第169話 素晴らしき敗北マニュアル
「あははははは! 惨めなもんだね!」
複数の魔獣相手に、なりふり構わず回避行動を取る俺がよほど面白かったんだろう。
観月は声を大にして笑っていた。
そんなふうに騒ぐものだから、マンティコアのうちの何匹かは観月に襲いかかろうとするも、俺の方向へと転移させられる。
これがまた厄介だ。自分に襲いかかるマンティコアだけでなく、観月に向かったやつまで注意しないといけないなんて。
「だいたい渦の中に馬鹿正直に突っ込むなよな。ちょっと横に移動すれば、そのまま観月に攻撃できるだろ」
俺は速さが足りない。マンティコアは知能が足りない。
現状、観月の【ゲート】を対応する手段は、持ち合わせていないということだ。
「っ! 考える時間すらくれないか!」
俺の体めがけて、マンティコアの大きな顔が噛みつこうと迫ってくる。
顔だけは人なので牙とかがない分、あれに噛みつかれると余計に痛そうだな。
痛い以前に、当然致命傷は免れないので、無理をしてでも回避する。
回避した先で、別のマンティコアの爪が襲いかかってきた。
これは……完全には避けられないから、せめて背中で受ける。
浅いとは言えないが、行動不能になるほどの傷ではない。
くそ、痛いなあ……。大勢で寄ってたかって、ひどいやつらだ。
「休ませろっての!」
観月に向かっていったマンティコアが、渦を通り抜けて俺に突撃してきた。
土属性の魔法剣で受け止めるも、数が多すぎて押し切られてしまう。
背中が壁に打ち付けられ、その場に崩れそうになる。
やばっ……こんな無防備な体勢じゃ、さすがに避けることができない。
顔を噛みつかれそうになったので、とっさにスキルを消費する。
「【板金鎧】!」
ああ、これで緊急時の防御まで切ってしまった。
このままじゃジリ貧だな。この数と観月を相手に保つかはわからないが、一か八かで攻めるしかない。
「頼むぞ~……少しでも長持ちしてくれよ。【剣術】!」
もう後のことを考えてる余裕はない。
出し惜しみせずに、この場を全力で切り抜けるために、久しぶりに全開で【剣術】を使用する。
「【魔法剣:火】! 【斬撃】!」
数が多いなら広範囲を攻撃するまでだ。
初めから、ダンジョンの魔力を惜しみなく消費して、剣にまとう炎を膨れ上がらせる。
今回は圧縮はしない。巨大な炎の塊ごと斬撃で飛ばして、とにかく多くのマンティコアに攻撃をしかける。
まだあいつらは反応していない。
今の状態では、俺のほうがこの場にいる誰よりも速い。
こちらの攻撃に対処される前に、魔力を吸ってからの攻撃を繰り返す。
「ああ、くそっ! やりすぎた!」
加減している余裕などなかったから仕方がないが、自身の攻撃で周囲の様子が見えなくなる。
目による情報の取得を放棄して、魔力の感知に切り替えると反応こそ弱々しくなっているが、マンティコアがまだ健在であることがわかった。
「せめてもう少し耐久力が低かったら、よかったんだけどな!」
泣き言とともに、攻撃を繰り返すが観月らしき魔力反応が動いた。
……こいつ、また【ゲート】を使ってやがる。
そちらに攻撃を飛ばしたいが、そんなことをしてマンティコアたちを仕留め損なうのも問題だ。
残された時間も少ない。ここは、確実にマンティコアをなんとかしないと。
ほとんどの魔獣には、大きなダメージを与えている。
動けなくなったやつに、戦意を失ったやつ、こちらへの負担はぐっと少なくなった。
だけど、あくまでもほとんどであり全てではない。
隣で仲間がやられているというのに、動けるやつらは怯むことなく襲いかかってくる。
魔力も集中力も温存しない。する余裕がない。
ほんの少しだけ脳と魔力の負荷が減ったのは、おそらくマンティコアを倒してレベルが上がったから。
そうか、ステータスが上がったらその分、魔力や脳への負担も楽になるんだな。
「でも、完全回復には程遠いんだよなあ……」
だましだまし対処するも、いよいよ終わりが見えてくる。
今この場にいるマンティコアを倒すのはなんとか間に合うだろう。
だけど、追加で魔獣を転移させられたら……いよいよ、まずいことになりそうだ。
だから、その前にこいつらを蹴散らして、できることならば観月を倒さないといけない。
◇
「はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えな状態だが、ひとまずの窮地は切り抜けた。
最低限はなんとかなったが、問題は観月が健在であることだ。
「へえ、大したもんだ。最低限の戦う力は、持ち合わせていたんだね」
ああ、くそっ! 案の定間に合わなかったか。
こちらは【剣術】を無理して使ったせいで、脳を休めないといけない。
無茶な動きで魔力が足りなければ、体も疲弊しきっている。
それでも観月に向かって斬撃を飛ばすも、体が重い。
まるで自分の体じゃなくなったかのような感覚に舌打ちしつつも、斬撃は観月のほうへと飛んでいく。
「ほら、返すよ」
そんな状態で撃ったものだから、あまりにも遅すぎる。
観月が、【ゲート】で簡単に攻撃を返せるほどだ。
「まだ動くんだ。そんなに遊びたりなかったのかな? それなら、こいつらに遊んでもらうといい」
観月は、またもマンティコアを呼び出した。
先程と同じ数なので、同じことをすれば勝てるはずだけど……。
ちょっと、無理そうだな。
「どうやら、さすがにもう無理みたいだね。僕の言ったとおり、お前は探索中に魔獣に殺されるんだ」
はぁ……。勝手なことを……。
思えば、俺の相手ってこんなのばかりだ。だいたい、ここで俺を殺せたとしてその後はどうする気なんだ。
「ボス部屋だって、ダンジョンの管理者の監視対象だろ。いくら細工しようと、お前の仕業だなんてすぐにばれるぞ」
「ご心配ありがとう。そんなものどうにでもなるさ。鈴の魔眼の力で誤魔化すか、別の魔族の適当なスキルを利用してもいい」
一応後のこともちゃんと考えているらしい。
そうなると、今の状況も受付さんや管理人さんに発見されないように、なんらかの妨害はすでに施していそうだな。
時間稼ぎをしても、助けがくる見込みは限りなく低いか……。
いっそのこと、魔力を全部使って自爆とかできないかなぁ。
いや、そんなことしたら紫杏が後を追いそうだし却下だ。
「なら、もう少しがんばらないとな……」
「……しつこいなあ。足掻くだけ無駄なのわからない? そうだ。どうせなら、もっと惨めな結果を残してあげるよ」
そう言うと、観月は【ゲート】を使用した。
やばっ……! 逃げようにも間に合わない。
転移先はどこだ? すぐに対応しないとまずい。
状況を確認するために周囲を見回すと、観月は俺だけでなくマンティコアたちも、自分自身さえも【ゲート】で飲み込んでいた。
「なんだってんだ。いったい」
最初に転移させられたのが俺だったためか、転移先にも先に到着する。
できれば観月と魔獣がくるまでに逃げたかったんだが、そこまでの時間はないらしく、すぐにこいつらも転移してきてしまった。
「さあ、君の死に場所として、ふさわしいところに連れてきてやったよ」
どこだここ。
先程と違って、やけに整った内装だけど……。
部屋の中であることには間違いない。ここはボス部屋か?
……あっ、どうも。
周囲を見回すと、突然現れた俺たちに驚いた様子の巨大なゴブリンがいた。
……こいつ、ボスゴブリンじゃないか?
「…………ああっ!?」
「驚いたようだね。そう、君はよりにもよって、こんな低級なダンジョンで死ぬんだ。マンティコアたちは当然、君を殺した後に元の場所に戻す」
いや、そんなことよりも……。
「世間はどう思うだろうね? 仲間がいなかったら、ゴブリンごときに負けるような探索者。魔族という強大な仲間に寄生していた薄汚い人間。そんなふうに考えるんじゃないかな?」
得意げに、死後の俺の評判を落とす算段をつけているところ悪いんだけどさ……。
勝ったかもしれない。
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