第168話 獣の鎖は行方不明

 まずいと思ったときには遅かった。

 まさかダンジョンの外でスキルまで使って襲ってくるなんて……。

 まあ、中だろうと犯罪には違いないけど、外ではもはや論外だ。


 だから、僕たちは小田のスキルの初動をふせぐことはできずに、体はあっさりと熱を帯びて倦怠感に襲われた。

 一応こちらのほうが格上の探索者という名目なのに、とんだ失態だ。


「ナ~イス、鈴。いい援護だ。いやあ、そこで転がってる連中にも少しは見習ってほしいよなあ」


「北原対策に人数を揃えたのに、全然役に立たなかったね~」


 多少の抵抗なんて、小田と石崎の連携の前では無意味だ。

 この体の言うことの聞かなさは、小田の病を操るスキルに蝕まれているのだろう。


「最初から、鈴に魅了してもらえばよかったな」


「ふふふふ、おいで~北原。かわいがってあげるよ~」


 ああ、そういうこと。

 少なくとも小田は紫杏の実力を理解してるはずなのに、その余裕の態度は腑に落ちなかった。

 だけど、石崎の魔眼で魅了することで、紫杏を無効化できる算段があってのことだったのか。


「おいおい、さっさとあの人のところに向かった方がいいんじゃないか? なんか頼まれてるんだろ?」


「まあまあ。生意気な後輩に、ちょ~っとお仕置きしてあげるだけだよ~」


 ふらふらと幽鬼のように石崎に近づいていく紫杏。

 たしかに、この様子を見れば目論見は成功したと思っちゃうよね。

 でも……この怒気に気づかないのは、さすがにちょっと浮かれすぎじゃないかなあ。


「おぶうっっ!!」


 魅了の魔眼の効果を疑っていなかったため、近づいてきた紫杏を抱きしめようとした石崎が吹っ飛んだ。

 小田は何が起こったか理解できていないみたいだけど、石崎はもっとわけがわからないだろうね。


「お、おいっ! 鈴! な、なんだっていうんだ……」


「それで」


「えっ?」


「それで、善になにをしたの?」


 きっともう、石崎は戦闘続行は不可能だ。

 残された小田だけは、ようやく紫杏を怒らせてしまうという事の重大さに気づいたようだけど……。

 もう、手遅れっぽいね。


「いえ~! さすがはお姉さま! ゴホッゴホッゴホッ!」


 ……いや、もう一周して見直したよ。

 僕ですら対処に困る紫杏を見て、病におかされた体でよくそんなにはしゃげるね。


「善になにをしたの? それとみんなの病を解除して」


「へっ、へへへ……いいのかよ。俺を気絶させたら、烏丸の居場所はわからなくなるし、そいつらの病は完治しな、ぎゃっ!!」


 殴られた。手加減はしているようで、意識はまだ残っている小田に、紫杏が再び近づく。


「お、おい! いいのかよ! 烏丸もそいつらも……ぶえっ!」


「善を返せ」


「お、俺を殴っても意味なんて、ぐえっ!!」


「善を返せ」


 立て続けに腹部を殴打された小田は、ついにその場で嘔吐した。

 いや、ほんと勘弁してくれないかなあ! 紫杏をこれ以上刺激したって、誰も得しないってわからないの!?

 ライオンだから知性が足りないんだね。ライオンなら紫杏の恐ろしさを理解するだろうし、ライオンのほうが優秀だけどね!


「いけ~……おねえしゃま~……」


 いい加減意識も辛い、それなのにぶれないシェリルってすごいよ。

 ……あれ、なんかちょっと楽になってきた。


「……」


 復活した意識で紫杏のほうを見ると、小田はすでに気を失っているみたいだ。

 そうか、術者が意識を失うと解除されるタイプのスキルだったのか。

 知っていて小田を殴り続けた……いや、怒りでそこまで考えは及んでいない気がするね。


「おぉ! 治りましたお姉さま!」


「……そう、よかった。でも、こいつ何も言わずに気絶しちゃった」


 小田は小田ですごいと思う。最後まで喋ることなく、血と吐瀉物にまみれながら時間を稼いだのだから。

 いや、喋ろうと思っても、紫杏に殴られ続けて無理だっただけかもしれないけど……。


「それなら、ダンジョンの中に行きましょう! 先生も今ごろがんばってるはずですから!」


「……そう、だね。いい子」


 頭をなでられてうれしそうにしているけど、よく今の紫杏相手にいつも通り振舞えるね。

 悔しいけれど、僕の中のシェリルの評価が上がってしまいそうだ。

 いや、そんなことを考えている場合じゃない。


「待った」


「なに?」


 その目やめて。怖いから。


「ええと……小田は、善の居場所がわからなくなるって言っていた。それに、僕は気がついたらピクシーダンジョンとは、まったく別の場所にいた」


 無言で僕を睨むのは勘弁してほしい。

 爆弾を処理するような思いで、なんとか紫杏に説明するけど、いつ爆発するかわからない。

 こんな紫杏は、今までの付き合いで初めて見るかもしれないね……。


「だから、善もピクシーダンジョンには、もういないかもしれない」


「つまり、転移させるスキルかアイテムを使う相手がいるってことかしら……」


「可能性は高いと思う」


 でも、それだとお手上げだ。

 転移可能な場所もわからなければ、どれほどの距離まで可能なのかもわからない。

 ダンジョンに転移したのか、あるいはどこか人目のつかない場所なのか。

 こうしてダンジョンの外で襲いかかってきた以上は、ダンジョンだけに絞り込んでしまうのもまずそうだ。


「でも、それじゃあ……」


 さすがの紫杏も、怒りよりも不安の感情が勝ったようだ。

 そう、居場所がまったくわからない。

 善とはぐれてすぐに連絡を試みてはいるけれど、善からの反応はない。

 小田の発言から考えると、こちらと連絡を取っている場合じゃない状況なんだろう。

 ……ふざけやがって。

 いや、僕まで熱くなってもなにも解決しない。


「やあやあ、少年たち……あれ? 少年はいないみたいだね」


 ……面倒な状況なんだから、空気を読んで素通りしてほしかったなあ。


「善が行方不明なうえ魔の秩序かその関係者に襲われている可能性が高くて忙しいので今はあなたの相手はできませんから帰ってください」


「おおぅ……一息で言いのけたね。まあ、事情は理解したとも」


 それはなにより。

 善と僕が分断されたってことは、やっぱりボス部屋で戦ってるってことは? それはない。小田の発言と辻褄があわない。

 でも、わざわざボス部屋で分断させた以上は、やっぱりダンジョンで善を襲おうとしている? 転移なんてできるのであれば、闇討ちも可能なんだ。そうしないってことは、善を甘く見ている可能性が高い。

 僕たちを配下に加えることが目的なら、善を説得している? ダンジョンで? 脅迫に近い説得をするためなのかもしれない。


「それじゃあ、お姉さんが手伝ってあげよう」


 ……うるさいなあ。考えもちっともまとまらない。


「少年少女よ。今君たちは混乱している。ここはひとつ、お姉さんに任せたまえ」


 そう言ってから、赤木さんは抜刀した。

 ……なにしてんの。この人。


「このほうが集中できるからね。悪いが、しばらく待ってくれ。相手をする余裕がなくなるからね」


 集中? 善が無茶をするときの【剣術】の集中とは次元が違う。

 まさか……周囲どころか、ダンジョンを含めて町単位で、善のことを探知しようとしている?

 珍しく真剣な表情で、額に汗を垂らしながらも、赤木さんは微動だにしない。


「わかったよ。少年はやはりダンジョンにいるようだ」


 そう言って、赤木さんはピクシーダンジョンとは別の場所を僕たちに教えてくれた。

 さすがは、その素行に目をつむるほどに実力を買われて、探索者を継続できている人だ。

 人間離れしたよくわからない技術だけど、今回は助かった。


 ……この人のユニークスキル【剣術:上級】って言ってたけど、絶対嘘だよね。

 ついでとばかりに僕たちについてくる赤木さんを一瞥し、僕たちは善の元へと走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る