第179話 炎鱗の宿敵
最初は不完全な状態との戦いだったが、向こうがろくに動けないのにガス欠待ちのギリギリの勝利だった。
物は試しと挑んでみた結果、しっぽをまいて即座に帰還することとなった。
改めて可能な限り観察し、対策を練って挑んだが、そんなちっぽけな策は真正面から打ち破られた。
強くなったと実感するたびに、何度も挑み続けているが、いまだに一度も倒せたことはない。
それが、俺たちニトテキアと竜との因縁だ。
「お久しぶりですね。……勝機はありそうですか?」
「毎回言っているような気がしますけど、今度こそ倒したいですね」
入口には受付さんがぽつんと一人でいるだけだった。
それほどまでに、このダンジョンは挑戦者が少ない。
【超級】最強の魔獣だなんて言われているけれど、なるほど無理はないとうなずける。
「それじゃあ、そろそろ討伐しようか」
「はい! 最強の座は私たちのものです!」
意気揚々と進んでいくシェリルに続き、俺たちはダンジョンの中へと進んでいった。
◇
「今日こそはっ! 生物界最強は竜ではなく、シェリルだと書き換えさせてやります!」
人狼ですらなく自分の名を刻むのか。
一世代限りのバグ扱いされるんだろうなあ……。異世界の聖女アリシア様みたいに。
大声で竜に突っ込んでいくシェリルだが、竜もとっくにこちらに気づいているので問題はない。
きっと、シェリルなりに自分を鼓舞しているのだろう。考えなしに馬鹿発言してるわけではない。
「今のところは問題ないな」
大地の射程距離に入った時点で、竜は魔力を継続的に消耗させられるようになった。
魔力のみをすり減らしていくような、大地の毒魔法の一種の効果だ。
なんでも、小田の真綿で首をしめるような病魔法の使い方を真似たらしい。
実際に体験したけど、あれはけっこう効果的だったなんて言っていたが、竜にも効くのならいよいよ本物だな。
夢子は夢子で、シェリルに炎による強化をほどこしている。
あまり後先考えずに、ひたすらスピードを強化し続けるシェリルのために、炎魔法で補助してやっているのだ。
シェリルの燃料タンクや、速度アップのためのブースターみたいな役割と言える。
「来るわよ! 下がって!」
そしてなによりも、このブレス攻撃の対応に夢子の力は欠かせない。
竜の吐く魔力の息が炎属性であるためか、夢子はいち早くその攻撃を察知することができる。
さらに、炎の攻撃を可能な限り弱めるように、夢子の魔術で相殺してくれている。
結局、完全なサポート特化の行動になってしまったなんて言っていたが、大地と夢子の力なくして竜には勝てないだろう。
「【魔法剣:水精】【鏡究千里】【太刀筋倍加】【斬撃】」
シェリルと竜の攻撃をしっかりと観察しながら、俺も斬撃を飛ばして援護する。
結局これが一番戦いやすい布陣なのだ。
前衛はシェリルに任せ、大地が敵を弱体化させ、夢子が適宜サポートをして、俺は中距離から攻撃。
ピンチのときは、紫杏の結界と回復でなんとかしのぐ。
さすがに二年ほど続けていれば、こんな戦い方にもすっかりと慣れてしまった。
いまでは、魔の秩序にも負けない連携が取れるんじゃないか、なんて驕った考えすら浮かんでしまう。
「まだやっぱり、スキル名を言わないと頭が整理できない?」
「ああ。よく使う組み合わせとかなら問題ないけど、こっちのほうが確実ではある」
いちいち言うのが面倒ではあるのだが、一つずつ意識して行程を処理するにはこの方がいいのも事実。
しばらくは、俺一人でスキル名をやたらとつぶやくことにしよう。
「シェリルダイナマイトクロー!」
スキル名ですらない、技名っぽいのを叫ぶわんこもうちにはいるけどな。
あれはあれで、きっと技の出しやすさとかに影響するんだろう。きっと。
「うぎゃああ!!」
シェリルが爆発した。
いや、シェリルがというか、シェリルと竜のちょうど間くらいが。
まさか、本当に爆発系のスキルでも使えるようになったのか?
「馬鹿! 下がりなさい!」
「ひいぃぃん!」
泣きながらこちらに戻ってくるシェリルと入れ替わるように、俺は竜相手に剣をかまえた。
……たぶん、ちょうどシェリルの攻撃と竜のブレスがぶつかったんだろうな。
だから、両者の間で爆発が起きてしまったと。
残念ながら、シェリルダイナマイトクローは爆発技ではないみたいだ。
それはさておき、前衛のシェリルは負傷したので、一旦下がるしかない。
【再生】にせよ、紫杏の治療にせよ、完治までに時間はかかる。
その間、敵を引きつけておくのは俺の役目だ。
「【剣術:超級】【魔法剣:風精】【万象の星】【風気祭宴】」
とりあえず目指すのは、ジェネリックシェリルだ。
前衛として剣士の力を、相手の攻撃をさばくスキルを、スピードを強化するスキルを、それぞれ発動させていく。
「ギリギリだった!」
そんな俺を遠慮なく竜の牙と爪と尾の連続攻撃が襲ってくる。
なんとか回避に間に合ったが、シェリルのやつはこんな準備がなくとも、いつも軽々と回避するんだからすごいよなあ。
だけど、スキルを発動してしまえばこちらのもの。
少なくとも、シェリルが回復するまでの時間くらいなら稼いでみせよう。
「右。後ろ。これは……懐にもぐりこんだ方がよさそうだな!」
あのときスライムが真似たまがい物の竜ではない。
近づかなければ動かないなんて優しいものではなく、その巨体を十全に動かしてこちらを仕留めようとしてくる。
一発一発が恐ろしく速く重い。重いだけなら土属性で防御を固める手もあるけど、こいつ火も吐くからなあ……。
「善! ブレスは私がなんとかできる!」
ああ、そうだった。
火が厄介って話をしたから、前回から夢子がその対処に特化して鍛えてくれたんだった。
なら、劣化シェリルで危なっかしい前衛を務めるよりは、こちらに切り替えたほうがいいか。
竜の攻撃を避ける。
巨体の大振りのくせに速いし、次の攻撃がすぐに隙を消してしまう。
なので、下手にスキルを使うことさえ命取りになりかねない。
言っておくけど、俺がやられたらお前も紫杏にやられるんだからな!
そんな心の叫びが通じたのか知らないが、竜は一度俺から離れるように後方へと飛んだ。
チャンス……いや、口を開いているし口内は魔力が充実している。
一瞬だけ夢子のほうを見ると、夢子はうなずいた。
そうだな。これはやっぱりチャンスだ。
「【魔法剣:土精】【大岩甲】【天地の法】」
周囲に俺を守るように岩の塊が浮かび上がる。ただの岩ではなく、精霊の加護を得た魔力体だ。
その岩が、竜の攻撃にあわせて自動で俺を守ってくれる。
さらに、竜は体にかかった負荷のせいで思うように攻撃もできていない。
これなら、いけそうだな。
「ただいま戻りました! ついでに毒ももらったので、もう大丈夫です!」
「えっ……お仕置きされたの?」
「ち、違います! シェリルどくどくクローです! 悪い子じゃありません!」
よかった。まさか竜との戦闘中に毒を使われるほど、大地を怒らせたのかと思ってしまった。
それはともかく、シェリルの攻撃力というか、魔獣を仕留める力が上がったのなら、この攻撃の後に反撃開始だな。
「ちょっと! 善のところに行くのは、ブレスの後にしてって言ったでしょ!」
えっ……。てっきり夢子なら、俺とシェリル二人を竜のブレスから守れるから、シェリルを前衛に送ったのかと思った。
どうやら、シェリルは独断でこちらに駆け寄ってきたようだ。
……そういえば、こっちに走ってきたときに、しっぽが勢いよく動いていたような。
「もう! あとで毒だからね!」
竜が大きく開いた口から、暴力的なまでの魔力の奔流が炎に変化して俺とシェリルを包み込む。
夢子の叫び声の直後、俺とシェリルは紫杏の結界で守られた。
その結界に、夢子は自身の魔力を上乗せし、炎への耐性を高めてくれたらしい。
前回俺たちを敗走させた竜のブレスは、見事に防ぎきることができそうだ。
「そろそろブレスが終わる。足場を作るから、あいつの脳天を突き刺してしまえ」
「はいっ! 串刺しにしてやります!」
徐々に炎の勢いが弱まっていく。
あまり焦って動くと、俺たちを守ってくれている紫杏と夢子に負担がかかるから、攻撃の切れ目を見計らわないとな。
もう少し……よし、このタイミングだ。
「【隕星】」
竜に向かって岩の塊が無数に降り注ぐ。
隕石のスキルとか絶対強いと思ったのに、前回竜が涼しい顔で受け止めていたスキルだ。
だけど、シェリルならこれを足場にしてあいつの頭上をとることができるはず。
「ほっ! よいしょっ! ははははっ! 見下ろしてやりました!」
うん。さすがの身のこなしだな。俺には真似できそうもない。
あとは竜の脳天めがけて、シェリルの毒爪を突き刺してしまえば、いかな竜とはいえダメージは大きいだろう。
「【天地の法】」
「おっ、おおっ、おぉぉ~~っ!? シェ、シェリルフォール!」
スキルで重力を強めてやると、シェリルの爪は竜の頭に吸い込まれるように突き刺さった。
よし、これもうれしい結果だ。前回はシェリルの爪も俺の剣も、竜の硬い体には通じなかったからな。
「ぐっ、ぐぎゃああっっ!!!」
竜が大きな咆哮をあげると、その場に倒れてしまった。
どうやら、シェリルと大地の連携技は、思っていた以上に竜に有効だったようだ。
これで前回の雪辱は晴らせたな。
体の一部が魔力と化し霧散していく竜を見て、俺は安堵の息をついた。
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