第180話 ここから先は君の目で……とはいかず

「な、なんかすごい勢いでズドーンって!」


「ああ、ごめん。一応事前に言っておいたつもりだったんだけど……」


 対竜戦で、前回まったく攻撃が通じなかったから、上空から重力をかけて、スピードと重さで底上げしようと提案した。

 あまり理解できていなさそうだったが、返事だけはよかったので承知してくれたと思っていたのだが……。

 やはり、よくわからないままだったらしい。

 さぞかしびっくりしただろう。悪いことをしてしまった。


「楽しかったです! もう一回やってください!」


「ああ、そうなるんだ……」


 本人が喜んでいるのなら、それでいいけど……。

 常日頃、もっととんでもない軌道で敵と戦うもんな。

 さっきの程度は、シェリルにとって遊びみたいなものだったか。


「いつか、硬い敵に遭遇したらな」


 なので、次からはガンガンシェリルという杭を敵に打ち込もう。


「……? なんか寒気がします?」


「大丈夫か? 無理はよくないぞ」


 やはり、あれだけ竜相手に立ち回っていたので、本人も意識していない疲れとかが出てしまったのかもしれない。


「そんなことより、二人とも手伝ってよ~!」


「厚井さんここに呼んだほうが早いかもしれないね」


 気づけば夢子と大地は、大量のドロップ品をまとめていた。

 さすがは竜。あの巨体にふさわしい量の素材や魔導具を落としてくれた。


「牙とか爪とか鱗とか、これは……うわっと!」


「魔力袋ね。ブレスを吐いたばかりで活性化してるから危ないわよ」


「気をつける……」


 キラキラと光る袋を触ったら、中から炎が噴き出した。

 夢子が片手間で炎を制御し、紫杏が結界を張ってくれたので無傷だが、油断してたら火傷していたかもしれない。


 あと、大量の宝石やら金貨はなんなんだろう。

 これだけでも結構な価値がありそうだけど、竜といえば宝を溜め込むってことか?


「魔導具に素材に宝ねえ……これ、僕たちじゃ無理だよ。素直に厚井さん呼ぼう」


 諦めたように、大地は改めて提案した。

 俺たちじゃ価値とかわからないものも多いから仕方ないな。

 探索を続けていたことで、それなりにドロップ品の目利きもできるようになったと思ったが、まだまだわからないことは多いな。


「そうだな。全部運ぶのも面倒だし、厚井さんに連絡してみる」


    ◇


「こんな場所じゃ、慶一をよこすこともできねえじゃねえか」


「なんかすみません」


 厚井さんがいてよかった。

 よくよく考えれば、【超級】ダンジョンまで買い取りに来てくださいなんて依頼、普通は受け入れられるはずがない。

 そもそもダンジョンに入る許可が下りないからな。


「まったく……それにしても、ついに竜狩りか。うちの店の装備品のおかげだと喧伝しておいてくれ」


「言いふらす相手いないんですけど」


「お前らも後輩たちを自分の派閥に取り込めばいいじゃねえか。夢幻の織り手みたいに」


 それは、ちょっとなあ……。

 やり方が合うとか合わないとか以前に、そういう後輩たちを引き連れること自体が性に合わない。


「俺たちには向いていないので」


「だろうな。言ってみただけだ。そもそも、私はあいつらのこと好きじゃない」


 厚井さんが嫌っているのって、赤木さんだけじゃなかったんだな。


「なにかあったんですか?」


「職人が手作業で作る商品なんて、完成度にばらつきがあるから当てにならないとさ」


 う~ん……いい物しか作らないのになあ。

 でも納得だ。夢幻の織り手なら、ワンオフのオーダーメイド品よりも、大量生産された安定性の高い品を好みそうだ。


「じゃあ、アキサメの品とか好きそうですね」


「……あの野郎ども。うちの商品がアキサメの量産品以下だと!? 烏丸! うちの剣で竜を倒したと自慢してこい!」


「嫌ですよ……シェリルじゃないんだから」


 あえて煽りに行く必要はないだろう。

 彼らは彼ら、俺たちは俺たちだ。……だけど、心配だなあ。大丈夫なんだろうか。あの子たちは。


 ここにきた手間や、夢幻の織り手の話で、終始機嫌が悪そうだった厚井さんだったが、俺たちが案内したドロップ品を見るとほくほく顔で褒めてくれた。

 やっぱり職人なんだなあ。すべて余すことなく使い方を考えるようで、すっかり先の話はどうでもよくなったみたいだ。


    ◇


「気にすることないのに」


「そうなんだろうけど、さすがに加入する探索者が増えすぎてるのは、どうしても気になる」


 それも、新人の探索者ばかりが加入している。


 夢幻の織り手。

 昨年の探索者が発足した新鋭のパーティであり、俺たちより一年後輩となる。

 彼らは、優秀な探索パーティだった。


 ダンジョンの構造、地形、特性を正確に分析し、生息する魔獣も徹底的に調べ上げる。

 そうして、自分たちの力量で攻略できると判断したら、すさまじい勢いでダンジョンを踏破してしまう。

 それ自体はなにも問題ない。むしろ、とても優秀な探索パーティとして賞賛されるべきだろう。


 問題は、赤星くんを勧誘していた後輩たちが言っていた攻略本だ。

 別に夢幻の織り手がそう言ったわけではないが、通称である攻略本という呼び名のほうが今は周知されている。

 その呼び名が安っぽいことから、余計に問題につながりそうなんだ。


「ダンジョンのすべての情報を記した書物を、すべてのメンバーに配布するとはな」


「まめな性格なのかもしれないわね」


「情報の共有自体はむしろ推奨されることだけど、それ目当てに加入したメンバーにも惜しげもなく配布するのは、僕は反対だな」


 大地もそこは反対らしい。夢子もそうだし、きっとシェリルもだろう。

 だからこそ、俺たちは古いパーティ扱いされているわけだ。


 夢幻の織り手謹製のダンジョンの情報は、新しいメンバーにも渡される。

 それを頼りに新しい探索者は、いとも簡単にダンジョンを攻略し、あるいは挑戦することもなく攻略を諦める。

 すべてはその攻略本を頼りにした探索というわけだ。


 そんな方法で探索するものだから、夢幻の織り手に加入した新人たちは次々と効率的に探索を進める。

 攻略本片手に探索して成功してしまっている。

 そんな同期か後輩を見て、【初級】や【中級】の探索者は焦りを覚えないはずがない。

 結果。その探索者たちもすがってしまうのだ。攻略本に。


 あとは、どんどん夢幻の織り手のメンバーが増えていくだけ。

 危険な目に遭うこともなく、次々と昇格していくメンバーを抱えて、夢幻の織り手は巨大なパーティへと変貌していた。


 徹底したマニュアル通りの探索者。

 厚井さんに言っていたように、武器は安定性だけを求めアキサメの量産品だけを愛用する。

 当然だ。下手に威力が高くても、その場合の戦い方なんて攻略本には書いてないんだから。


 その徹底ぶりこそが、安全に確実な成果を残す探索者を量産する秘訣なんだろう。

 だけど、俺たちは探索が情報どおりに終わらないということを、よく知っている。


 本来そこに出現しないはずの、上位種の魔獣が現れることもある。

 悪意ある者の手で、ダンジョンや魔獣とは無関係に変化が起こることもある。

 そうなったときの対処方法なんて、当然攻略本には書いてないだろう。


「その攻略本で対処できないことと遭遇したら、普通の初心者たちよりも危ないと思うんだけどなあ……」


 だって、彼らは【初級】ダンジョンで危険な目に遭っていないんだ。

 だから、緊急時に逃げ帰るという体験すらしたことがない。

 新人以外の探索者は平気だろうけど、夢幻の織り手は新人を多く抱え込んでいるので、きっと多くのメンバーが混乱するだろう。


 なにかがあったときに、彼らは無事に帰還できるのだろうか……。

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