第173話 青い鳥の再探索

「マンティコアと戦ったときのように連携できるといいんだけど、それはそれとしてやっぱり地力もあげたいな」


「正直な話。善はもう十分技術を磨けているんじゃないかな?」


 一条さんたちのお世話になった翌日、改めて方針を決めることにしていると大地にそう言われた。

 技術……赤木さんほどではないが、あれは例外だ。

 松山さんたちのような連携も、少しずつだけどできているという自負はある。


「だから、もうそろそろレベルだけを上げてもいいんじゃない?」


 いつのまにか、次の段階に入っていたということか。

 忌避していたレベルとステータスだけに頼る探索者。

 そうならないためにと、どうやら石橋を叩きすぎてしまっていたようだ。


「そう、だな。これからは戦い方とかではなく、最初のころのようにスキルを鍛えてみるか」


「そうそう。私たちは、逆に技術が必要みたいだけどね……」


 夢子が言っているのは、氷鰐みたいな近距離でも遠距離でも戦える魔術師を目指す場合だろう。

 たしかに、今までは完全に遠距離特化だったので、あれを真似るとなると近距離での戦い方を身につけないといけない。


「一条さんたちみたいな戦い方にするのか? 無理に真似る必要はないって、あの人たちも言ってたけど」


「どっちにしろ、最低限の身のこなしくらいはできるようになっておきたいかな」


「善はスキルを鍛える。私たちは近接戦での対応力を鍛える。シェリルは……なんか適当にやるでしょ。きっと」


 放任主義だなあ。

 でも、シェリルなら下手にこうしろと言われると反発しそうだ。

 案外夢子の対応が最適解だったりするのかもしれない。


    ◇


「というわけで、闘士になった」


「噂が本当なら身体能力を強化するスキルを習得するだろうけど、良いスキルなのか悪いスキルなのかは習得してからわかるね」


「まあ、最低限でもステータスが向上するならハズレってことはないだろうさ」


 俺の場合はハズレだったら、次のスキルを習得すればいいしな。

 器用貧乏になるのは問題だが、常に効果があるスキルは邪魔になることは決していないだろう。


「それじゃあ、始めるよ」


「ああ、頼んだ」


 大地がおもむろに魔術を構築する。

 今回は規模が大きければ大きいほどいいので、時間をかけてできうる限りの魔術を発動するようだ。


「シェリル。そろそろ」


「いいでしょう! 速くなった私なら、もはや猪程度翻弄してあげましょう! 猟犬のごとく!」


 猟犬はたぶん翻弄しないけど、やってほしいことはグランドタスクをなるべく近くにまとめるなので、訂正するべきか迷う。

 迷っている間にシェリルは颯爽と、グランドタスクたちを威嚇しながら追い回した。


「犬っぽさが増してない?」


「大地。集中して……」


 俺もそう思ったけど、大地はどうかシェリルに気を取られずに魔術を構築してほしい。

 呆れるような夢子の言葉に、大地は再び魔術の準備にとりかかった。


「あはははは! そんな遅かったでしたっけ!? もはや猪ではなく、食べられるだけの豚にすぎませんね!」


「シェリル。魔術を使うから危ないよ」


 ちょうどいい量のグランドタスクが集まったので、大地が麻痺させるべく魔術を発動する。

 シェリルはちょっと興奮気味だな。これは、大地の言葉が耳に届いていなさそうだ。


「もういいや」


「ははは、はっ!? お、おのれ……だい……」


 成功したようだ。グランドタスクたちは、みな大地の毒にかかり麻痺している。

 その場に倒れてしまっているので、あとは煮るなり焼くなりこちらの自由だ。


「じゃあ、各自適当に倒してレベルを上げよ~」


 紫杏の気の抜けた掛け声で、俺たちはグランドタスクの各個撃破を開始した。

 以前大地に提案された内容そのままだ。あらかじめ麻痺させておくことで、逃がすこともなく一方的に狩り続ける。

 技術も経験もなにも得るものはないが、撃破時の魔力は経験値としてたしかに蓄積される。

 ほんと、なにを経験してるんだろう……。そんなはりぼてのようなレベル上げだが、そろそろ実行してもいいだろうというのが俺たちの見解だ。


「最初はさすがに硬いか……」


「毒いる?」


「火貸そうか?」


「いや、大丈夫だ」


 過保護。というか、ずいぶんと気軽に言うな。

 闘士のスキルは【拳術】だった。残念ながら今の俺には使いこなせないが、【剣術】を失ったわけではないので、そちらを使った方が速い。

 ということで、今までの積み重ねによるスキルを駆使して、猪の解体作業に取り掛かる。


「そっちはそっちで、大変そうだな」


「まずは慣れないとね。けっこう先が長そうだよ……」


 大地と夢子は、俺と違って動くグランドタスクを相手にしている。

 と言っても、あの馬鹿みたいな速さではなく、ある程度は動きが鈍るように大地が麻痺で調整しているらしい。


「シェリルの動きでも真似てみる?」


「真似れる部分あるかなあ」


 そう言いながらも、大地はしっかりとシェリルの動きを観察していた。

 目が回りそうな速さで動いているくせに、しっかりと回避と攻撃と煽りをこなしている。

 風の精霊の力を得てから、うちでは一番安定した強さなんじゃないかとすら思えるほどだ。


「うん。どうやら最初が間違えていたね」


「空間把握能力の取得からね」


 大地も夢子もなにかをつかんだらしく、それでいて互いに言葉をかわさずとも言いたいことはわかっているようだ。

 空間把握能力か……。たしかに、速すぎる動きの対処には身体能力だけでなく、見たり聞いたり魔力を感知したり、なんらかの手段で状況を把握できないとついていけないんだよなあ。

 俺も紫杏を真似た魔力感知で、ようやく自分のスピードに慣れたし。


「僕は耳」


「私は目ね」


「どうせなら、石崎の真似事とかしてみようか」


 二人はそれぞれ自信がある五感で、周囲の状況を判断しようとしているようだ。

 石崎の真似ってことは、もしかして大地は聴覚を夢子は視覚を互いに強化するってことか?


「ほら、僕たちばかりにかまけていてもしょうがないよ」


「ああ、そうだった」


 大地の言葉にふと我に返り、俺は倒れた猪の解体に戻るのだった。


    ◇


「たしかに、全体的に近接戦闘でのステータスが上がってるな」


 レベルは75。一心不乱に猪を解体することで、習得したスキルによりステータスが強化された。


「【ウォーリアマスタリー】だっけ? 一応噂は本当だったわけね」


「でも、たしかにステータスは気持ち程度の増加だなあ」


 噂通りにスキルを習得できたのはいいが、残念ながらその評判は悪い方の噂が正しかったようだ。

 ないよりマシ。このレベル帯で習得されても遅すぎる。その程度のステータス増加。

 でも、まあ最初に考えたように無駄ではない。今は切り替えて残りの猪を倒してしまおう。


「このレベルになってくると、さすがに速いな」


 目的は達成したので、残りはますます作業的に行っていく。

 動けない猪を剣で斬る。剣で斬る。剣で……。


「お、レベル上がった」


 あれ? 当たり前のようにレベルアップしたことがわかった。

 というのも、ステータスが強化されたという実感があったからだ。

 おかしいな。普段はレベルが少し上がっても、気のせい程度しかステータスは上がらないのに。


「どうしたの~?」


 気になってステータスを確認してみる。

 紫杏もそれを覗いてくるが、俺のステータスが気になるというよりは、俺にくっついていたいだけっぽい。

 頭がちょっと重いから、その双丘を乗せるのやめなさい。


「う~ん、わからん。紫杏、ちょっと俺のステータス一緒に覚えておいてくれ」


「任された~!」


 後ろからぎゅっと力を入れて抱きつかれる。

 これが了承の合図らしい。悪いがまた猪狩りに戻るから、紫杏を堪能するのは後だ。


「このストイックめ!」


「必死だよ。俺を誘惑するんじゃないサキュバスめ」


「え~、照れるなあ」


 どこに照れた? まあいい。かわいいからすべて許す。

 とりあえず、残りの猪を倒すとしよう。


 何匹かの猪を倒し続ける。目標はレベルが1上がるまで。

 さっき倒した数からすると、そろそろ上がりそうなはずだが……。


「上がった」


 やっぱり、レベルが上がったことがすぐにわかった。

 それだけステータスが上昇しているという実感があるためだ。


「どれどれ」


 当然のように、先ほど同様の体勢で俺のステータスを覗くんだな。

 そして夜の思う存分搾り取るんだ。これがサキュバスの力か、恐ろしい。


「さっきのステータスとの差分を考えると、いつもの倍くらいステータス増えてないか?」


「そうだねえ。一気に2レベル分のステータスが増えてお得だね!」


 これでわかった。

 どうやら、掲示板の噂はどちらも正しかったようだな。

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