第178話 かわいげのある方の後輩たち
「そろそろスキルも整理できた?」
「う~ん。まあ、ある程度は。少なくとも昨日みたいに、考えすぎて初動が遅れるってことはなくなるはずだ」
「となると、いよいよあいつに再挑戦かしら?」
夢子も大地も思うところがあったらしい。
一昨年に苦戦していたティムールは、もう問題なく倒せる。
だけど、同じく一昨年にその力の片鱗を味わったはずのそいつのことは、いまだに倒せずにいるのだ。
「竜って強いんだよなあ……」
「でも、そろそろ戦っておきたいね。数は多くないみたいだけど、異世界に普通にいるみたいだし」
一応異世界の竜は言葉が通じるから、早々戦闘に発展するってことはないと思いたい。
しかし、戦った経験があるかないかでは大違いだ。ついでに、勝利したという経験も。
「避けては通れない……こともないけど、それくらい倒せないと目標には届かなそうだな」
別に竜を倒せたから異世界に行けるわけではない。
そりゃ評価もされるだろうが、他のダンジョンの踏破や異変の解決でもそれは補える。
なので、これはなかば俺たちの意地のようなものだ。
「丸々一年鍛えたことだし、やるか。竜退治」
案外簡単に倒せたりしてな。
なんていうのは楽観か慢心に思われるかもしれないが、気負いすぎたくないというのが一番の理由かもしれない。
◇
「あっ! 烏丸先輩。お疲れ様です!」
俺を発見するやいなや、深々と赤い頭を下げる男の子がいた。
男の子と言っても、俺より背が高いしガタイはいいけどな。
それはそうと……。
「いや、そんなかしこまらなくていいって、赤星くん」
「いえっ! 烏丸先輩のおかげで、調子に乗って失敗する前に気づけましたから!」
なんか昨日の探索から別人のようになったな。この子。
隣にいるのは、やはり昨日一緒にダンジョンに行った後輩の女の子だ。
帰り際にパーティを組みそうな雰囲気だったが、どうやらその通りになったらしい。
「二人は今日から探索? 油断してると危険だけど、張り詰めすぎると疲れるからほどほどにね」
基本的には、こちらに敵意のある魔獣を感知してから身構えればいい。
それ以外で気を張り続けても、無駄に疲れるだけでなにも得しないからな。
「あ、ありがとうございます……」
女の子はこちらに頭を下げているが、なんだか今の時点で緊張しているような気がする。
まあ、危なくなったら赤星くんが守るだろう。
なんせ、ボスを一匹倒せるほどの実力者なわけだし。
「お~い! 松田~!」
っと、どうやらこの後輩たちに用があるようだ。
赤星くんと同じく、俺たちの二年後輩である生徒が名前を呼びながら近づいてくる。
「なんだよ……今、先輩と話を」
「そんなことより、いい加減意地張ってないでお前も俺たちと一緒にこいって」
「だから、それは前に断っただろうが」
言葉を中断されたからか、以前から断り続けているという話だからか、赤星くんは不機嫌そうに答えた。
「というか、今となってはてめえらの話がどこまで本当かなんか疑わしいもんだ。烏丸先輩ちゃんと強かったじゃねえか」
……どうやら、赤星くんが昨日俺に絡んできたのは、彼らに俺の評価を聞いたかららしい。
だめだぞ。ちゃんと噂が本当かどうか、確かめてから行動しないと。
俺は別にいいけど、ダンジョンの情報とかだったら危険な目に遭う原因だからな。
「でも、時代遅れなことには変わらないだろ」
本人を前に好き勝手言ってくれるなあ……。
赤星くんと話している男子生徒を見る。ああ、やっぱりあった。どおりで時代遅れだなんて揶揄されるわけだ。
蜘蛛の巣のようなデザインのエンブレム。
どうやら、彼もまた夢幻の織り手の一員のようだ。
「攻略本なんて作ってるようなパーティには入らねえ。ゲームじゃねえんだぞ」
「そっちこそ、わざわざ危険を冒してまで探索するつもりかよ。ゲームじゃないんだぞ」
これはなあ……。どっちの言い分もわからなくはない。
だからこそ、現時点ではこの問題は解決できていないし、問題があるとわかるとしたら、それは大きな事故が発生したときだ。
俺の手には余る。その辺は管理局や、ダンジョンの管理者たちがなんとかする問題だ。
「なんか立て込んでいるみたいだし、俺たちはもう行くね」
「あっ、はい! すみませんでした!」
赤星くんは、頭を深々と下げる。
そこまで礼儀正しくする必要はないんだけど、無理やり止めるほどでもないし別にいいか。
夢幻の織り手か……。
現に成功しているんだよなあ。あの方法で。
◇
「あっ、先生! お姉さま!」
「せんせー。おねえさまー」
「せんせー」
「おねえさまー」
「……なんかいっぱいいる」
シェリルと合流した。
しかし、今日のシェリルは一人ではなかった。
出会って三年目のシェリルではあるが、どうやら種族としての成長速度の問題らしく、まだまだ見た目は幼い。
そんなシェリルよりもさらに幼い。もはや幼児では? と思うほどの獣人たちが、シェリルの後ろでわちゃわちゃしていた。
「返してきなさい。うちでは飼えないわよ」
夢子はすぐに諭そうとするも、心外だと言わんばかりにシェリルが口を開いた。
「な、なにを言うんですか! この子たちは、最強種を討伐するであろう人狼である私を尊敬している後輩です!」
修飾語長いな。
それはそうと、後輩ってことは、この子たちももしかして探索者?
「君たち探索者なの?」
「たんさくしゃですー」
「つよいですー」
「がんばりますー」
大丈夫か? 獣人だから戦えるんだろうけど、まだ幼くない?
そもそも、何歳なんだ。一応俺たちと数年しか差がないのか?
「シェリルって、ユニークスキルで魔族になったわけじゃないよな?」
「はい! 私は大地と夢子と同じで、現世界に移住した魔族の子孫です!」
異種族同士が交わると、基本的にはどちらかの種族として子が産まれる。
そして、残念ながら人間の遺伝子は弱いのか、魔族との子供は原則魔族となるらしい。
「俺と紫杏の子供は魔族になりそうだな……」
「えっ!? 赤ちゃんが欲しいの!? よしっ! 私がんばるから!」
「あ、口に出てた……。違うからいったん落ち着いてくれ」
紫杏をなだめつつ、シェリルの後輩たちを改めて見る。
どう見ても幼い。ということは、この子たちも後天的な獣人ではなく、獣人の子孫なのかもしれない。
だけどなあ……。獣人として、すでに探索できる年齢なのかもしれないが、さすがにこの子たちを連れて竜退治は。
「それで、シェリルはその子たちを巻き込んで探索するってこと?」
「そんな危険なことするわけないじゃないですか! 後輩たちに、先生とお姉さまを紹介しただけです!」
ああ、そうなの? よかった。それなら、色々と考えずにすむ。
危険だから俺たちと探索はできないと諭す手間は不要だったみたいだ。
「というわけです! 後輩たちよ。強い私とはここでお別れです! あなたたちも気を付けて探索してください!」
「はーい」
「わかりましたー」
「さよならですー」
なんか、視界がワンワンしている。
狼の魔族と、狼の獣人と犬の獣人と狐の獣人。イヌ科だらけの空間なので、男神様が喜びそうだ。
「シェリルも、先輩になったんだなあ……」
しみじみとつぶやくと、紫杏が手を握ってきた。
「さみしいなら、本当に作っちゃう?」
「いや……そういうわけじゃ」
というか、シェリルは別に俺たちの子じゃないぞ。流されてはいけない。
「ま~た。いちゃついてる……」
うん。ごめんね。慣れてくれるとうれしい。
さて、気を緩められるのはここまでだ。
「それじゃあ、気を引き締めて行くとしよう。竜退治」
「……はあ。ちゃんと切り替えができてるから、怒るに怒れない」
竜退治と聞いて興奮するシェリルを引き連れ、俺たちはドラゴンダンジョンへと向かった。
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