第174話 基礎工事の終わりに
「つまり、レベル上昇時のステータスの増減を増やすと」
「そういうことだろうな。だから、今さらもらっても仕方がないダメなスキルとも、有用なスキルとも言われているんだろう」
「習得したレベルは75だっけ? そこまでのレベルなら、無理にレベルを上げ続ける人は一握りでしょうね」
1レベル上げるだけで、2レベル分のステータス上昇をするので、間違いなく有用なスキルだろう。
だけど、それを習得するのが遅すぎるという意見も理解できる。
夢子の言うとおり、このレベル帯になると探索者としては成功してる人ばかりだ。
無理に強くなるよりも、日々の探索での稼ぎで十分すぎるということもあり、これ以上は無理してレベルを上げようと思わない人も多い。
「でも、善がそれを習得したとなると話が変わってきそうだね」
「ああ、明日の俺は倍強いぞ」
予測が当たっていれば、きっとこのスキルは俺にとって簡易版の適応力になりうるスキルとなるだろう。
「だから、ちょっと転職してくる」
「せわしないなあ……まあ、魔術系のほうも一緒に習得したい気持ちはわかるけど」
どうせなら、前衛としてのステータスだけでなく、後衛としてのステータスの強化もしたいという欲が出てきた。
役所とダンジョンの往復に、大地たちをつき合わせるのも悪いので、俺は紫杏を連れて一度ダンジョンから帰還することにした。
「紫杏。ちゃんと見張っておきなさいよ」
「ふっ、いつだって見つめ続けていますとも」
「なんか違うなあ……」
笑顔で俺の手を取った紫杏は、機嫌よくダンジョンの外へと出ていった。
転移してすぐに受付さんと目が合う。べったりと俺にくっついた紫杏を特に気にすることもなく、仲がいいですねなんて流されるまでになってしまった。
休憩所にいた他の探索者の方々も、なんだまたあいつらかと言うくらいで、すぐにまた元の話題に戻っている。
なんか、ダンジョン界隈の人たちも、学校の関係者のように俺たちに慣れてきたみたいだ。
それとも、今は俺たち以上に目立つ人がそこにいるからだろうか……。
「赤木さん。今度はなにしたんですか……」
「おお、少年! 助けてくれ! 私は無実だ!」
「そんなわけないでしょ~。烏丸くんに迷惑かけたら、サブリーダー呼んで凍らせちゃうからね?」
ほんと、なにしたんだよ。この人……。
その場にいる人たちの興味は、氷鰐探索隊と赤木さんにあった。
厳密には、春日さんと轟さんとデュトワさんに捕縛された赤木さんにだ。
「ほらほら、後輩に情けないとか見せんじゃねえよ。さっさと管理局行くぞ。どうせすぐ釈放されるだろうけど、叱られてこい」
「なぜだ! 合意だったじゃないか! 不幸な少年を愛してあげることの何が悪い!」
「愛の種類が問題なんだよね~」
「あとは手段も問題だ」
「問題しかないな。お前」
ああ、なんとなく理解した。
つまりそういうことだ。この人、俺たちといるときはそこまでではないから忘れがちだが、ほぼ犯罪者だった。
おそらく、また少年を食べたのだろう……。
無理やりではない。被害者であるはずの少年は、むしろ赤木さんに罪はないと懇願する。
そして、赤木さんという優秀な人材は、今後も役立つので手放したくない。
ということで、管理局も毎度お説教をして赤木さんの罪を極限まで軽くしているらしい。
ひと昔、というか大昔は大問題だっただろう。
人間しかこの世界にいなかったときは、たしか成人の年齢って高かったはずだし。
だけど、今は違う。種族ごとに成人扱いの年齢もまちまちということもあり、互いの合意があるというのであれば、それはあくまで恋愛の延長だ。
そうじゃなきゃ、短命種と長命種の夫婦の間で子供が産まれなくなってしまうからな。
「少年! 私悪くないよな!?」
「たちが悪いと思います」
「その通り。罪にならないギリギリのラインを攻めようとするなって話だ」
轟さんの言葉を最後に、赤木さんはデュトワさんに担がれて連れていかれてしまった。
「おのれトカゲ! 私は爬虫類でも大歓迎だからな!」
「うわあ……ぞわっとした」
デュトワさんが、危うく赤木さんを落としそうになった。
よっぽど今の発言が嫌だったんだろうな。見た目じゃわからないが、鳥肌がたっていそうだ。
「……じゃあ、俺たちも行くか」
「ええ!? 愛し合うってこと?」
「転職だよ……」
頼むから、あの人にだけは影響されないでくれ……。
◇
「でもよかったね~」
「なにがだ?」
役所で無事に転職をすませ魔術師になったのでダンジョンの戻ると、紫杏がふとそんなことを言った。
「赤木さん大変な状況だったから、善が剣士をやめたことに気づいてなかったみたいだし」
「ああ……たしかに、気づかれたら泣かれそうだ」
あの人、俺のことを超一流の剣士として育てたがっている節があったからなあ。
捕まってよかったということになるのか? いや、なんだこの考え。
捕縛されたことを喜ぶ知人ができるとは思わなかった……。
……気を取り直して、大地たちと合流しよう。
「なんか疲れてない? 大丈夫? 変なのに絡まれ……たら、紫杏がなんとかするか」
「妻ですから!」
「まだ違うって……」
魔獣相手に戦っていた自分たちよりも疲れた俺を見て、大地は不思議そうに尋ねてきた。
事情を説明するにつれて、大地と夢子は俺と同じくなんとも言えない表情へと変わっていく。
ああ、俺ってこんな顔してるのか。
「変態じゃないですか。檻に入れましょう」
「自由恋愛を裁くのは難しいからなあ……」
珍しくまともなことを言うシェリルだが、こればかりはまだまだ法の整備の問題で俺たちが口出しできることじゃないな。
「まあ、犯罪者のことは忘れよう。それより、善は猪の解体作業に戻るんでしょ?」
「俺は探索者だったはずなんだけど……」
間違って、そういう業者に転職したんだろうか。
いや、助かるんだけどね。しっかりと準備してくれていた大地に感謝しつつ、俺はレベル上げを行うのだった。
◇
「やっぱり、こっちもレベル75の習得だったな」
「今度は【マジックマスタリー】ね。名前からすると、レベルアップ時の魔術系のステータス上昇かしら」
「たぶんそうだろうな。一応確かめてみるけど」
何匹か猪を倒し続ける。そういや、肉もずいぶんと集まったな。
高級品って話だったから換金してもいいんだけど、これだけ一度に売ろうとすると市場を破壊して、変な恨みを買いそうだ。
「よし、確認できた。やっぱりレベルアップしたときに、魔術系ステータスの伸び幅が倍になってる」
「物理も魔術も備えたパーフェクト先生ですね!」
「じゃあ、これで準備はできたってわけだ」
そういうことになる。シェリルの言葉に対してじゃなくて、大地の言葉に対してだぞ?
このスキルが真価を発揮するのは明日以降だ。
紫杏に精気を捧げ、レベルが1に戻ってから再度レベルを上げる。
そうした場合の俺のステータスがどう変化するか、今から楽しみになってきた……。
「……これは、私との夜を楽しみにしてるってこと!? 興奮してきた。よし、気合入れよう」
「捕食者の目」
「肉食系よね~……」
他人事かもしれないけど、せめてもう少し心配してほしいな……。
しかし、夜のことはともかく、転職によるスキルの強化。このあたりも一度見直すべきだということはわかった。
思えば松山さんも、わざわざピクシーダンジョンに潜って初心に帰っていたが、初心に帰るって大事だな。
なんだか、久しぶりに色々と検証したくなってきたぞ。
……決して、夜の負担への現実逃避なんかではない。
「善。ちゃんと覚悟しておかないと、紫杏はたぶん本気だよ?」
……現実逃避も時には必要なんだ!
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