第165話 暗転明けの道化

「あれ? 大地~!」


 なんか大地が消えた。もしかして、ボスピクシーの攻撃か?

 ずるくないか? 部屋に入ってすぐの攻撃は反則だろ。


「彼ならいないよ」


「は?」


 思わず、あっけにとられてしまった。

 ボス部屋で聞こえてきたのは、大地ではなく別の誰かの声。

 まさかファントムの実験体のように、知能ある魔獣がまた現れたのかと思ったが、この声には聞き覚えがある。


「なにしてるんですか? 観月さん」


 ボス部屋の中央にいたのは、ピクシーどころか魔獣ですらない。

 悪魔族である観月さんだった。


「ちょっと困ってしまったね。こちらの想定どおりに動いてくれないと困るよ」


「ええと……想定って?」


 やれやれとでも言いだしそうな、困っているというパフォーマンスだけの姿と言葉。

 なんだか、今日はやけにうさんくさいなこの人。


「仲間もいない。戦い方さえもわからない。そんな状況で無事に探索するなんて、どんないかさまを使ったんだい?」


「……企業秘密です」


 怪しいからというのもあるけれど、紫杏にレベルを吸ってもらいましたとか、仲間以外には言いたくない。

 だけど観月さんは、そんな俺の回答さえも気に入らないかのようだった。

 ……ああ、そうか。この態度、現聖教会の立野と同じなんだ。


「強気だねえ……君が寄生していた魔族たちは、ここにはいない。今までみたいに、誰かが助けてくれると思ったら大間違いだよ」


 つまり、敵ってことだよな。

 さしずめ、魔族至上主義の過激派ってところか。

 こんな場所で俺に危害を加えようと考えないだろというのは、どうやら楽観的な考えなようだ。

 とりあえず、この場は帰還の結晶で……。なんだこれっ!? 気持ち悪っ!


「おいおい、逃げるなよ。本当に一人じゃなにもできないんだな」


 俺の手首から先がなくなっていた。

 厳密にはなくなってはいないが、見た目はまるで手首から先が消失したようだ。

 いつのまにか魔力の渦のような黒い歪みが発生し、俺の手首はその渦に飲み込まれている。


 どうやら、この渦はもう一つの渦とつながっているらしく、観月の近くには俺の手が出現していた。

 突然のできごとに、結晶を使うことも忘れてしまっており、観月はそんな俺から帰還の結晶をひったくる。

 ……俺の手は、あるな。渦から手を引っこ抜くと、ちゃんと手はつながっていた。


「ワープの能力か……?」


 今目撃したのは、手のひらサイズの小さなものだったが、きっとこれで大地と俺を分断したんだろう。

 いくら大地が小さくても、手のひらサイズの渦には入れないだろうし、きっとこの渦はもっと大きくできるはずだ。


「【ゲート】。渦同士をつなげてワープさせる、僕のユニークスキルだ」


 名前を教えてくれたものの、能力のあたりはつけ終わっている。

 なので、名前以上の情報は増えていないな。


「ボス部屋の扉に仕掛けておいたんだよ。君にはここで消えてもらうけど、仲間たちは優秀だからね」


 ほら、俺の考え以上の情報はなかった。

 さて、問題はここからどうするべきかだけど……逃げるというのは難しそうだな。

 【ゲート】は少なくとも、人間一人を飲み込める大きさまで拡張できる。

 そして、部屋の中央から扉までの射程距離をもっている。

 逃げようとしても、また同じ場所にワープさせられるなら、逃げようがない。


「俺に消えてもらいたい意味がわからん。俺の仲間をスカウトしたいなら、本人に言えよ」


「彼らはとても優秀だ。唯一の欠点が、君のようなペテン師に騙されて寄生先になってしまっているということだ」


 それはほんとそう。いい仲間だよ、みんな。


「わかるか? 君がいると、彼らはいつまでたっても足手まといの子守りをしないといけないんだ。君が生きているかぎりずっとね」


「それで俺を殺すっていうのなら、ずいぶんと物騒だな。……なんというか、ダメな魔族の典型っぽい」


 人間だ魔族だと言うつもりはないけれど、こういうやつのせいで魔族の評判が落ちているんじゃないか?


「なんだと……? いや、しょせんは寄生するしか能がない人間の戯言だね」


「寄生って言うのなら、そっちも紫杏たちがせっかく上げた魔族の評判に便乗というか、寄生してる気がするけどな」


「上等だ……! その喧嘩買ってやるよ」


 いや、俺なんて元々殺されそうになってるし、そっちが売った喧嘩というか……。

 なんかもう沸点低いな魔族! 俺の仲間はそんなこと……。

 紫杏、俺のことになると瞬間湯沸かし器。シェリル、しつけてもすぐ吠える。大地、売られた喧嘩は買うタイプ。

 ……夢子。うちのパーティで沸点低くないのお前しかいない。


「お前なあ……俺を殺して逃げ切れるつもりかよ」


「はっ! 僕が相手をしてやるとでも思ってるのかい? お前はこれから探索に失敗するのさ」


 ガラ悪いなあ……。そして、なんだか小物っぽいけど大丈夫かこの人。

 探索に失敗って、ここで俺のことを殺して魔獣のしわざとでも言い張るとかか?

 死因とか調べてわかりそうなものだけど……それとも、魔獣に食べさせる?

 いや、ゴブリンやコボルト程度だと、俺の死体を食べられないだろうし……。


「烏丸善は欲をかいて一人でダンジョンに挑み、探索中に魔獣に殺された。ありきたりな話だ」


 観月の周囲に魔力が集まると、徐々に渦が発生する。

 渦の大きさは人間程度なら飲み込めるほどありそうだが、今回は人間以外のための渦のようだ。


「レベルが1になっている今、こいつら相手になにができるかな?」


 渦を通って現れる巨体の影が、無数に見える。

 そうか。魔獣をこの場にワープさせてきたということか。

 このダンジョンの魔獣ではないな。ということは、少なくとも射程距離は別ダンジョンにすら届くということか?

 なんというでたらめな距離だ……。いや、さすがにそれは無理があるか?

 もしかして、あらかじめ別のダンジョンに行って、【ゲート】の片割れだけ発動したのか?


「さあ、思う存分戦えよ。このゴーレムたちとね」


 あっ、勝ったわ。


「死体も残らないほどぐちゃぐちゃに」


「【斬撃】」


 よし、ちゃんと倒せたみたいだな。

 レベルが1になっているとはいえ、【剣術】のランクも上がっているし、効率が上がった【魔法剣】もある。

 相変わらず、ゴーレムはスパスパと豆腐のように斬れてくれる。

 なんという癒しの空間だろう。みんなお前みたいな魔獣だったら、どれだけいいことか。


 さすがにレベルは1のまま、上がることはなかった。

 だけど、出てくるのがゴーレムであれば、後れを取ることはなさそうだ。

 ……というか、若干余裕もあるし、観月にも【斬撃】を飛ばしてみるか。


「なっ!? くそっ!」


 惜しい。観月は攻撃を回避したが、薄皮程度は斬れたようだ。

 【超級】探索者って言ってたし、向こうも最低限の強さはあるってことか。


「別に魔獣を使役できるってわけでもないんだよな。じゃあ、そっちにも襲いかかるんじゃないか?」


 出現させすぎたゴーレムは、次々と俺に斬られたため亡骸の消滅が間に合っていない。

 俺の周りには無数の岩があり邪魔なのか、ゴーレムは俺への攻撃を諦めて観月のほうへと向かう。


「ちぃっ! これだから、魔族の劣化でしかないやつらは!」


 観月が再び渦を発生させると、ゴーレムは俺の近くにワープしてきた。

 でも、ゴーレムが相手ならどうにでもなるんだよなあ。

 片手間でゴーレムを処理しつつ、俺はこの場からどう逃げるかを考えていた。


 観月の【ゲート】って、一瞬で発生するわけじゃないみたいだし、意外と走ったらなんとかなるか?

 いや、さすがにそれは過小評価か。わりと遠くまで発生させられるし、大きさもボス部屋の扉くらいはある。

 そうなると、走る先を予測して出現させられたら、ワープによる妨害を受けてしまう。


 ……もういっそのこと倒すか? 観月。

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