第166話 魔族に寄生する者と魔獣に寄生する者

「まさか、対等だなんて思っていないだろうね」


 ゴーレムを放置して、観月に攻撃しようとするが【ゲート】で邪魔される。

 シェリルほどとは言わないが、せめてもう少し速く動ければ回避できそうなんだけどなあ。


 泣き言を言っても仕方がないか。

 まずは、どこにワープさせられるかが問題だ。

 観月に背後を取られる? ゴーレムの集団の中心? あるいは空高くに転移させてから、落下でも狙っている?

 瞬時に状況を見極めて、対応しなければならない。


「……岩切場?」


 俺が転移した先は、見慣れたゴーレムダンジョンの狩り場だった。

 やっぱり、ダンジョンから別のダンジョンにまでワープできるのか。

 便利なスキルでうらやましいな。


 そんなことを考えていると、背後から魔力による攻撃を察知する。

 とっさに身をねじり回避しようとするが、向こうのほうが速いらしく完全にはかわしきれなかった。


「いてっ……」


 振り返るとそこには、シェリルのように鋭利な爪を伸ばした観月が立っている。

 爪には魔力がまとっているようだが、たぶんあれが観月の武器ということだろう。


 背中が熱い。確認はできないが、おそらくそれなりに深く斬られて血が流れていそうだ。

 【回復術】で傷を治療するが、さすがに紫杏や白戸さんほどの効果はなく、完治まではできそうにないな。


「ピクシーダンジョンでは互いのレベルが1だったから、僕と互角だなんて勘違いしていたかもしれないが、本来の実力差というものが少しは理解できたかい?」


 なるほど、だからわざわざ別のダンジョンまで転移させたのか。

 それに関しては観月の言うとおりだ。

 俺のレベルはピクシーダンジョンの外でも1のままで、向こうは元のレベルに戻っている。

 そうなれば、さすがにステータス差が開きすぎていて、観月を倒すなんて選択肢を選ぶことはできない。


「……ようやく、実力の差というものが理解できたみたいだね。ああ、安心してくれ。直接戦うなんて野蛮なことはしないさ。最初に言っただろ? 君を殺すのは、あくまでも魔獣なんだ」


 観月は再び魔獣を転移させる。

 今度はなんだ。できればゴーレムみたいに楽な相手にしてほしいんだが……。


「……なんで、そいつがいるんだよ」


 幸いなことに俺の願ったとおりに、観月が転移させたのはゴーレムだった。

 だけど、見た目が先程と違う。

 ここにいるはずのないゴーレムを見て、俺は観月を問い詰めた。


「ファントムは、どうやってダンジョンに魔獣をばらまいたと思う?」


「……まさか」


 たしかに、あれだけ様々なダンジョンに人工魔獣がいるのはおかしな話だった。

 秘密裏に魔獣を持ち込むといっても限度がある。

 だけど、こいつが協力していたとしたら話は別だ。


「【ゲート】で人工魔獣をばらまいたってことか」


「そういうこと。せっかく魔獣で騒動を起こしたのに、解決役だけ奪う盗人のせいで全部台無しというわけさ」


 観月がファントムと裏でつながっていたのは明白だが、この口ぶりでは目的までは同じではなかったみたいだ。

 ファントムと違い、こいつは自作自演で事件の発生と解決をすることで、周囲からの名声を欲したというところか。

 幸いなことに、その代わりに事件を解決した俺たちは魔族のパーティだった。


「だから、俺以外をお前のパーティへ引き込むことにしたと」


「さすがに二度も邪魔されたとなっては、そのほうが手っ取り早いからね。盗人から奪われたものを取り戻すだけだよ」


 勝手なことを言ってくれる。

 だったら、俺たちが解決する前にさっさと異変を解決しておいてくれよ。

 ……二度? 今、二度って言ったよな。


「まさか、コロニースライムもお前がばらまいたのかよ」


「ファントムはいなくなったけど、人工魔獣はいくつかストックしておいたからね」


「こいつらも、そのうちの一部か……」


 こいつはだめだ。魔獣を好き勝手に転移できるうえに、その被害のことなんてまるで考えていない。

 その気になれば、ダンジョンの外にも魔獣を転移させて、新たな事件を発生させかねない。

 そのストックとやらが、どれだけいるのかはわからないが、放置するわけにはいかないだろうな。


「さあ、頼みの綱の剣もそいつらには効かないよ。今度こそ潰れてしまえ」


 ああ、そういえばそんな能力だったよな。

 最初が肝心だ。【魔法剣】を発動させ、なるべく威力は高く、だけど消耗しすぎない塩梅で固定する。

 観月は俺の行動を見ても、斬撃無効の相手に剣を振るう馬鹿と笑うだけだが、邪魔が入らないのなら都合がいい。


「【斬撃】」


 一度じゃ無理かもしれない。二度三度と剣を振るって、そのたびに複数の斬撃をゴーレムに命中させる。

 案の定、レベルが1の状態では一撃では仕留めきれず、魔法の刃でゴーレムの体を徐々に削ることとなった。


「は……? なんだそれ、なんで【斬撃】が効いているんだよ」


 無視だ。そんな言葉にかまっている暇はない。

 この最初の一匹が一番重要だ。多少無理をしてでも、こいつさえ倒してしまえば……。


「なんとかなったな」


 ゴーレムは斬撃に体を削られ、ついには核を露出させた。

 核めがけて飛んで行った斬撃がそのままゴーレムの急所を破壊すると、ゴーレムはその場に止まって魔力と共に消えていく。


 そして、その魔力が俺に還元されることで、レベルが上がる感覚を覚えた。

 レベルが1の状態だったからな。【中級】相当の魔獣一匹とはいえ、さすがに一気にレベルも上がってくれた。

 さて、これで多少は俺も戦いやすくなったが、まだ観月には敵わない。

 できることなら、このままレベル上げしやすい魔獣を大量に転移させてもらいたいな。


「なんとかだと……ゴーレムを倒せたことがそんなに自慢かい? 多少なりともレベルは上がったようだが、その程度で僕に勝てると思っていないだろうね」


 思ってないから、もう少しレベル上げ用の魔獣を出してくれ。

 憤る観月は、いまだに俺と戦うつもりはないらしく、新たな魔獣を転移させる。


「仲間のおかげで勝てたようだが、こいつにも苦戦したって言ってたよね?」


「げっ……マンティコアかよ」


 それはちょっとまずい。

 レベルさえ上がれば、俺一人でも倒すことはできるようになった。

 だけど、今のレベルではまだマンティコアを相手にすることは難しい。


「【上級】の魔獣を見ただけでその反応か。やっぱり、お前は仲間がいないと何もできない人間風情なんだよ」


 否定はしないけどな! 俺は仲間に恵まれているし、うらやましいだろ。ざまあみろ!

 下手に挑発するとなぶるのをやめて、もっと大量の魔獣を呼び出しそうなので、心の中で罵倒しておこう。


 さあ、問題は目の前のこいつだ。

 獅子の体に人間の顔の醜悪な魔獣。基本的な力のすべてが強いせいで、力量が下回っていれば一気に攻略が難しくなる相手。

 いかにこいつの攻撃をさばきながら、周りのゴーレムを倒せるかが鍵となりそうだな。


「あぶねっ!」


 体がわずかに動いたと思ったら、次の瞬間にはこちらに飛びかかってきた。

 地面を転がるようにしながら、俺はなんとかその攻撃を回避する。

 向こうが振り返る前に、すぐに立ち上がって斬撃を飛ばすことも忘れない。


「はははっ! そんな攻撃じゃ、こいつの相手はできないみたいだね!」


 マンティコアに当たった斬撃は、その分厚い皮をわずかに斬ることしかできず消滅した。

 血は出てるんだけど、肉体へのダメージは皆無と考えたほうがいいだろう。

 だけど、血だけは出るから無駄に相手の怒りを買いやすいんだよなあ……。


 明らかに先ほどよりも、俺への敵意を強めたマンティコアに、俺は思わずため息をつくのだった。

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