第170話 遠い昔に見つけた人生
「たぶん、こうして俺を殺そうとしていることは、隠蔽できているんだろう」
「そうとも、たかだか君程度を殺したくらいで、僕が捕まるのも馬鹿馬鹿しいからね」
いや、殺人は重罪だろ。
馬鹿馬鹿しいとかじゃなくて、そこはちゃんと法の下に裁かれろよ。
まあいい。今回はそんなこいつの考えが裏目に出ているのだから。
「だからこそ、なるべく魔獣に殺させようとゴーレムやマンティコアを転移させた」
「そのとおり。いくら倒されようと追加すればいいだけさ」
観月はまだ余裕のある態度を崩さない。
たしかに、マンティコアを無尽蔵に呼び出せるとなれば、さっきまでの俺ならどうしようもなかった。
だけど、今は違う。他ならぬお前のおかげでだ。
「残念だったな。そのせいで、俺は最初よりもかなりレベルが上がっているぞ」
「……はあ。マンティコアを倒すたびに上がる程度には、君のレベルが低かったってことだろ。それで、僕を上回ったとでも?」
観月は再び【ゲート】のスキルを使用するために、腕から魔力を放出し渦を形成した。
数秒後には【ゲート】が完成して、そこから大量の魔獣を転移させるだろう。
「やらせるかよ」
みすみすそれを許すわけにはいかない。
俺は地面を蹴って、観月に向かって接近した。
「はははは! まさか、僕を直接止められるとでも? 君が動くより先に……ぎゃああっ!!」
手のひらを剣で突き刺した。
ダメだったら引っこ抜いてから手首を斬ろうと思っていたが、どうやら痛みのせいか魔法剣と【ゲート】の魔力が干渉したためか、観月のスキルは中断された。
そうか。ならいけるな。斬れば止まるなら、もうどうにでもなる。
「な……なんだ。なんなんだよお前!」
観月は俺から距離を取ろうとするが、再び接近して剣を振り下ろす。
斬ってもいいのだが、余裕もあるし気絶させることにしよう。
ということで、俺は土属性へと魔法剣を変換して、斬るというより殴るように剣を叩きつけた。
「ぐえぇぇっ!!」
……難しいな。どこを殴れば気絶するのかわからない。
対人戦でそんなことを意識したことないからな。
「悪いけど早く気絶しないと痛いぞ」
腹はだめだったから、今度は首のあたりをこう、すとんっと殴ってみよう。
「は、速っ! ぐわっ!!」
タフだな。さすがは【超級】探索者。簡単には倒れないという事か。
それに殴られてからの反応も速くなってきている。
俺に吹き飛ばされたことで距離が取れたため、反撃のためにスキルを使用している。
「別に呼ばれても問題ないけど、追加の魔獣を相手にするのは面倒なんだ」
渦が拡がる前に、観月の腕を叩き伏せようとするが、観月の口元が歪んだ。
「馬鹿がっ! このサイズなら、発動を邪魔されることもないんだよっ!」
まだ魔獣も人間も飲み込めないサイズの【ゲート】だ。
観月は、その【ゲート】を誰かを呼ぶためではなく、俺の攻撃を妨害するために使用した。
剣は顔めがけて横なぎに振っていたので、このままでは観月が顔の前に作った【ゲート】目掛けて振りぬいてしまう。
そうなると、おそらく俺の剣を飲み込んで転移させるのだろう。
転移先は俺の後頭部に作られたこちらの【ゲート】だな……。
じゃあ、軌道を変えるか。
横なぎに振るっていた剣に力を込める。
無理やり止めることになったため、攻撃したとき以上の腕力と魔力を要求されるが、力づくで剣の軌道を変更する。
別の軌道を描いて再度顔に迫る剣を見て、観月はやや遅れてから目を丸くして驚いていた。
「な、なんで、ぶぎゃっっ!!」
顔への打撃をもろに受け、観月は後方へと飛んでいき壁に頭を打ち付けた。
そのまま仰向けに倒れてしまい、もはやこちらに抵抗できる状態ではなさそうだ。
「く、くるなっ!」
それでも、遠くにいたらまた【ゲート】を使われそうで面倒だ。
そう思って、観月の方へ向かって歩いていくと、怯えたように叫ばれた。
「な、なんでだ! マンティコア相手に、死にかけていたやつが、なんで急に僕を圧倒するほどの強さになっているんだ!」
それなあ……。ちょっと言いづらいんだけど、全部お前のおかげなんだ。
「言っただろ。ゴーレムとマンティコアを何匹も倒してレベルが上がったって」
「そ、そんなの……大したレベルじゃないはずだろ!」
そうだな。俺のレベルはきっと観月よりも低い。
なんなら、魔の秩序の人たちよりも低いと思う。
「ここ、【初級】ダンジョンだろ」
俺と観月の戦闘を見て敵わないと思ったのか、隅の方に逃げて様子を伺っている大柄なゴブリンの姿には見覚えがある。
俺と紫杏がまだ二人で探索していたころ、探索者になりたてのころに踏破したゴブリンダンジョンのボスだ。
「そ、それがなんだっていうんだ! お前のことを、【初級】で死んだみじめな探索者にしてやろうと!」
「俺、【初級】ダンジョンでは、めちゃくちゃ強くなるから。そうだなあ、きっと普段の5倍ぐらい」
久しぶりの【環境適応力:ダンジョンLv5】の効果は、やはり素晴らしく頼りになるものだった。
それも、【中級】や【上級】の魔獣を倒して、レベルも上がった後では、かつての上がり幅とは比べ物にならない。
「ふ、ふざけんな……! そんな馬鹿な話あるはずないだろ!」
あるんだよなあ……。
そう言いながらも、観月は再び魔力を手のひらに収束させていた。
諦めの悪いやつというよりかは、抜け目ないやつだな。
こういうしぶとさが、【超級】探索者としてやっていくコツの一つなのかもしれない。
まあ、スキルを発動されても困るし、先に攻撃しておくか。
「っつうう!!」
そう願ったからか、【魔法剣:土】はすでに完全な鈍器になっていた。
もはや魔法剣どころか物理剣ですらない。
だけど、その威力はたいしたもので、観月のスキルを中断させることに成功する。
「俺はお前を殺す気はないし、これで気絶してくれると助かるんだけど……」
「ううっ……くっ! その程度の覚悟しかないのか! 所詮は矮小な人間だな!」
あ、ちょうどいい位置だ。
うずくまる観月の頭を目掛けて、俺は魔法剣という名の鈍器を振り下ろす。
打ちどころが良かったらしく、観月はついに意識を失いその場に倒れてしまった。
「嫌だよ。お前なんかの命を背負うの。俺の人生は紫杏のためにあるんだから」
◇
「本当にこんな場所にいるんですか!?」
「ああ、少年のおいしそうな剣気を感じた!」
この人もう妖怪のたぐいなんじゃないかな……。剣気を貪るとかそういう感じの。
だけど、手掛かりがない以上は、この人の言葉を信じて進むしかない。
たどり着いた場所はゴブリンダンジョン。別の【上級】ダンジョンですらない、こんな場所に本当に善がいるのか。
半信半疑どころか、かなりの疑いを持って進んでいたけど、受付も休憩所も誰もいないことに気がついた。
……おかしい。ダンジョンが開放されているのなら、少なくとも受付か管理人がいるはずだ。
つまり、異常事態だ。そして、赤木さんのおぞましい探知能力が本当であれば、この異常は観月のしわざだろう。
ここで善に危害を加えるために、監視者を排除したということだ。
「善!」
紫杏が叫びながら、ダンジョンの中へと向かおうとする。
すると、休憩所の奥のほうから誰かがやってくる気配がした。
受付か管理人を排除したやつか!?
「うわっ! なんでみんなして俺のトイレのお出迎えを……」
……手をハンカチで拭きながら、のんきに歩いてきたのはうちのリーダーだった。
なんか僕、一条さんの気持ちが少しわかった気がする……。
「この、馬鹿リーダー……」
力が抜けてその場にへたり込みそうになりながら、なんとか口にできたのはそんな言葉だけだった。
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