第167話 とりあえず雑魚から倒すのは基本

「【上級】の魔獣のくせに、魔族の言いなりになってんじゃねえよ!」


 【上級】の誇りとかないのか。ないよな。

 所詮は魔獣だ。本能のままに行動するだけの存在め。


 なりふり構わずに回避しながら悪態をつく。

 マンティコアは俺をなぶるつもりらしく、徐々に速度と力が上がっていくのがわかった。


 【斬撃】を飛ばす。もうマンティコアは狙わない。

 かと言って観月を狙うわけでもない。


「おいおい、どこを狙っているんだい? 悪足掻きさえできなくなったか」


 いや、狙いはちゃんとついているし命中もしている。

 俺が倒すべきは、ゴーレムたちだ。


「なんでいまさらゴーレムたちを……」


 そのままこちらの狙いに気づかずにいてくれ。

 邪魔しないでいてくれるなら、それに越したことはない。

 だから、お前も少しは観月を見習えよ!


「しつこいな! なんで、俺ばかり!」


 最初の【斬撃】が失敗だったか。

 怯んでくれたら儲けものだと思ったが、怒りを買って狙われるだけだった。

 執拗に襲ってくるマンティコアの攻撃をかわしながら、それでもゴーレムたちを一体ずつ倒していく。


「いい加減諦めたらどうだい? ……いや、魔力が増えている?」


 さすがに気づかれるか。だけど、なんとかゴーレムはすべて倒すことができた。

 これでレベルもそれなりに上がったはずだ。

 正直なところ、マンティコア相手に一人で戦うにはまだ心もとないレベルだ。

 だけど、追加の魔獣を呼んではくれないだろうし、これでがんばるしかないか。


「……魔力を吸収するスキルか? いや、それにしては……まさか、レベルが上がっている?」


 ぶつぶつとつぶやく観月だが、こちらに介入しないのであれば好都合だ。

 マンティコアを倒して、さっさとここから逃げさせてもらおう。


「はしゃぐなって!」


 マンティコアは俺への攻撃の手を緩めない。

 同じはしゃぐでも、シェリルとは違って可愛げのかけらもないな。

 レベルとともにステータスが上がったことで、そんなことを考えられる程度には余裕も生まれている。

 なら、反撃させてもらうとしよう。


「【魔法剣:風】」


 風をまとってこちらのスピードも上げる。

 これで速さは互角……いや、ちょっとこっちが負けている。


「なら、あとは工夫でなんとかするか」


 目だけでなく、魔力でも動きを観る。

 予備動作を見落とすな。相手が遊んでいるうちに決着をつけるんだ。

 下手に攻撃して本気にさせたら厄介なことは、もう十分に理解した。


 マンティコアが跳んでくる。

 一歩横に移動して、牙ではなく歯による噛みつきを避ける。

 噛みつきの体勢のまま、横にいる俺めがけてライオンの前足が爪を振り下ろす。


「【魔法剣:土】」


 受け止めるために、土属性へと変化させた魔法剣で攻撃をそらす。

 再び風属性に変化させることも忘れない。


「そこだ!」


 噛みつきも爪も対処した。攻撃後の無防備な姿をめがけて剣を振り下ろす。

 狙いは首。命中するまでの間、【剣術】を集中させ、こちらができうる最速で攻撃をする。


「土!」


 命中したので【剣術】の集中を終了し、同時に魔法剣の属性を風から土へ。

 速度を乗せたままに重量と硬さで、首の半分ほどまで剣をめり込ませる。


「火!」


 さすがに仕留め切るには至らない。首の半ばで剣は止まってしまったので、最後は属性を火へと変えた。

 炎が周囲に燃え広がる前に刃を圧縮。ダンジョンの魔力で、さらに剣を燃やしては圧縮。

 刃の硬度と切れ味は徐々に高まっていき、止まっていたはずの剣は再び、マンティコアの首を落とそうと沈んでいく。


「いい加減、斬れろ!」


 力を込めて剣を振り下ろすと、途中から抵抗がなくなった。

 刃が首を完全に斬り落とした証だ。

 そのまま、剣を思い切り地面へと打ちつけてしまい手が痺れるが、どうにかマンティコアを倒せたはずだ。


 振り向くと、首のない巨大なライオンの死体と、勢いよくころころと転がっていく、普通よりも大きな人間の生首が確認できた。


「よし、またレベルも上がった」


「……さっきから、レベルが上がる速度がずいぶんとおかしいね」


「色々と事情があるんだよ」


 マンティコアを倒したことに驚きながらも、観月は冷静にこちらを観察しているようだ。

 はっきりと言って不気味だ。これなら、激高してくれたほうがやりやすそうなのだが……。


「【超級】になるほどの探索者が、いまさらゴーレムを倒した程度でレベルが上がる。おかしいね」


 俺のレベルが低いことがばれたか?

 毎日変動していることがばれたら、そこから紫杏のことに行き着くかもしれないし面倒だな……。


「つまり、君は今までろくに戦闘にも参加せずに、仲間頼りで探索していたってことだろ?」


 ……あ、なんか考えすぎて別の答えにたどり着いてる。

 よし、それならその考えのままでいてもらおう。


「答えられないか。まあ、無力な人間らしいよね。所詮は魔族に敵うはずもない下等な種族さ」


「人間をずいぶんと見下すんだな」


「君が一番わかっているんじゃないのかい? 人間の非力さでは、魔族の仲間についていくことなんて、到底できやしない」


 まあ、一理あるよ。だけど、俺はあのパーティと探索をしたいんだ。

 あいつらが嫌がらない限りは、なんと言われようとパーティを変えるつもりはないぞ。


「……人間だって非力なばかりじゃないだろ。男神様も、女神様も元は人間だぞ」


「それも気に食わないんだよ。聖女? 異世界の救世主? たかが人間の分際で、分不相応にもほどがある!」


 今の発言、異世界人が聞いてたら怒りそうだな……。

 というか……。


「その名前からすると、お前だって元々は人間だろ」


 観月新なんて名前は、明らかにこちらの世界のものだ。

 なら、こいつは紫杏のように後天的に種族が変わったということに……いや、こいつと紫杏をわずかにでも同じと考えるのはやめよう。俺が嫌だ。


「そうだ。わざわざ名前まで変えた……だけど、そんなことに意味はないんだよ! 今までなんて関係ない! 結局は種族しか見ないんだ!」


 なんか、すごい怒るじゃん……。

 変な地雷を踏んだのか? こいつはこいつで、過去に色々あったのかもしれないな。魔族差別とか。

 だからといって、ここでやられることも、仲間を奪われることも、許すわけにはいかないが。


「たかだかマンティコアを一体倒したくらいで、僕と対等になったなんて思わないことだな!」


「げっ……またかよ」


 観月の魔力が渦を作る。

 みすみすスキルを使わせるわけにはいかない。


「【魔法剣:風】」


 速度重視のスタイルで、観月へと接近し妨害を試みる。


「今言ったばかりだろ。その程度じゃ僕には届かないんだよ!」


 こいつ……マンティコアより速いぞ。

 さすがは【超級】の探索者ってわけか。

 だけど、あくまでも俺よりは速いってだけで、きっとうちのシェリルのほうが速い。


 おそらく、【ゲート】が強すぎるため、身体能力そのものはそこそこなんだろう。

 なら、【ゲート】さえなんとかできれば勝てるか?

 ……いや、スキルを無効化なんてどうすればいいのか、皆目見当もつかない。


「さあ、この数のマンティコアを相手にできるか見せてくれよ。【超級】探索者なら、簡単だろ?」


 だから、俺自身が【超級】探索者であることを吹聴したことはないだろうが!

 分不相応な評価であることは、俺が一番わかっているんだ。


 それにしても、ちょっと……やばいな。

 観月が次々と転移させたマンティコアを前に、俺は少しでも抗うべく剣を構えるのだった。

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