第184話 しぼりとる
「はははは。商売が下手だな薫子は」
「はあ? なんだ急に」
俺たちの話を聞いていたらしく、赤木さんが急に高笑いをした。
厚井さんにも心当たりはないらしく、赤木さんのいつもの奇行を処理しようとしている。
「あるじゃないか。少年たちの欲している魔導具が」
そう言って赤木さんが手に取ったのは、手のひらサイズの立方体?
なんだろうあれ。装備品ではないよな。魔道具と言っていたけど、どうやって使うんだ?
「あ~……そういやあったな。そんなものが。お前しか買わないし、使い道がないから忘れてた」
「いやいや、これで案外役に立つんだ。用途を自分で決められるのは、なかなか助かるよ」
「なんなんですか? その箱?」
二人に尋ねてみると、赤木さんが仰々しく解説をしてくれた。
「これは、魔力を貯蔵できる魔導具さ!」
「魔力を……?」
「うむ。ダンジョン内で魔獣を倒したときに、黒い煙のようなものが見えるだろ? ようはあれを貯めておける」
「はあ」
貯められるんだあれって。でも、そんなことしたら経験値もドロップ品もなくなってしまうんじゃないか?
「あ~! 微妙な魔導具だと思ってるだろ! たしかに、経験値とドロップと引き返さ。だけど、自分に注入して経験値として糧にできるし、なによりも戦闘中の予備魔力にできるんだ。すごいだろ!」
「なるほど……用途を決められるっていうのは、そういうことですか。吸収するはずの経験値を魔力のまま持っておいて、戦闘に使うことも、経験値にすることもできると」
これ、いいんじゃないか?
あとは、異世界の魔獣にも使えるかが問題だけど、それはさすがに現地で試すしかない。
値段も高いわけではないし、いくつか買っておこう。
「言っておくが、それを経由したら効率が最悪になるからな? 結局はダンジョンに任せて経験値とドロップ品にしたほうがいいという結論に至ると思うぞ。ダンジョンの標準的な機能の下位互換でしかねえよ。そんなもの」
「厚井さん。これ十個くらいください」
「……烏丸。お前詐欺とかの被害に遭わないように気をつけろよ?」
「失敬な! まるで私がペテン師のようではないか」
厚井さんにとっては、商品が売れるからいいことのはずだけど、それ以上に心配されてしまった。
別にいいんだ。これは、ちゃんと必要なものだから、無駄遣いとかではないはず……。
◇
「というわけで、昨日買った魔導具を試してみたい」
「まあ、異世界でレベルが上がらないんだとしたら、効率が最悪だろうとないよりましだからね」
そう。大地が良いことを言った。
ゼロだとさすがにどうしようもないが、わずかでも経験値を得られるのなら、いつかはレベルだって上がるはずだ。
それに、異世界で紫杏のサキュバスとしての生態の問題が解決したら、紫杏はもう俺から精気を吸わずにすむ。
そうなれば、異世界でもレベルを上げ放題になるじゃないか。
「……なんか見当はずれな皮算用をしている気がする」
「奇遇ね。私もそんなふうに見えたわ」
何を言う。たった今、俺が完璧な展望を組み立てたというのに。
なあ、紫杏。紫杏?
なんで、そんなにがしっと力を込めて俺の腕をつかんでいるんだ。
「どうした? 紫杏」
「食欲と愛は別だから」
「……」
「別だから」
「はい……」
さて……できるだけ精気を吸われずに、紫杏を満足させる方法を考えるか。
「むぐっ!」
「あ~あ。サキュバスが怒ってる」
「ちゃんと責任とりなさいよ」
「私はなにも見てません!」
怒りながら舌を入れてくるのやめてくれません?
せめて、怒るかキスするかのどちらかに……おい、ちょっと待て。
精気を吸うのはずるいぞ!
サキュバスに拘束された俺は、口から精気を貪られ続けた。
すぐ近くにいるのに仲間は、誰一人として助けてくれなかった……。
◇
「……というわけで、レベルも1になったことだし、魔導具の実験をしま~す」
「投げやりだね」
そうだ。もうどうとでもなれという感じだ。
レベルが1の状態だから、経験値効率も検証しやすいしちょうどいい。
「あ、夜の分のレベルも貯めておいてね」
「はい……」
この腹ペコめ。まだ吸うのか。
つまみ食いみたいなもんだったのかもしれないが、レベルが1になっていることからわかるとおり、すごい吸われ方だったのに……。
まあいいさ。脱力感とかはないから、紫杏も一応手加減してくれていたようだからな。
「とりあえず、適当に魔獣を倒すだろ」
遠距離から、魔術でちょっかいをかけて魔獣を釣り出す。
こちらに迫ってきた魔獣を適当に剣術で倒す。
倒れた魔獣に向かって、箱の魔導具を近づけてみる。
すると、魔獣が消滅する際に現れる黒い煙は、箱の中にどんどん吸い込まれていった。
「お~、たしかに魔力が入っているし、俺に経験値は還元されていない」
レベルが1なので、もしも俺に経験値が還元していたら、俺のレベルは上がっているはずだ。
そうならないということは、この魔導具はしっかりと魔力を吸収しているということになる。
さすがは、厚井さんが開発した魔導具だ。
「機能自体は問題ないみたいね」
「うん。さすがは厚井さんが造っただけはあるね」
「問題は、経験値効率が最低っていうところだけど、さてどうなっているか」
所有者である俺の魔力をキーにすることで、吸収した魔力を引き出す。
今回は俺自身の経験値にするために、俺に譲渡するようなイメージをすると、魔導具が勝手に魔力を変換してくれた。
やはり便利だ……。
「うん? もう終わりか」
魔導具の中の魔力が枯渇したことがわかった。
つまり、さっき倒した魔獣から得た魔力を使いきったということなのだが……。
「スライムを倒したときのほうが、まだ経験値が多かったかもしれない」
「それは、ずいぶんと効率が悪いね」
うん。さすがは厚井さん。効率最悪という自身の作品に対する見立ても間違ってなんかいない。
そうか~。ゴーレム一体が、スライム一体以下の経験値になるほどの変換効率か~。
「これは、現世界では使用しないほうがいいかもな」
「どおりで買い手がいないと言うわけだよ。あの変態は、これのどこを気に入ったんだか……」
赤木さん以外買わないのも理解できる。
だけど、経験値はたしかに得られたのも事実。
なので、これは異世界に行くときに持っていくとしよう。
決して無駄遣いではないのだ。
「先生! いいことを思いつきました!」
シェリルが元気よく手をあげて発言する。
この中で一番魔力の操作とかには縁がないが、だからこそ意外と良い案が思い浮かんだのかもしれない。
「先生の代わりに、この箱に込めた魔力をお姉さまが吸えばいいんじゃないですか!?」
「……なるほど」
たしかに、毎晩俺の精気を与えているが、それは紫杏が俺以外の男の精気を吸えないからだ。
まあ、俺以外の男の精気を吸うなんて絶対に嫌だけど。
そして、魔獣から魔力を吸ったときも、気持ちが悪いと言っていたので、あれ以来極力魔獣とも戦っていない。
だから、毎晩あんな手段で紫杏に精気を吸わせていたわけだが……俺が稼いだ魔力をこの箱に吸収させればいいじゃないか。
そうすれば、紫杏もこの箱の中に込めた俺の魔力を吸うことができる。
「いひゃいです! お、おねえしゃま! な、なんれれすか!」
「変なこと言っちゃだめだよ?」
「へ、へんなことって……」
「わかった?」
「は、はい……」
俺が考えている間に、紫杏がシェリルのほおをひっぱっていた。
目は笑っているけど、怒っているのは誰の目にも明らかだ。
「善」
「な、なんだ?」
「その箱に魔力を込めたら、魔力の量が減っちゃうからもったいないよ。今までどおり精気をちょうだい?」
「……そうだな。そうする」
紫杏の言うことも一理ある。
だから、これは決して紫杏の機嫌を取るために、俺が意見を変えたというわけではない。
その晩の紫杏の精気の吸い方はとても乱暴だったが、そんなことを怖がっているわけではないのだ……。
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