第172話 氷と鱗に反射する年季の違い
「お手間を取らせました」
「いえ、俺たちはいいので一条さんこそ休んだ方がいいですよ」
観月との戦いも過去の話となり、【超級】に挑んだり、【上級】に戻ったりを繰り返す日々。
一条さんに観月のことで話があると呼び出された。
「休みはようやく取れそうですね……なんとも、後味の悪い結末で事件の幕は閉じたので」
どういう意味だろう?
観月はすでに監獄へ送られることになったと聞いた。
一条さんたちの努力により、観月とつながっていた魔族も芋づる式に悪事が暴かれ、ようやく事件が終息したはずなのだが。
浮かない顔をして、後味が悪いと言った一条さんが気になった。
「観月新の死亡が確認されました」
「えっ……」
「処遇が決まって自殺したってこと?」
突然の発言に言葉が詰まっている俺の代わりに、大地が一条さんへ確認する。
自殺……そんなやつには見えなかったが、はたして。
「管理局が観月新を監獄へ移動させている途中で、管理局の目を盗んで観月新が脱走したようです。発見された観月新は、ダンジョンでマンティコアの集団に襲われ死亡していました」
転移したが、その先で魔獣に襲われてしまったということか……。
なんだか、あっけないというか情けないというか、いっそ同情してしまいそうな終わりだ。
「か、管理局はなにをしてやがるんですか!!」
シェリルが声を荒げるのも無理はない。さすがに、ミスという言葉だけでは片付けられない問題だろう。
「観月のスキルのことは、管理局に伝わっていなかったんですか?」
「いえ……常に監視されながらの移動と聞いています」
「なら、なんで……」
「わずかな時間ですが、その場にいた観月以外の者の意識が完全になくなっていたそうです」
まさか、観月のやつ奥の手みたいなものでも仕込んでいたのか?
【ゲート】を使用するまでのわずかな時間さえ稼げれば、あいつは容易に逃走が可能だ。
しかし、その結果がダンジョンでの死亡事故だなんて、よほど焦っていたのかもしれない。
「今日は、ニトテキアの皆さんに、その事実を共有しておきたかったのです」
どのみち後でニュースとかで知ることになるだろうから、先んじて教えてくれたというとこだろう。
そうか……。あいつマンティコアにやられたのか。
一歩間違えれば、俺自身が同じ結末をたどっていたかもしれない。
それを避けるためにも、やっぱり俺の強化は考え直さないとな。
「一条さん。お願いがあります」
「なんでしょうか? あなたたちの頼みであれば、可能な限り答えたくはありますが」
「前衛が少ないパーティでの立ち回りを、指南してもらえませんか?」
赤木さんには一旦剣士でいることをやめるとは言ったものの、パーティのバランスを考えると簡単には変更できなかった。
【初級】のころならともかく、今のダンジョンで下手にスタイルを変えると事故が起こりそうだったからな。
だけど、今のままずるずると探索しても仕方ない。
思い切って転職しようと思ったのだ。
そうなると前衛の数が減ることになるので、一条さんたちのパーティに教えを請うことにした。
魔術で戦う探索者が多いと聞いているため、きっとなにか参考にできることはあるはずだ。
「それはかまいませんが……うっとうしいですよ?」
「ええと……個性的な人には慣れているので」
まさか、全員が全員シェリルや赤木さんみたいに、にぎやかな人たちってこともないだろう。
なら大丈夫だ。シェリルなら三人までは平気だし、赤木さんは一人までなら我慢できる。
ということで、俺たちは改めて都合のつく日に、デュトワさん率いるパーティと合同で探索をすることにした。
◇
「あなたたちがニトテキアだね! やっと会わせてもらえたよ~!」
明るく親しみやすい声でややオーバーなリアクションをする女性は、
一見幼いようにも見えるが、しっかりと大人の女性らしさもあり、かわいらしい女性といった印象だ。
「私は?」
「一番かわいい」
「へへ~」
「いつもデュトワと浩一が世話になっているな。おかげでデュトワのおかしな行動と浩一の疲労が、三割ほど軽減されている気がするよ」
一条さんとは別のタイプのイケメンなお兄さんは、
この人もどちらかと言うと、とっつきやすい感じの人みたいで、なんとなく一条さんとは正反対に見える。
「おかしな行動……どういうことだ? ゴボウ」
「ゴボウ?」
食べ物の? なんで急にそんな話を?
もしかして、デュトワさんお腹がすいてるのかな。
「……一応、俺のあだ名だな。デュトワが間違えて俺の名前を、ごうぼうと読んだのが切っ掛けだ」
ああ、轟さんのあだ名なのか。
それにしても、本人たちが納得しているのならいいけど、変わったあだ名だなあ。
「それで、私たちの戦い方を知りたいんだよな? 浩一から名前はよく聞くけど、魔術師なのか?」
厚井さんを思い出させるよな喋り方の女性が、
だけどこの人はドワーフというわけでなく、そういう性格だからこその口調のようだ。
そして、氷鰐探索隊は顔審査があるのかと思えるほど、この人もまた美人で、かっこいい系の女性という感じだな。
「私は?」
「一番美人」
「もう。まいっちゃうな~」
「……というか、俺の心の声と会話するのやめてくれない?」
そんなスキルないよね?
サキュバスって、心を読めるわけじゃないよね?
「う~ん……普通だったら、まだ学生で新人だからと、遊び気分やデート感覚で探索するなと注意するんだけど、君らそういうわけじゃないな」
すみません。ダンジョンの中ではかまってあげられないから、せめてこういうときにかまってあげたいんです。
「ああ、特にそっちの子と戦えと言われたら逃げたくなるよ。私は」
「面白いだろ」
デュトワさんは腕を組みながらうなずいた。
とりあえず、第一印象はそんなに悪くなかったと思ってよさそうかな?
これで全員か。やっぱり多すぎると連携やら、人間関係やらが大変そうだし、五人前後のパーティになることが多いようだ。
現聖教会も昔は大人数の統率されたパーティが、聖女である白戸さんの加護を得て進軍する感じだったけど、今は数名のパーティに落ち着いたしな。
「今日はよろしくお願いします」
顔合わせもすんだため、俺たちは改めて氷鰐探索隊の皆さんに頭を下げてから、ダンジョンの内部へと進んでいった。
◇
「……え、あんな感じなの?」
「らしいね。なるほど……善よりも僕たちのほうが苦労しそうだ」
慣れているということで、マンティコアたちの群れへと挑むことにした。
いつの間にか、練習台のような扱いになっているマンティコアたちは不憫だが、人が死んだばかりなので油断なんてできやしない。
そんな魔獣相手に、氷鰐探索隊は連携して戦うのだが、その動きが俺たちの想定とはずいぶんと異なっていた。
「でも、私のほうが速いですよ!」
ふんっと鼻を鳴らすが、そもそも比較していること自体が問題なのだ。
この人たち……全員魔術師なのに、前衛としてなんら遜色ない戦い方だ。
「とまあ、こんな感じかな~。近かったら速さ重視で、遠かったらどか~んと大技! どの距離でも有利に戦えると楽だよ~?」
そりゃあ楽だろうけど……。
すべてが得意な距離とか、魔獣からしたらたまったものじゃないだろうな。
そして、先ほど大地と夢子が言っていたことにつながる。
氷鰐探索隊は魔術師なのに、前衛と後衛のハイブリッドみたいな探索者の集団だ。
シェリルほどでないにせよ、攻撃はかわすわ、逸らすわ、受け止めるわ、的確にさばいていた。
そして、状況に応じて使用する魔術を的確に判断して、速さと威力のどちらを重視するか、完璧に使い分けていた。
「ニトテキアの戦い方も見せてもらったが、俺たちに一番近いのは烏丸だな。近距離も遠距離も剣一つで戦えている。それに、剣に魔術をまとわせているのもデュトワみたいだ」
「デュトワさん。槍に冷気をまとわせて戦いますからね」
となると、この人たちの戦い方を一番参考にすべきは俺だろうな。
「木村くんと細川さんは、遠距離の固定砲台になっているな。最低限、敵の攻撃を対処できるのなら、その路線でも問題ないんじゃないか?」
大地と夢子は、今後どうするべきか迷っているようだ。
う~ん……俺が前衛をやめようとしているせいだとしたら、二人に迷惑をかけてしまっているな。
「シェリルちゃんは、攻撃手段がちょっととぼしいかな~?」
「必殺技ですね! シェリルストームというのはどうでしょう?」
「えっ……うん。かわいいね」
大丈夫か? その必殺技ちゃんと実在する?
「北原さんは……難しいですね。すでにかなりの使い手のようですし」
「魔力は十分、というか俺たち以上。反応速度も、範囲も、結界の強度も、申し分なしか……」
「私たちよりも、美希ちゃんに聞いた方がいいかもしれないねー」
紫杏が褒められた。なんかうれしい。
それはそうと白戸さんか。たしかに、同じ結界の使い手ならそちらに習った方がいいかもしれないな。
「ともかく、あくまで参考程度にするのがいいと思いますよ? 私たちの戦い方からなにか得られるのであればよし。このやり方があわないというのであれば、それを知っているというだけでも、いざというときに無茶はしなくてすみます」
たしかに、いざというときにこの人たちの戦い方を真似ようとして失敗したら、余計に状況が悪化しそうだもんな。
一条さんの言葉で締めくくって、俺たちは改めて今後どんな戦い方をすべきか考えることにした。
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