバーたちが加入しましてね。ちょうど一段落ついたので、俺たちが色々と教えているんですよ」


 また増えたのか。

 よく見ると、ここらの新人探索者だけじゃなさそうだな。

 まず、この国の者とは別の新人探索者もちらほら見えるし、国どころか種族すら多種多様だ。

 人間。亜人。獣人。魔族。種族も国籍も垣根を超えている。


 それにしても……。

 これだけの人数だからか、俺と氷室くんのことをひそひそと話す人だけでなく、完全に興味がなさそうな人たちもいる。

 ぼーっとしてる者や、暇そうにあくびをしている者。端末をいじって自分の世界に入っている者。

 ちょっと、緊張感が足りないんじゃないかと思ってしまう。

 まあ、俺と紫杏も端から見れば、似たようなものかもしれないな。


「リーダー。さっさと行きましょうよー」


「まったく……。それじゃあ失礼しますね。ああそれと、今後は同じ【超級】探索者として、よろしくお願いします」


 もう【超級】に昇格したのか。

 およそ一年。俺たちと同じくらいの速度だ。

 変な異変に巻き込まれたりしていない分、探索者としてはあちらのほうが実力があるかもしれないな。


 祝いの言葉を伝える間もなく、氷室くんは新人たちを引き連れている行ってしまった。


「なあ、あれニトテキアだろ……」


「古臭い探索者の」


「うける」


「大変な思いして探索とか」


「馬鹿だよなあ」


 いかん。

 俺はすぐにシェリルの目をふさぐように、手のひらを当てた。

 視界が急に真っ暗になったことで、吠えようとしていたシェリルはすぐさま落ち着いたようだ。


「やっぱり、危なっかしいよなあ」


「そうなったとしても自己責任でしょ。あの様子じゃ、すぐに危険な目に遭いそうだけどね」


 それが、なかなかそうでもないんだよなあ。

 たぶん、あの連中も【中級】くらいにはすぐに昇格する。

 そして、【上級】に挑んでいよいよ想定外の事態に陥るんだろう。


「ふんふん……ふんふん……」


「なにしてんだ」


 なんか手のひらの匂いをめちゃくちゃ嗅がれてる。

 臭いか? 汗臭いのか?


「先生の匂いを嗅いで落ち着いているところです!」


「あまり変なことしないようにな」


 なんだか余計なことを考えていたのが馬鹿馬鹿しくなる。

 そうだな。夢幻の織り手は夢幻の織り手だ。ニトテキアが干渉するような問題ではない。


「紫杏的にあれはセーフなの?」


「かわいいでしょ。それに、善の匂いは落ち着くっていうのはわかる」


 ……俺、変な匂いしてないよな?

 念のためこっそりとシェリルに聞いたら、お姉さまの匂いがしますと言われた。

 そして、そんな俺たちの会話を聞いていたらしい紫杏に、その晩ものすごくマーキングされた……。


    ◇


「呼び出し……?」


「そうだけど。大丈夫? なんか今日はいつもより疲れてない?」


「匂いを混ぜられた……」


「よくわからないけど、たぶん聞かないほうがいいことはわかったわ」


 上機嫌な紫杏を見て察したのか、夢子も大地もそれ以上深堀りしてこなかった。

 まあ、俺の方は平気だ。それよりも、大地が言っていた話が気になる。


「それより、管理局からの呼び出しなんて心当たりがないぞ」


「ああ、別に問題があるからってわけじゃないみたいだよ。そうそう異変とかもないし」


 それならよかった。

 てっきりなにか叱られることをしてしまったのか。そうでなければ久しぶりに異変による招集かと思ってしまった。

 よくよく考えると、管理局から一条さんを通して、大地へと連絡されたくらいだし、正式な依頼というわけでもないか。

 これでもニトテキアのリーダーなんだから、正式な依頼であれば俺に話がこないのもおかしいしな。


「ほら、竜を倒したじゃない。あれで認められたみたいよ。私たちの功績が」


「ああ、なんかもう意地で倒したけど、いい結果につながったのなら何よりだ」


「それで、【極級】パーティに会ってみないかって打診されてるみたい」


 【極級】……。それはこちらとしても、ぜひ話しておきたいパーティだ。

 探索や戦闘について学びたいという気持ちもあるが、なによりも異世界について聞いておきたい。

 なんせ、どのパーティも異世界への渡航経験があるのだから。

 現世界に3組しか存在しない【極級】は、伊達じゃないのだ。


「俺は会ってみたいかな。異世界のことを聞きたい」


「まだどのパーティか言っていないけど即決だね」


 あ、忘れてた。

 そういえば、どのパーティと会うことになるんだろう。


「聖銀の杭だってさ」


「超大御所じゃないか……」


 大丈夫かな。軽い気持ちで質問とかしても平気なんだろうか。

 いや、でも……目的のためだし、まずは会って話を聞こう。

 なんかやらかして怒られたら、そのときはそのときだ。


「でも、やっぱり話は聞きたい」


「やっぱりそうなるよね。それじゃあ、一条さんに連絡しておくよ」


「シェリルの意見は聞かなくていいのか?」


「どうせ、善の言うことならなんでも聞くでしょ」


 ……想像できてしまった。たぶん【極級】パーティに興味ないな。

 だから煽らないようにだけ注意しておかないと。

 なんでも言うこと聞くなら、お外では良い子でいてくれないかなあ……。


    ◇


「お、なんか久しぶりだなニトテキア」


「轟さん。お久しぶりです」


「大活躍みたいだね~。もう私たち追い抜かれちゃったかな?」


「いえ、まだまだですよ」


 聖銀の杭に会いに管理局を訪れると、そこには氷鰐探索隊のメンバーたちもいた。

 どうやら今回の顔見せは、俺たちだけが呼ばれていたわけではないらしい。


 俺たちニトテキア。氷鰐探索隊。現聖教会。そして……。


「どうも、先輩方」


 夢幻の織り手。

 さすがにあの大所帯ではないが、発足時の初期メンバーだけはそろっている。


 なんか、デュトワさんたち以外は、皆新鋭のパーティって感じだ。

 悪く言えば経験が浅いパーティともいえる。

 怒られこそしないが、注意喚起みたいな講習だったりして。


 それならそれで質問もしやすいかと考えていると、待たされていた部屋の中に数名の管理局員が入ってきた。

 ……強いな。魔力も高いし、綺麗に圧縮して効率よく消費しているのがわかる。

 たまに会う一般の局員さんたちとは違う。管理局のお偉いさんだろうか。


「お待たせしてすみません。聖銀の杭リーダーそして管理局渡航審査委員会の神崎かんざきクレアです」


 ……強いはずだ。まさかいきなり【極級】パーティのリーダーと会うことになるとは。

 ウェーブ気味の長い髪の一本一本にすら、よく練り上げられた魔力が込められているのを見て、俺は気を引き締めた。


 というか……【極級】に会うって話だったけど、絶対管理局として呼び出してるじゃないか!

 おのれ大地。こんな抜き打ちで異世界の話をするなんて聞いていないぞ。

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