第176話 上限 青天井の好感度
なんか悪いことしたなあ……。
スキルを、戦い方を、一年ほど鍛え続けた結果。どうにもスキルが把握できなくなってきた。
なので、有効な組み合わせ。使えるスキルと使えないスキル。そのあたりを最近では考え続けるようになってしまっていた。
その結果、俺に絡んできていたらしい後輩を無視し、怒らせてしまっていたらしい。
いや、悪い癖とはわかっているんだけど、なかなか治せなくて。
生返事みたいな感じで対応したのは反省する。
絡んできたと言ってもかわいいものだ。悪口というよりは自分のほうが上だと言う発言だし。
手を出してこないのも偉い。
俺が探索者になった年に会ったやつらは、そんなものじゃなかったからな!
お前らのことだぞ。樋道。ファントム。コロニースライム……はまあいいとして、観月。
そいつらに比べたら、この子……ええと、赤星くんでいいか。
赤星くんは全然まともだ。しつけ前のシェリル男版みたいなもんだろ。
「……なんだよ。それ」
ほら、ちゃんと戦力差を分析できる。
そしてこちらに無謀な戦いなんて挑もうとしない。
「習得したスキル……なんだけど、最近整理できてなくて」
「意味わかんねえ……」
うん。俺の戦い方は参考にならないから、やめておいたほうがいいぞ。
「でも、赤星くんのユニークスキルもすごかったな。まだレベルもステータスも低いはずなのに、ボスの攻撃を無効化できるなんて」
「そうだろ!? ほら見ろ! なにが、守るしか能のない糞スキルだ!」
あ~……そういうことか。
ユニークスキルは十人十色。中にはハズレのようなものもあるし、なんなら紫杏みたいに望んでいないものすらある。
なので、他人のユニークスキルをけなすなんて普通はしてはいけない。
だが、たまにそういう暗黙の了解を守らないやつはいるんだよなあ。
「いや、初めての探索でボスを倒せるなら十分すぎる強スキルだろ」
「だよなあ! なんだ、あんた話がよくわかるじゃねえか!」
ああ、この子たぶんアホの子だ。
俺、そういうのには慣れてるぞ。なんせ、アホの先輩だし。
「あの~……」
おずおずと、赤星くんに連れてこられた……いや、途中から自分で進んでついてきたか。
とにかく、俺たちに巻き込まれた女の子が質問する。
「さっきのは魔術なんですか?」
「魔術系のスキルと剣士系のスキルと補助系のスキルの複合だね」
「ええ……ころころ転職するのはやめろって、言われましたけど」
「だから真似しないようにね」
「ええ……」
もしもこれで二人が俺の真似なんかしようものなら、俺のせいで探索中に大けがしかねない。
なので、しっかりとくぎを刺しておく。
「学校で教わっている通り、原則として一つの職業を極めたほうが強くなるから。悪い先輩の真似はしないように」
「……いや、あんた強いだろ」
「そういえば……なんか、ステータス全然別物になってません? もしかして、普段は隠しているんですか?」
「まあ……そんな感じ」
レベルが上がったせいだ。ボスコボルトといえど、あれだけの数をレベル1で倒すと、さすがにレベルも上がる。
そして、明日には最愛の人に捧げて、またレベルは1になる。
なので、俺のステータスはころころと変動するので、深く考えてはいけない。
「あと……なんで、あんなにボスがいたんですか? もしかして、私たちがダンジョンに入れないことと関係が」
「鋭いな。今ダンジョンはちょっとした異変が発生しているんだ」
そう……。また、なんだ。
「異変? そんな話聞いていませんけど」
「君たちが探索を開始するころには、解決する予定だからね。明日は初心者ダンジョンで、明後日から【初級】だろ?」
「はあ……そうですけど。えっ、二日で解決するような異変なんですか!?」
まあ、今回の異変は黒幕とかいなかったし、対処法もすでに確立したからな。
原因は簡単。【初級】ダンジョンの魔力が過剰に発生しすぎた。
これはどうやら、近年の探索者たちが優秀すぎたせいであり、その関係のちょっとした別問題で、【初級】に通う探索者が減少したためらしい。
ダンジョン内の魔獣を倒す者が減り、ダンジョンの魔力が蓄積し続けた結果、通常の魔獣ではなくボスが大量発生したのだ。
ならどうするか。
増えたなら減らせばいい。そんな脳筋極まりない方法を試してみると、これがなかなかどうしてうまくいってしまった。
結果、【中級】以上の探索者たちは複数人で、【上級】以上の探索者たちは一人で、担当となったダンジョンのボスを一掃することになった。
今ごろ大地たちも、担当のダンジョンを回ってボス退治に勤しんでいることだろう。
「今、みんなで解決に向けて動いているから大丈夫」
なので、新人探索者たちは心配せずに、今後は異変が解決したダンジョンを探索してほしい。
「あんた……怖いな」
「ええ……心外な。そんなこと初めて言われた」
なんだか大人しくなってしまった赤星くんに、なんとも不当な評価をされた。
大地や怒ったときの紫杏ならともかく、俺は穏便にすませるタイプだろ。
「弱いふりして、実力の底がわかんねえ……いや、うだうだ言ってもしょうがないか」
赤星くんはそう言うと、こちらの目をしっかりと見て口を開いた。
「悪かった。烏丸先輩。俺の負けだ」
ほら、ちょっと増長……というか、自分を強く見せようとしていただけの良い子じゃないか。
「ああ、赤星くんも強かったぞ」
俺の言葉に、赤星くんはたぶん照れていた。
言っちゃ悪いが、目つきが鋭くて怒っているように見えるので、本当のところはわからない。
「おい。そっちのお前」
「なによ……」
「お前も悪かったな。俺のわがままにつきあわせて、パーティの件は忘れてくれ」
もうそんな話までしていたのか。
ソロではなく、最初からパーティを組むとは、なかなかやる気まんまんな探索者みたいだな。
「嫌。あんたが強いことはわかったから、私はあんたを利用して探索することにしたから」
「はあ!?」
「私、後衛。あんた壁。おっけー?」
……なんか、ちゃっかりした女の子だなあ。
だけど、赤星くんもまんざらではないらしいし、わりといいコンビ、もといパーティになるんじゃないか?
最初は厄介なことに巻き込まれたかと思ったが、結果だけ見ればなんともほほえましくも、将来が期待できるパーティの誕生に立ち会えたようだ。
「私と善ほど抜群な相性じゃないけどね!」
「それは当然」
紫杏の耳元でささやく。
「二年間も精気を吸われてるしな」
一日たりとも欠かさずにだ。俺、がんばったなあ……。
「褒めてあげようか? 膝の上とベッドの上どっちがいい?」
「後輩がいるんだから、家に帰ってからな」
「ベッドね! やったー!」
いや、違う……。
どうやら、今日も根こそぎ吸いつくされることは確定のようだ。
ん……? 大量発生したボスを倒したからか、普通のコボルトが湧くようになったみたいだな。
周囲の魔力が集まり、魔獣の誕生特有の密度と構築を感じ取る。
ボスは倒し終わったし、放っておいてもいいんだけど……二人とも気づいてないな。これは。
二人の近くに出現したコボルトたちは、すぐさま赤星くんと女の子を敵と認識して襲いかかろうとした。
……が、俺の攻撃のほうが速い。コボルトたちは空中でみじん切りになって消滅した。
「俺たちは悪い見本だから。ダンジョンではあまり気を抜かないよう気を付けてね」
いちゃついてるのは否定しないが、俺と紫杏はこう見えて気は抜いていない。
なので、悪い見本というのは少し違うけど、後輩や新人に真似してほしくないのはたしかだ。
「あ……ありがと……ございます」
「は、速えぇ……」
どうやら二人とも、ここが危険な場所ってことをちゃんと思い出してくれたらしい。
その後はしっかりと周囲を警戒しながら、俺たちは帰還した。
結晶を使ってもよかったけど、どうせだし入口に戻るまで付き合おう。
面倒見ると決めたから、あと少しくらいつきあっても問題ないだろう。
入口に戻った二人は、緊張から気疲れしていたみたいだけど、どことなく成長しているようにも見えるのだった。
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